駿河竹千筋細工(するがたけせんすじざいく)や木工指物、染めものなど、伝統工芸が今も残っている静岡県。かつて徳川の時代に駿府城や浅間神社を造営するために各地から職人が呼び寄せられ、この地に住みつくようになったのがきっかけと言われている。そんな静岡県の丸子(まりこ)地区には、伝統工芸の技術を体験できる大型施設〈駿府の工房 匠宿(たくみしゅく)〉がある。
2021年にリニューアルされた〈駿府の工房 匠宿〉は体験施設やカフェ、物販店などが一体となり、より伝統工芸を見て、触れて、楽しめる施設となった。今回は伝統工芸を体験して、自分のお気に入りを見つける旅。静岡の歴史に触れながら、暮らしに伝統工芸品を取り入れる良さを感じてみよう。
隈研吾監修のオリジナル体験“育てる“スツールづくり。
体験をするために訪れたのは「工房 木と漆」。ここでは家具産地として発展した静岡ならではの木工体験や、駿河漆器の技術を用いた漆塗りなどが楽しめる。今回体験したのは、建築家の隈研吾さんが監修した木工体験「タテヨコナナメ」のスツールづくり。教えてくださったのは、工房長の戸田勝久さん。
「より特別な体験を用意したくて、隈研吾さんにご依頼したのが始まりです。子供から大人まで工芸体験を楽しめる匠宿のコンセプトに隈さんが共感してくださって、この企画が実現しました。“育てる”をテーマに掲げた体験で、隈研吾さんが途中まで設計したスツールに、3本の部材を足して体験者が自分の感性で仕上げます」
座面に足が4本つき、ナナメの部材が2本デザインされたスツールは、最低限の構造のため少し不安定な状態。体験者が強度やデザイン、構造を考えながら自分だけのスツールに育てていくのが、この体験のユニークなところ。小学生から参加可能なので、親子で体験するケースも多いそう。隈研吾さんとの共同製作が楽しめる体験として、遠方からもファンが訪れる。
大まかな製作の流れは最初に部材の配置を決め、ネジで装着し、最後にヤスリをかけるというもの。どの角度をスツールの正面にするか、自宅のどこに置くかなどを想像しながら、部材の設置場所を考えていくと良いそう。床に対して平行に部材を取り付けて足掛けを作るなど、機能性を持たせる方法もひとつ。まずはクリップで部材を固定し、よく観察しながら、デザインを決めていこう。
「隈研吾さんのファンのなかには、もとのデザインを活かして隈さんの『K』の字を作った方もいますよ。部材をつける本数も自由なので、必ずしも3本使う必要はありません。驚くような意外性のあるデザインをするお客様もいて、私たちも日々発見があっておもしろいです」
悩みながらも部材の配置を決めたら、電動ドリルでネジを締める作業へ。板を固定してから、真上から垂直に力を入れながら締めるのがコツ。ネジの頭が板と平行になるまで入れ込むとより美しい仕上がりに。
どの木工道具も、その都度使い方をレクチャーしてもらえるので、初心者でも安心して作業ができる。普段使う機会のない木工道具に触れるのは緊張するが、慣れてくると楽しくなってきた。
最後は紙ヤスリや電動ヤスリで仕上げを。あえて木材の角を落とさずに残したり、足にあたる部分は角を丸くしたりなど、デザイン性や機能性を考えながら磨き上げていく。
「時間が足りない場合は、ご自宅で引き続き作業を行う方もいます。好きな色を塗ってみるなんて方法もありますね。既製品と違って自分の手を加えられるのも楽しいところ。自分好みの形にしていく作業も育てるということにつながります」
90分ほどの体験で、見事自分だけのスツールが完成!このスツールが自宅のインテリアに加わることを想像すると、自然とワクワクしてくる。自分の手で作り上げるからこそ、より愛着が沸き、より特別なスツールに感じられるのだろう。木の温かみや木を組み合わせることのおもしろさ、木工の奥深さを楽しみながら感じられて、とても充実した時間を過ごすことができた。
毎日の生活に当たり前に伝統工芸品を。
伝統工芸にまつわる体験や物販店、カフェなどを楽しんでいたら、あっという間に時間が過ぎていた。伝統工芸品の魅力をたっぷり感じることができ、日本のモノづくりの技術や素晴らしさを改めて再認識するきっかけとなった。
「人の手で作るからこそ、その思いが伝わってくる」と伝統工芸品の魅力を語ってくれたのは館長の杉山浩太さん。元Jリーガーという異色の経歴を持つ杉山さんは、伝統工芸の魅力に惹かれ、2022年に〈駿府の工房 匠宿〉の館長に就任。施設の運営をはじめ、体験メニューの企画などさまざまな仕掛けづくりを行っている。
「僕も匠宿の館長になる前から伝統工芸品が大好きで、職人さんから直に購入していました。伝統工芸品は洗練されていて、とても美しく、語りきれないほど魅力にあふれています。匠宿で伝統工芸を知り、好きになってもらって、みなさんの生活に当たり前に伝統工芸品が存在するようになったら嬉しいですね」
静岡の伝統工芸品の魅力を伝えつつ、体験者を増やしたいという思いで、リニューアルが行われた〈駿府の工房 匠宿〉。リニューアル後はデートで利用したり、家族で訪れたりなど若い層が着実に増えているという。県外の方や団体客、外国人旅行客も訪れるようになり、さらなる盛り上がりが期待される。
「常連の方が、別のお客様に『ここのカフェがおいしいんだよ』と自然に案内している姿を見かけたこともあります。静岡の方に喜んでもらえると同時に、誇りに思ってもらえるような施設になってきているのではないかと感じています。伝統工芸を未来につなげていくためには後継者を育てたり、お客様に伝統工芸品を購入してもらったりなど関係人口を増やすことが大事だと思います。これからも伝統工芸の魅力を存分に伝えられるよう、おもしろい体験メニューを増やして質をあげていきたいですね」
体験で作ったスツールや、購入した伝統工芸品を自宅に加えただけで、暮らしがちょっと豊かになった気がするから不思議だ。人の手を介しているからこそ、温かみがあるし、大事に使いたい。“自分のお気に入りを丁寧に長く使うこと”は、これからの時代に必要な考えかもしれない。モノづくりを体験する旅で、自分の感性も磨かれたような気がした。
Text:Ayumi Otaki
Photo:Misa Nakagakiいつもと違う静岡県観光には、静岡市の〈駿府の工房 匠宿〉がおすすめ。
駿府の工房 匠宿(たくみしゅく)
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