岐阜に、わざわざ遠方からも訪れるべき素晴らしい店が二つある。一つは、じんわりと身体と心がよろこぶ中国料理が味わえる「Organic Punk Chinese大豊軒」。そしてもう一つは、長く身にまとうほどに育ち、ともに歳を重ねられる服作りを行う「てとてびと」。独自の世界観を持つ、美しく愛しき店をめぐる旅へ。

食のよろこびに溢れるテーブルを囲む「Organic Punk Chinese 大豊軒」。


JR可児駅から車で5分ほど、市街地を抜けてたどり着く「Organic Punk Chinese 大豊軒」。白く塗られたフェンスには陶製の看板がさり気なく掲げられているだけで、知らなければおよそ中国料理店とは気づかない佇まい。
可児市は美濃焼の産地の一つであり、地元作家らとの繋がりも深い。店の陶製の看板は多治見市で「ギャルリ百草」を主宰する陶作家・安藤雅信さんによるもの。
可児市は美濃焼の産地の一つであり、地元作家らとの繋がりも深い。店の陶製の看板は多治見市で「ギャルリ百草」を主宰する陶作家・安藤雅信さんによるもの。
店の歴史は、シェフの直井昭憲さんの祖父が60年ほど前に中津川市ではじめた中華料理店にさかのぼる。やがて、昭憲さんの父が可児市の現在地に店を移転。三重県にある中華料理店で13年間修業した後、ふるさとに戻って父と厨房に立っていた昭憲さんは、2006年に妻の順子さんとともに店を継いだ。
修行先で中国・揚州出身の料理人たちと出会い、昔ながらのシンプルな調理法で素材の美味しさを引き出す彼らの料理を学んで、自らの食についても見つめ直していた昭憲さんは、受け継いだ店を大きく変えていった。

まず、決めたのは添加物を一切使わないこと。麹や味噌をはじめとしたさまざまな発酵調味料を手作りし、食材も自然の循環の中で育つオーガニックなものへと切り替えた。どうしたらさらに、少しでも美味しくなるのか。常に真摯に食と向き合い、食材との対話を繰り返しながら生み出す料理を、客のテーブルへと届ける。
訪れた日のランチコースの前菜は、金木犀のシロップでマリネした梨とモロヘイヤの葉に、自家製マヨネーズで和えたごぼう。スープの酸辣湯(スンラータン)には、愛知県の篠島(しのじま)で採れたひじきや、鶏、香辛野菜がたっぷり入っている。その複雑な香りに、食感に、味わいに、とにかくこの料理を余すことなく堪能したいと本能が働くのだろう、自分の五感がみるみる研ぎ澄まされていくのがわかる。パンは中国で古くから伝わる「老麺法」で作られている。老麺法とは、熟成させた種生地を新しい生地に継ぎ足して作る製法で、昭憲さんはここで20年近く、生地を継ぎ足しながらこのパンを作り続けている。まさに店の歴史によって育てられてきたパンは、もっちりとして、ほのかな酸味が心地いい。
メイン料理は、ニューカレドニアで天然に近い状態で育てられた「天使の海老」を使ったエビチリをセレクト。ソースは舌を刺激するような辛みではなく、軽やかで楽しい辛さ。海老を頭から尻尾まで、ソースもパンで残さずすくってと、すべてを余すことなく味わい尽くしたくなる贅沢な一皿だ。

この日の別のメイン料理は、岐阜県産交雑牛「ひのき牛」のローストビーフ。赤身のずっしりとした食べ応えと旨みに、思わず小さく感嘆の声が漏れる。最後はジャージャー麺。もちっとした手打ち麺に香ばしい味噌だれ、とろけるほど柔らかな焼きナス、シャキシャキのきゅうり、爽やかなバジル。しみじみと、美味しい。

それにしても、通常は米やもち米と麹から作る甘酒を老麺法のパンから作り、その甘酒を使って中国では欠かせない調味料の酒醸(チュウニャン)や甜麺醤(テンメンジャン)まで自家製でまかなっているというから驚きだ。
ランチは主菜が選べるコースのみで2,800円(税別)〜。夜はアラカルトがそろい、予約でコースも味わえる。季節ごとと言わず、いつでも何度でも通いたい。
ランチは主菜が選べるコースのみで2,800円(税別)〜。夜はアラカルトがそろい、予約でコースも味わえる。季節ごとと言わず、いつでも何度でも通いたい。
一体、どれほどの情熱と手間が、ここで味わう料理に注がれているのだろう。ふと、そんなことに思いをめぐらせていると、それを察したのか、「シェフは四六時中、とにかくずっと料理のことばっかり考えているんですよ」と順子さんが笑った。
この店の料理は、決して派手でも奇を衒うわけでもない。けれども、口に運ぶたびに心の中で美しくやさしい旋律が奏でられるような、身体中がよろこびに満たされていくような、静かで深い美味しさに溢れている。

