雨の日観光のススメ

多くの植物が芽吹き始める春から初夏は、生命の息吹、そして輝きを感じられる季節。普段生活する街中でも、鮮やかな花々に目を奪われることもあるだろう。“青もみじ(新緑)”もまた人々を魅了し、日常に癒しと安らぎを与えてくれる。

初夏の京都は、社寺の庭園を彩る青もみじが美しく、訪れるのであれば“雨の日”をお勧めしたい。潤いに満ちた青もみじに加え、お庭を構成する“エッセンス”として重要な「苔」の美しさが際立つからだ。今回は、雨の日に訪れたい、青もみじの散策コースをご紹介しよう。

東福寺~光明院~雲龍院

紅葉の名所は、すなわち青もみじの名所でもある。京都でも屈指の人気を誇る紅葉名所 東福寺は、JR京都駅からひと駅という好立地で、気軽に訪れることが可能だ。東福寺界隈の青もみじスポットを、雨の日に実際に巡ってみた。


1. 東福寺

JR奈良線の東福寺駅から歩いて10分ほど。東福寺境内にかかる臥雲橋(がうんきょう)に立てば、一面に青もみじの光景が広がる。雨に濡れた新緑を目にしてみると、潤いを帯びて艶やかな美しさをのぞかせていた。
臥雲橋からの風景
臥雲橋からの風景
拝観受付を済ませ、通天橋エリアへ。通天橋は回廊のようになっており、雨であっても傘をさす必要がないのが嬉しい。柱や屋根の軒先部分を額縁に見立てれば、その先に広がる風景が生きた芸術作品のようにさえ見えてくる。通天台と呼ばれる見晴し台からは、眼下に青もみじの大海原。幾重にも重なる緑に、思わずため息さえこぼれてしまう。
通天橋
通天橋
通天橋周辺のお庭は回遊することができる。足を踏み入れると、どこを切り取っても鮮やかな緑に覆われている。ふと足元に目をやると、鮮やかな苔の緑。これもまた雨の恩恵であろう。苔といえば、東福寺は斬新でユニークなお庭があることでも知られている。
「昭和の名作庭家」として誉れ高い重森三玲によって、本坊を取り囲むように作られた4つの庭。そのうちの「北庭」では、切り石と苔によって描き出された市松模様の光景が広がる。訪れた日は緑であったが、日照りが続くと苔は焼け焦げたように茶色くなるそうだ。社寺の庭園には青もみじや苔が多く植栽されているが、より美しく鑑賞するのであれば、雨の日に訪れることをおすすめしたい。
本坊庭園(北庭)
本坊庭園(北庭)

2. 東福寺 光明院

続いて訪れたのは東福寺の塔頭(たっちゅう)寺院である光明院。こちらも重森三玲によって作られたお庭が有名である。
山門
山門
巨石と白砂、そして苔が印象的な「波心庭(はしんてい)」。青もみじはさることながら、陸地を表現した苔の美しさに目を奪われる。「苔は緑色」というのが一般的なイメージだろうが、やはりこちらのお庭もカンカン照りの日に訪れたなら、全く別の風景が広がっていたはずだ。
波心庭
波心庭
心に響くお庭を目の当たりにしたら、じっくりと眺めたいもの。通天橋でも感じたことではあったが、観光シーズンではないということを差し引いても、訪れる人の姿が少ないように思えた。おそらくこれも“雨”の影響であろう。

