今と昔をつなぐ焼き物の町・多治見に「ギャルリ百草」を訪れる。


多治見の駅からのんびりと、川を渡ってメイン通りへ。


名古屋駅から電車で約40分、特急であれば20分ほど。アクセスの良さがうれしい岐阜県・多治見市は、数千人もの陶芸作家がいるといわれる世界有数の焼き物産地。モザイクタイルも有名で、町なかのいたるところにさりげなくタイルが施されているのがかわいい。
駅前の商店街を抜けて川を渡ったところにある「多治見本町オリベストリート」は、古い建築物を残したノスタルジックな大通り。飲食店や陶器店、美濃焼を扱うギャラリーなどが並んでいる。

 

現在進行形の東濃エリアがわかる、器のセレクトショップ「山の花」を訪れる

オリベストリートの入り口をすぐ右に折れて銀座商店街方面に進むと、趣のある佇まいのビルが右手に現れる。その2階にあるのが、東濃地域の作家ものをメインに扱う焼き物のセレクトショップ「山の花」。焼き物がとにかく好きだというオーナー・花山和也さんは、名古屋出身。知人である陶芸家の制作アシスタントについたことがきっかけで、多治見との縁がつながった。作ることよりも多くの焼き物を見ること、その魅力を広めることが好きだと気づいた花山さんは、制作側から作品を売り出す側にシフト。ふたりの陶芸家とともにブランドを立ち上げ、マネジメントや営業を担当するようになる。「東濃エリア(多治見市、土岐市、瑞浪市)には、本っ当にいい作家さんが多いんですよ。でもそれを売るところ、発信するところがなかった。結果、作家と同じ地域に住んでいるのにわざわざ東京にその人の展示を見に行って、そこで買って帰ってくるみたいな。その状況ってどうなの? って」
場所がないなら、自分が作ろう。そんなときに出会ったのが、20年以上空き家状態になっていた築50年・エレベーター無し・4階建てのビルだった。「立地を含め物件はすごくいいと思ったんですが、借りるなら一棟まるっとというのが条件で。となると相当お金もかかるし耐久性の問題も…… と迷って、今ビルの4階でお店をやっている水野(雅文)さんに相談したら、いいじゃん!って背中を押してくれて」。
リノベーションを経て、2019年9月に「新町ビル」をオープン。現在は4階に水野さんの「地想」、1階がイベントスペース、3階がフォトスタジオ兼オフィスとなっている。「販売の場であると同時に、作家さんが広くコミュニケーションできる世界を作りたかったんです。ここをハブにして作家さんとお客さん、他のお店のバイヤーさん、作家さん同士も交流できるような。この店の存在が制作のモチベーションを保つ理由になればいいな、と」お店にはあらゆるタイプの焼き物が、常時300点ほど。作家の年齢もキャリアも製法も関係なく、花山さんが面白いと思うかどうかがセレクトの基準になる。東濃エリアの“今”がぎゅっと集約したラインナップは、とても魅力的。ここを見ないと損をすると言っても、過言ではない。
美しい木の什器は名古屋の稲熊家具製作所にオーダーしたもの。壁面には地元・笠原町の美濃焼きタイルが。
美しい木の什器は名古屋の稲熊家具製作所にオーダーしたもの。壁面には地元・笠原町の美濃焼きタイルが。
一般的な花器に収まらない大振りの壺もずらり。「壺って簡単に売れるものではないから、取り扱うお店が多くない。でも、壺を作りたい作家さんて実は多いんです。だったらうちで置こうかって」
一般的な花器に収まらない大振りの壺もずらり。「壺って簡単に売れるものではないから、取り扱うお店が多くない。でも、壺を作りたい作家さんて実は多いんです。だったらうちで置こうかって」