小さな循環の中で、“日々働き、育つ服”を作る「てとてびと」。


可児市を後にして隣町の八百津町へと、車を40分ほど走らせる。次第に辺りは緑が深くなっていく。そして、山道を上った先の小さな集落の一角に「てとてびと」が現れた。
愛知県出身の末近亮平さんと大分県出身のさやかさん。二人は田舎暮らしをしたいと移住先を探していたときに、数年前まで郵便局として使われていたこの建物と出会い、「ここでお店が始められるなら」と、2017年に家族で八百津町への移住を決意。亮平さんがコツコツとリノベーションを進め、長年服作りに携わっていたさやかさんが服を作り、2020年春に「てとてびと」をオープンした。
店をオープンするのは月に数日。しかし、開店から4年が経ち、遠路はるばる訪ねる客や、毎月のように通うファンが着実に増え、営業日は多くの人でにぎわう。
店をオープンするのは月に数日。しかし、開店から4年が経ち、遠路はるばる訪ねる客や、毎月のように通うファンが着実に増え、営業日は多くの人でにぎわう。
てとてびとの服のコンセプトは、“日々働き、育つ服”。「日常の使いやすさや、“ワーク感” を大切にしています。自分と一緒に働いて育っていき、長く着ながら経年変化を楽しめるような、そんな服を作りたくて」とさやかさん。
日本で受け継がれてきた着物や羽織、もんぺ、脚半、韓国の韓服といった民族衣装からもインスピレーションを受け、形やステッチなどにそのエッセンスを取り入れながら、自分たちらしさを追求したオリジナルデザインに仕立てている。
生地は今では希少となったシャトル織機で織られた国産の布を中心に、インドの手紡ぎ手織りのカディコットンなどを使用。それを藍染や草木染め、柿渋染めと、いろんな技法を駆使しながら、自分たちの手を使って染める。

「地域の循環の中で服作りをしたくて、採ってきたアカメガシワや栗のイガ、杉、ひのきの皮、近くの岩平茶園さんの製品化されていない茶葉で染めたりもしています」。服のデザイン、パターン、作図はさやかさんが自ら手掛け、断裁や縫製は地域の縫い子さんと協力しながら、染めは亮平さんが中心となって一緒にと、すべて“小さな循環”の中で服作りをしている。
「縁もゆかりもない場所に移り住んだので、地域と繋がらない生き方もあったかもしれないんですけど、地域の産業やいろんな可能性に目を向ける方が楽しいと思ったんです。地域の方や縫い子さんやお客さんや、関わる人たちが豊かな気持ちでいられて、私たちも10年後、20年後も楽しんで仕事がしていられる。そんな、ここが水源になるような循環を作れたらいいなって」。
現在は新たな挑戦として、奄美大島の伝統的な染色法である泥染めや、愛知県名古屋市の有松町・鳴海町地域で作られてきた有松絞りを学び、それを服作りに落とし込んでいる。「私たちは服を作って販売することが最終目的ではなくて、その先に、できるだけ長く着続けてもらう、育つ服を作ることを大切にしたいと思っているんです」。そんな、さやかさんの言葉が印象的だった。着ているうちに身体に馴染み、風合いが増していく。色が褪せれば染め直し、擦れやほつれができれば修繕して、愛着を持ちながら長く着続けていきたい服。そんな一着に、ここでめぐり逢える。

旅に出て、はじめましての場所で味わう料理と、めぐり逢う服。うつわも、料理も、生けられた花も、植物の色に染まるスカートも。この旅の間、目に映る景色はみな美しく、心の中で何度もシャッターを切るように、はっきりとした記憶として脳裏に刻まれた。きっとこれからも、幾度となく“わざわざ”旅をして、二つの店を訪れることだろう。そして、それはやがて、“いつもの”旅へと変わっていくはずだ。



Text:Naoko Takano
Photo:Makoto Kazakoshi



いつもと違う岐阜県観光には、可児市の〈Organic Punk Chinese 大豊軒〉、八百津町の〈てとてびと〉がおすすめ。
 

Organic Punk Chinese 大豊軒


所在地岐阜県可児市広見2246-18
アクセス可児駅から車で約5分
電話番号0574-63-6664
URLhttps://taihouken.com/
Instagram@taihouken_opc
営業時間11:30〜14:00(LO 13:30)、18:00〜23:00(LO 20:30)
休業日水・木・金曜


 

てとてびと


所在地岐阜県加茂郡八百津町久田見2471-1
アクセス可児駅から車で約40分
URLhttps://tetotebito.com/
Instagram@tetotebito
営業日※営業日はWEBサイトやInstagramにてご確認ください
※冬季は休業


 
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。