3. 泉涌寺 雲龍院

最後に訪れたのは泉涌寺の塔頭寺院である雲龍院。光明院からは、「近道」を通って徒歩で20分ほどの道のりだ。

泉涌寺には、108代 後水尾天皇から幕末の121代 孝明天皇までの御陵が造営されるなど皇室との縁が深く、いまも皇族関係者の参拝が続いている。雲龍院までの道中でも、旧宮家の墓所も目にすることができるのが、泉涌寺ならではであり京都らしくもある。「東山の奥座敷」とも称される雲龍院は、京都駅から車で15分ほどということが信じられないほど、自然豊かで閑静な地に佇んでいる。この寺院では、少しユニークに青もみじ鑑賞を楽しみたい。
色紙の景色(蓮華の間)
色紙の景色(蓮華の間)
その楽しみ方というのが、“フレーム越しに外を眺める”というもの。「蓮華の間」の雪見障子にはめ込まれた4枚のガラスを、“ある場所”に座して眺めると… 向こう側に「椿」「灯篭」「楓」「松」が現れ、「色紙の景色」として目を楽しませてくれる。「大輪の間」でも、室内の奥側に座し、和空間も含める形でお庭を眺めたい。そして「悟りの窓」も見逃せない。このような景色を目の当たりにすると、写真も撮影したいもの。実際の目に映るように、室内の雰囲気と外の景色の両方を綺麗に映し撮るには、日光が降り注いでおらず明暗差がより少ない曇りや雨の日が得意とするということを付け加えておきたい。

人気の観光エリアから、市街地を離れた山里まで。梅雨の時季にも訪ねたい、おすすめの青もみじ散策コースを3つご紹介。

 

〈嵐山・嵯峨野エリア〉

天龍寺~常寂光寺~二尊院

国内外問わず多くの観光客で賑わう人気のエリア。青もみじを楽しむなら、渡月橋・竹林などのある嵐山エリアを抜け、奥嵯峨方面を巡りたい。

天龍寺

背景の山(嵐山)を、景色の一部として取り込んだ曹源池(そうげんち)庭園が有名な天龍寺。徐々に日差しが入り込み、刻一刻と“目覚め行くお庭”を眺められる晴れた日の朝も良いが、山肌に霧がかかり、より壮大な自然の中に庭が佇むかのように感じられる雨の日もおすすめだ。
曹源池庭園
曹源池庭園
太陽が雲に覆われ影が落ちにくい雨や曇り日は、石組などお庭の細部まで鑑賞しやすいのも嬉しい。せっかくならお庭とじっくり対峙できる方丈(大方丈・書院)に上がって眺めてみると良いだろう。

天龍寺を北門から抜け左に曲がれば、そこは緑あふれる名所へのプロムナード。竹林に囲まれた小径を抜けると、もみじの美しさで名高いお寺が点在する嵯峨野エリアへと続いていく。

 

常寂光寺

竹林から15分ほど歩くと、常寂光寺にたどり着く。茅葺が印象的な仁王門をくぐれば、一面に広がる緑の世界。まるで静かな海底にでも沈んでしまったかのような、不思議な感覚さえ覚える。
常寂光寺では、青もみじだけでなく、住職の肝煎りという苔にも注目したい。雨に濡れた石段や石畳が醸し出す風情も深みを増して情緒深い。
仁王門
仁王門

二尊院

常寂光寺とは打って変わって、空が広く開放感のある二尊院もまた紅葉の美しさに定評がある。注目は何といっても、およそ100mにも及ぶ“紅葉の馬場”。錦のアーチとなる秋は息を呑む美しさだが、緑のグラデーションが美しい初夏から夏にかけても見事である。
紅葉の馬場
紅葉の馬場
馬場を抜けて本堂にたどり着いたら、緑美しいお庭を前に腰を下ろし、のんびり時間を過ごすのもおすすめ。さらに奥嵯峨の方へ向かってみるか、渡月橋のあたりに戻って大堰川周辺を散策してみるか…。残り時間や気分に合わせてチョイスできる選択肢の多さも魅力のエリアである。

 

〈八瀬・一乗寺エリア〉

詩仙堂~圓光寺~蓮華寺

比叡山の麓に位置する八瀬・一乗寺の一帯は、住宅街と自然が隣り合わせに共存するエリア。寺院には自然を上手く取り込んだ庭園が多く、紅葉狩りの定番エリアとしても人気を博している。


詩仙堂

書院の前に広がるのは、サツキの刈込みと白砂からなるお庭。少し距離をおいて背後にはモミジが彩りを添えている。シンプルであるがゆえに、気軽にリラックスして対峙できるお庭にも感じられるだろう。程よい加減で響きわたる鹿威し(ししおどし)の音も心地良い。

実は書院から眺めたサツキの刈込みの奥に回遊式の庭園が隠されていて、青もみじだけでなく、苔、竹など、様々な緑を鑑賞することができる。
客殿
客殿
詩仙堂で特筆すべきは、自然豊かな環境で生育する花の数々。派手さはないものの、境内では一年を通して花や山野草が可憐に彩りを添えている。
 