見るも愉しく、食べて幸せ。南インドのベジ定食を味わう「タネヲマク」でランチ


ランチで訪れたのは「山の花」から歩いてすぐ、古民家の1階にある「タネヲマク」。店主・増田若菜さんがひとりで切り盛りするミールス専門店だ。ミールスとは、数種類のカレーと副菜、そしてライスをいっしょに食べる南インドの食事。かつて南インドに滞在したとき、その魅力にハマって毎日のようにミールスを食べていたという増田さんが、岐阜県瑞浪市で営んでいた人気カレー店を多治見に移したのは2021年3月のこと。「それまではあいがけカレーのような形式で提供していたのですが、いつかカレー屋が増えてきたときに埋もれてしまいそうだなと感じて。まだ東海地方にミールスのお店も少なかったこともあり、この形でいこう!と決めました」。
基本のメニューはベジミールスの「南インドの野菜カレー定食」¥1,000のみ。ボリュームがほしければ、肉・魚の「追加のノンベジおかず」がトッピングできる。カレーを単品で味わったあと、サンバル(豆と野菜の煮込み)とカレー、おかずをライスと好みで掛け合わせつつ、ラッサム(スープ)やピックル(漬物)、ヨーグルトで調味するのがおすすめの食べ方。単品とはまた違う風味や食感が生まれ、ボリュームのあるプレートも最後まで飽きることなく楽しめる。
ミールスと同じくらい心躍るのが、お店の内装。ラベンダーカラーの壁に家具やライト、清潔で味のあるオープンキッチン、注文カウンターに化粧室の装飾まで、いたるところに増田さんのセンスが光る。「レイアウトやデザインは、大工さんと相談しながら自分で考えて作ってもらいました。カウンター上のメニュー写真をライトボックスにするというのは、大工さんの提案。どこかアジアの空港とかショッピングモールにあるファストフード店をイメージしています」。
一見カレーとは関係なく思える店名は、児童書の『種をまく人』(ポール・フライシュマン著)からインスパイアされたもの。「何かを始めるときに、ピッタリの言葉だなと思って。後から気づいたんですが、スパイスも“種”なので、ちょうどよかった」。
モダンな色合わせのモザイクタイルに大きなガラス窓と、外観も秀逸。「以前やっていたお店での集客に限界を感じていたころ、この物件が転がり込んできました」というから、なんとも運がいい。
モダンな色合わせのモザイクタイルに大きなガラス窓と、外観も秀逸。「以前やっていたお店での集客に限界を感じていたころ、この物件が転がり込んできました」というから、なんとも運がいい。

いよいよ、多治見の“今”を作った場所へ。「ギャルリ百草」で時間を忘れる


陶作家の安藤雅信さんと衣服作家で妻の安藤明子さんが、多治見の山中に「ギャルリ百草」をオープンしたのは1998年。以来20年以上、多くのファンを惹きつけてやまない、唯一無二の存在だ。「“百草(ももぐさ)”っていうのは、松のことなんです。この建物も、重要な部分は松で出来ているんですよ」(安藤雅信さん・以下「」内同じ)。
数寄屋風建築の古民家は、有松鳴海絞りで知られる名古屋市有松から移築した。“数寄”とは茶室のことを指す。茶道を嗜む安藤さんが移築のために購入した土地は、1300坪。「ここは最初すごく深い谷だったんです。まずは自分で木を全部伐採して、ダンプ1000台分の土を入れて、1年寝かせて……  ってやっていったら、解体から3年くらい経っていました」。
1階は常設展とその時々の企画展が催される和室とカフェ、2階は安藤さんと明子さん、それぞれの作品などが見られる(購入可)スペースになっている。
「バブル期は、それこそB品でも売れる時代。作品も表現主義の派手なものが多いし、値段もどんどん上げていって…… 僕はシンプルでミニマムなもの、日常使いでかつ歪んだものが好きだったから、その波にはいろんな意味で全く乗れなかったんです」。しかし同時に訪れたグルメブームをきっかけに、流れが変わっていく。「“スパゲッティ”が、“パスタ”になったころ。家庭で本格的な料理を食べる時代になって、食卓がガラッと変わったんだけど、それに合う器がない。器といえば和食器か柄物の洋食器だったんですよね。僕もそのころ結婚して使いたい器がないなと思って、じゃあ作ろうかって」。
同じように“シンプルで飽きのこないものを作りたい”という作家がポツポツ現れるようになり、2000年代にその一群を「生活工芸」と呼ぶ流れができた。「2004年の1月の展覧会で、客層ががらっと変わりました。『クウネル』や『アルネ』のような生活提案系の雑誌が出てきたことが大きくて。焼き物だけじゃなくて木工とか漆器もそう、あとは野田琺瑯(のだほうろう)が白い琺瑯を出したりね」。
撮影時に展示されていたのは、森北伸さんによる「土から生える1」。※現在は終了
撮影時に展示されていたのは、森北伸さんによる「土から生える1」。※現在は終了
生活工芸の特徴のひとつに、“作り手の中に使い手の目線が入っている”ことがある。「どうだコレはすごいだろう!と表現を100%盛り込んで完成させるのではなくて、ぐっと引いて、使い手が入り込める余地を残しておく。引き算の美学と呼んでいるんですが」
天井の白っぽい木材は、かつて焼き物を運ぶのに使われていた松の板。「松の木って柔らかいんだけど折れないんです。どれだけ重いものを載せても、しなるけど折れない。脂が多いから焼き物の燃料としても最高だし、材料となる粘土質の山には赤松が多いんですよ。本当に自然ってうまくできています」
天井の白っぽい木材は、かつて焼き物を運ぶのに使われていた松の板。「松の木って柔らかいんだけど折れないんです。どれだけ重いものを載せても、しなるけど折れない。脂が多いから焼き物の燃料としても最高だし、材料となる粘土質の山には赤松が多いんですよ。本当に自然ってうまくできています」
玄関で靴を脱ぎ、畳の部屋に上がって自然光の中で作品を見るという新しいスタイルを作り上げた安藤さん。“生活空間”を使って展示することで、ものと人との関わりを考え直すことをテーマとしている。「白壁に照明を当てて飾ってあったら、どんなものでもそこそこいいものに見えるでしょ。お茶をやって感じたんだけど、お茶室ってすごく暗いから手に取ってまじまじと見て、五感全部で情報を得るんですよね。そういう空間、生活のシチュエーションが必要だなと」
床のタイルは、安藤さんが自ら焼いたもの。「最初に用意していたお金が土地代に消えてしまったので、自力でやれることはやらないとって思って(笑)。とにかくお金がなかったので、家具も焼き物を入れていたリンゴ箱とか、中学校の体育館で使っていた下駄箱とか」
床のタイルは、安藤さんが自ら焼いたもの。「最初に用意していたお金が土地代に消えてしまったので、自力でやれることはやらないとって思って(笑)。とにかくお金がなかったので、家具も焼き物を入れていたリンゴ箱とか、中学校の体育館で使っていた下駄箱とか」
多治見の今後の展望は?「産業界が縮小していくと、いちばん困るのは原料関係の方々。だから個人作家を増やすことで、ある程度の群を成す「焼き物の町」として残るといいなと思っています。僕はヒエラルキーと闘ってきた世代で、始めたころはそれこそ薪窯で焼いたら高級品で電気窯だったら安いとか、この土なら高級だけどこっちの土は安物とか、鋳込み(粘土を泥にして型に入れる製法)を下に見るとか、そういうのがいっぱいあった。それを覆したいなっていうのが、ずっと僕の中にあって。美濃って焼き物のいちばん安い部分を日本で担ってきた部分なんですが、それに対する価値を再構築することが大事だと思っているんです」。
時が経つのを忘れてしまう特別な空間。庭を歩いていると、どこにいるのかすら分からなくなる。「“迷子にさせる”って言ってます。ここに入ったら違う世界だから、俗世を忘れて楽しもうって。迷子になった方が、楽しいんですよ」
時が経つのを忘れてしまう特別な空間。庭を歩いていると、どこにいるのかすら分からなくなる。「“迷子にさせる”って言ってます。ここに入ったら違う世界だから、俗世を忘れて楽しもうって。迷子になった方が、楽しいんですよ」
安藤さんの想いは若い世代を中心に確実に受け継がれ、前出の花山さんも「多治見の“今”は、安藤さんという存在抜きではありえない」と敬意を持って熱く語る。「花山くんと水野くんがあの場所(新町ビル)を始めてくれたことで、変わりましたね。彼らのような、ヒエラルキーに囚われていない外の人たちが違う流れを作ってくれている。少しずつ、少しずつですね」

