西陣に流れる文化の土台を引き継ぎながら、必然性のある本を並べる書店


京都の西陣といえば、西陣織をはじめとした伝統産業や歴史的な町並みなどを残す地域。大宮通と寺之内通の交差点にはかつて「西陣ほんやら洞」という名喫茶店があった。その2階はギャラリーやイベントの場となっていたが閉業。その後、雑貨店を経て2024年1月に独立系書店の〈余波舎/NAGORO BOOKS〉がオープンした。
1階はイタリアンレストラン〈OASI〉で共通の入り口から入る
1階はイタリアンレストラン〈OASI〉で共通の入り口から入る
「余波(なごろ)」とは風が吹いて立った波が、風が止んでも残っている状態のこと。本もまた、どこかで誰かによって書かれた時間と、別の誰かに読まれるまでの時間とのタイムラグがあることから、その名を付けたという。

店主の涌上昌輝さんは和歌山県出身。大学のときに京都へ出てきて以来、長く京都に住んでいる。
「若い頃から本屋で働きたいと思っていて、最初にアルバイトで勤めたのは市内のチェーン店のインショップ。その後も京都市内の複数の書店でアルバイトや社員として勤めてきました」

様々な書店での経験をしているからか、書棚に並ぶ本はこだわりやお店らしさを存分に感じられるラインナップでありながら、どんなお客さんにも開かれているオープンな雰囲気がある。新刊と古書いずれも扱っており、そのバランスも絶妙だ。
「選書という意味では、レンジを広く取り揃えているつもりなのですが、自分なりの文脈というか、このお店に置く意味や必然性というのは強く意識しています」と涌上さんは話す。外玄関から階段を登って2階に上がる部分には踊り場のようなスペースがあり、お店を訪れて最初の助走区間のようにもなっている。内装はすべて京都にあるお店や個人の方へ依頼。店内を歩いていると、奥の壁には本棚がずらっと並んでいながら圧迫感がなく、平置きのテーブルの配置や動線のあり方など、“間合いの気持ちよさ”を感じる。

「天井が高いのもあると思います。平置きのテーブルもこっちからもあっちからも見られるようにしているんですが、レイアウトは今でも結構悩みますね(笑)」
涌上さんも学生時代に訪れたことがあるという、かつて同じ場所にあった「ほんやら洞」の看板。
涌上さんも学生時代に訪れたことがあるという、かつて同じ場所にあった「ほんやら洞」の看板。

この場所にある意味を考えながらお店を続けていく


涌上さんに選んでもらった、旅に出る前におすすめしたい本は「ロンボク島通信」。普通の流通には乗っていない幅広いセレクトの〈余波舎/NAGORO BOOKS〉らしい一冊だ。

「篠原幸宏さんは長野で出版レーベルもやっている方なんですけど、物書きでありながら写真も撮る方で。この本はコロナがあけてインドネシアのロンボク島に旅に出た時の紀行小説です。紀行小説といっても、大きなことは何も起こらなくて(笑)。保坂和志さんの小説のような気配もあるんですが、ホテルに着いて、読書して、コーヒーを飲んで、夕飯を食べたら辛すぎて…という感じで、話の中の主人公はあまり動かない。ただ文章の“時”はどんどん進んでいって、文章の中で旅をしているような気分になるんです。

映画の手法であるような、何かにカメラがぐーっと寄っていくと、違う何かに変わって場面も変わっているみたいなことが、文章の中で起こるんですよね。それも緩い感じで(笑)。篠原さんが写真を撮る方ということもあるのかもしれないですが、一つ一つのモノの解像度がどんどん上がっていく感じがするんです」
「西陣という町がエリアとして好き」という涌上さん。2024年には〈余波舎/NAGORO BOOKS〉から大宮通を南の方へ下った場所にある〈開風社 待賢ブックセンター〉と協力し、大宮通沿いの珈琲店やご近所の花屋さんも誘って『大宮トリノゴロ市』という合同出店フェアを開催した。その際、イラストレーターが作成した付近の地図に、お店を訪ねてきた近隣の人が好きな場所や景色などを自由に書き込める仕掛けも。涌上さんはそのことがすごく印象に残っているそうだ。
『大宮トリノゴロ市』の際に使用した地図
『大宮トリノゴロ市』の際に使用した地図
今後もいろいろなイベントへの出店や、店内ギャラリーでの展示、そしてオンラインでの活動なども積極的にやっていきたいと話す涌上さん。

「このお店はコミュニケーションが大事だと思っています。京都には多くの独立系書店があって、なおかつ増えてもいて。このお店がこの場所にある意味が問われ続けるということを意識しながら、面白そうなことにはどんどんチャレンジしていきたいです」
気持ちのよい音楽を聴きながら、ギャラリーの展示を見て、本棚を覗く。ほどよいバランスで椅子が置いてあり、ゆっくりコーヒーを飲みながら店主と話すこともできる。

「細かい部分まで丁寧に設計されているなぁ」と感じながら、気持ちがとても安らぐのはこの「場」のもつ空気感だろう。これからも西陣という町に穏やかな“余波”を残していくようなお店になっていくに違いない。


Text & Photo:tabigatari editorial department


いつもと違う京都府観光には、京都市の〈余波舎/NAGORO BOOKS〉がおすすめ。

余波舎 / NAGORO BOOKS


所在地京都府京都市上京区前之町443 二階
アクセス京都市営地下鉄烏丸線「今出川駅」から徒歩約18分
URLhttps://nagorobooks.com/
Instagram@nagorobooks
営業時間12:00〜19:00
休業日月曜、火曜

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。