圓光寺

詩仙堂から歩いて3分ほど、「十牛之庭」と名付けられたお庭が人気の禅寺だ。どんよりと曇った雨の日であれば、室内もほの暗く、意識は自ずと目の前のお庭に集約されていく。葉をたたく雨の音や、苔庭を打つ雨の音もまた、この風景を構成するエッセンスのひとつであると気づかされる。
十牛之庭
十牛之庭
圓光寺のお庭も回遊することができるので、ぜひゆっくりと巡りたい。青もみじや苔に加えて、いかにも京都らしい風情を醸す「応挙竹林」も見どころの一つ。雨の日は、どこか妖艶な雰囲気さえ漂わせ、ふと見入ってしまう。

 

蓮華寺

一乗寺から八瀬には、電車やバスで容易に移動することが可能だ。蓮華寺の山門をくぐると、その先には、静謐さが約束されたかのような風情ある参道がのびる。

客殿に進むと、お寺の傍を流れる高野川の水を取り込んだ池が目を引く鑑賞式の庭園が姿を現わす。すぐ横にそびえる山や高木の植栽に覆われているためか、晴れの日であっても太陽光が限られているようで、モミジや苔の緑もひときわ鮮やかで若々しく感じられる。特に、ぎっしりと敷き詰められた苔にも注目したいお庭である。


〈大原エリア〉

宝泉院~三千院~寂光院

かつては貴族や僧侶たちの隠遁の地としても知られた山間の地、大原。ひなびた中に、ささやかな美しさを覗かせる里山には、しっとりした雨模様もよく似合う。


宝泉院

大原観光の入口となる大原バス停に着いたら、15分ほど歩いて宝泉院へ。客殿に進み、まずは拝観とセットで提供される抹茶で一服したい。お庭に付けられた「盤桓園(ばんかんえん)」の名は、「立ち去りがたい庭」という意。目の当たりにすれば、きっとその名称に納得するはずだ。

客殿奥には一枚の座布団が敷かれている。従うままに腰を下ろすと、目の前には京都市の天然記念物にも指定されている五葉松が。樹齢は700年を超えるという。ほかにも、色々なところに座してみて、お気に入りの景色を探してみてもらいたい。
盤桓園
盤桓園


三千院

「京都大原」の代名詞的なお寺と言えるのが三千院だろう。「聚碧園(しゅうへきえん)」は「緑を集めるお庭」を意味し、その名のごとく、庭を覆いつくす植栽の緑が美しい。
聚碧園
聚碧園
「三千院といえば」の風景が広がるのが「有清園」。青もみじに加え、種類豊富な苔の美しさにも目が奪われるお庭である。「わらべ地蔵」たちも、雨に濡れて潤ったお庭を眺めて喜んでいるようにさえ見える。
 


寂光院

寺伝によれば、推古2年(594)に聖徳太子(厩戸王)により創建されたと伝わる古刹。前述の三千院とともに、大原を代表する紅葉名所のひとつだ。山門にいたる緩やかな参道を彩るもみじが美しく、石段と調和した光景が素晴らしい。
石段と山門
石段と山門
寂光院を語る上ではずせないのが『平家物語』だろう。わずか6歳の我が子、安徳天皇とともに壇ノ浦で入水するも、自らは生きながらえた建礼門院徳子。その後、息子や源平合戦で敗れた平氏一門の菩提を弔うために閑居したのが寂光院であった。どこかもの寂しい歴史を伝えるお寺には、雨の情緒がよく似合う。

過去に訪ねたことがある場所であっても、異なる天候や別の時季に訪れてみると新たな発見があるかもしれない。
“雨”の青もみじギャラリー青もみじや苔が持つ潜在的な美しさが引き出されて、お庭をより美しく鑑賞することができる。その上に、“あいにくの天候”のためか、名所であっても心静かにゆったりとした時間を過ごすことができる。“雨”は、京都観光において、むしろ“絶好の天候”と言っても過言ではないかもしれない。あえて雨の日を狙って、京都を訪ねてみてはどうだろうか。