なんて居心地がよい町なんだろうと、帰りの電車でしみじみ思う。懐かしさの残る町並み、洗練されたお店に、町の人たちの適度な距離感。賑わっているのにどこか静かで、時間の流れがゆるやかなのだ。焼き物とと自然と美味しいものに、どっぷり浸かるのんびり旅。違う季節のこの場所に、またそうやって遊びに来たい。



 
Text: Kei Yoshida
Photo: Hako Hosokawa




 


いつもと違う岐阜県観光には、〈山の花〉〈タネヲマク〉〈ギャルリ百草〉がおすすめ。

山の花(やまのはな)


所在地岐阜県多治見市新町1-2-8 新町ビル 2F
アクセスJR多治見駅から車で約5分、徒歩約15分
電話番号0572-44-7711
URLhttps://yama-no-hana.com
営業時間12:00〜18:00
休業日火曜・水曜(展示期間中は休まず営業)


 

インドめし タネヲマク


所在地岐阜県多治見市小路町3
アクセスJR多治見駅から車で約5分、徒歩約15分
問い合わせtanecurry@gmail.com
URLhttps://www.instagram.com/tanecurry/
営業時間11:30〜15:00(LO14:30)/月1回土曜夜営業18:00〜21:00(LO20:30)
休業日不定期営業のためインスタグラムにアップされるカレンダーをご確認ください。


 

ギャルリ百草


所在地岐阜県多治見市東栄町2丁目8-16
アクセスJR多治見駅北口から車で10分、多治見ICより車で10分
電話番号0572-21-3368
URLhttps://www.momogusa.jp
営業時間11:00~18:00
休業日火曜、水曜 ※展示期間によって異なるため事前にご確認ください


 
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。