東福寺


所在地京都市東山区本町15-778 (Google Map
アクセスJR奈良線 東福寺駅から徒歩約10分
電話番号075-561-0087
URLhttps://tofukuji.jp/
拝観時間9:00〜16:30(受付終了16:00)
※11月〜12月初旬は8:30〜、12月初旬〜3月は16:00まで(受付終了15:30)
拝観料通天橋600円(11月中旬〜1,000円)、方丈500円、通天橋・方丈共通券1,000円(11月中旬〜12月上旬を除く)


東福寺 光明院


所在地京都市東山区本町15-809 (Google Map
アクセスJR奈良線 東福寺駅から徒歩約15分
電話番号075-561-7317
URLhttps://komyoin.jp/
拝観時間7:00頃〜日没
拝観料500円


泉涌寺 雲龍院


所在地京都市東山区泉涌寺山内町36 (Google Map
アクセス市バス「泉涌寺道」バス停から徒歩約15分
電話番号075-541-3916
URLhttps://www.unryuin.jp/
拝観時間9:00〜17:00(受付終了16:30)
拝観料400円


天龍寺


所在地京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68 (Google Map
アクセスJR山陰本線・嵯峨野線 嵯峨嵐山駅から徒歩約13分
電話番号075-881-1235
URLhttps://www.tenryuji.com/
拝観時間庭園 8:30〜17:00(受付終了16:30)
※2024年11月16日(土)〜12月1日(日)は7:30開門
諸堂 8:30〜16:45(受付終了16:30)
法堂「雲龍図」 9:00〜16:30
※土日祝のみの公開(1/1〜2は除く)、春・夏(盆)・秋の特別参拝期間は毎日公開
拝観料500円(諸堂参拝は300円追加)、法堂「雲龍図」500円


常寂光寺


所在地京都市右京区嵯峨小倉山小倉町3 (Google Map
アクセスJR山陰本線・嵯峨野線 嵯峨嵐山駅から徒歩約15分
電話番号075-861-0435
URLhttps://jojakko-ji.or.jp/
拝観時間9:00〜17:00(受付終了16:30)
拝観料500円


二尊院


所在地京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27 (Google Map
アクセスJR山陰本線・嵯峨野線 嵯峨嵐山駅から徒歩約19分
電話番号075-861-0687
URLhttps://nisonin.jp/
拝観時間9:00〜16:30
拝観料500円


詩仙堂


所在地京都市左京区一乗寺門口町27 (Google Map
アクセス市バス「一乗寺下り松町」バス停から徒歩約7分
電話番号075-781-2954
URLhttps://kyoto-shisendo.net/
拝観時間9:00〜17:00(受付終了16:45)
※5月23日は拝観休止
拝観料700円


圓光寺


所在地京都市左京区一乗寺小谷町13 (Google Map
アクセス市バス「一乗寺下り松町」バス停から徒歩約7分
電話番号075-781-8025
URLhttps://www.enkouji.jp/
拝観時間9:00〜17:00
※紅葉の時期は事前予約制
拝観料600円


蓮華寺


所在地京都市左京区上高野八幡町1 (Google Map
アクセス京都バス「上橋」バス停よりすぐ
電話番号075-781-3494
拝観時間9:00〜17:00
拝観料500円


宝泉院


所在地京都市左京区大原勝林院町187 (Google Map
アクセス京都バス「大原」バス停から徒歩約15分
電話番号075-744-2409
URLhttp://www.hosenin.net/
拝観時間9:00〜17:00(受付終了16:30)
拝観料900円(茶菓子付)


三千院


所在地京都市左京区大原来迎院町540 (Google Map
アクセス京都バス「大原」バス停から徒歩約10分
電話番号075-744-2531
URLhttp://www.sanzenin.or.jp/
拝観時間9:00〜17:00
※11月は8:30〜17:00、12月〜2月は9:00〜16:30
拝観料700円


寂光院


所在地京都市左京区大原草生町676 (Google Map
アクセス京都バス「大原」バス停から徒歩約15分
電話番号075-744-3341
URLhttps://www.jakkoin.jp/
拝観時間9:00〜17:00
※12月〜2月は9:00〜16:30、1月1日〜3日は10:00〜16:00
拝観料600円



Text & Photo:Kazuaki Toda


 

いつもと違う京都府観光には、雨の日の〈青もみじ〉がおすすめ。
 



※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。