目的地にしたい料理屋【田舎の大鵬】

今回の旅の目的地は京都。といっても、京都駅から車で約1.5時間ほど走った綾部市という場所になる。真冬の京都北部と聞いてハードな雪山ドライブを覚悟をしていたにもかかわらず、この日はコートなしでも歩けるほどの暖かさ。趣のある美しい古民家が建ち並ぶ里山を通り抜け、辿り着いたのは山中に広がる集落だった。
「遠いところ、わざわざどうも!よろしくお願いします」
ニコニコ出迎えてくれたのは渡辺幸樹さん。京都市二条にある中華料理店「大鵬」の二代目で、ここ「田舎の大鵬(いなかのたいほう)」の主人である。ここは、その日の料理に使う鶏を絞めるところからコースが始まるという、滅多にお目にかかれないスタイルのレストラン。養鶏場をベースにした農場内にある屋外スペースで、幸樹さんによる中国コース料理をいただけるのだ。
「中国なんて農村に行くと動物園みたいにたくさん動物がいて、その動物を使った食事ができるところもあるんですけど。生まれて育った命が絞められて、肉になって、それをその場で食べられるというという場所は、日本にはやはり、そうないですよね」。
この日いただくのは、純国産和鶏の「もみじ」という品種。
「生き物は結局、絞めないと食べられないものですが、それを知らない子もたくさんいるんですよね。小学生低学年くらいの子なんかは「わーこんななるんやー!」って近くで見たりするけど、逆に高校生くらいになると怖さが出て、ワワワワッて遠くから見ていたりする子も多いですね」。
手早く絞めて毛抜きしたあとは、中抜きという内臓をきれいに開いていく作業へ。手際よく捌かれた鶏が、あっという間に“お肉”になった。
「いまスーパーに並んでいるお肉っていうのは胸肉、もも肉って分けて、骨も抜いてパックに入った状態のもの。それしか見ていなかったら、“生き物に感謝して食べる”ことって、理解しづらいですよね」。
養鶏場であるこの場所へ来て、卵を産むことだって命懸けだなのだということに改めて気づいたと言う。
自然のサイクルに合わせて季節ごとに畑を回していくため、この時期はフレッシュな野菜の種類はそう多くない。「あとは発酵とか保存、乾燥もので回していきます。僕としては冬はそういうコレクションを発揮できる季節なんで、嬉しいですけど(笑)」。露地野菜は栄養価も高くなるし、なにより滋味深い。「僕らはスーパーに出荷したりしないので、できれば土にある栄養だけでよくしていけたら……というのが理想。草刈りしたときの要らない葉っぱとか、米糠とかをかぶせて栄養にして、それをうちでは「雑草堆肥」って呼んでるんですけど、それで足りなかったら馬糞や鶏糞を使ってもいいですし、“買わずに循環できる”っていうのがベストやな、とスタッフと相談しながらやっています」。

大根は早めに収穫して土に埋め、藁をかぶせておけば保温ができて生で使える。この藁も、お米を作るときの稲木干しで出来たもの。「必要な時期に必要なものが出来上がってくれる。感動ですよね、自然のサイクルってのは本当にうまいことつながってるんやなって」。農場長に“道”を作ってもらったことで山の水が使えるようになり、夏場は中華に欠かせない空芯菜も栽培している。

お母さん豚として飼われている、豚のゆりちゃん。「いま1歳8ヶ月くらいですかね。立ち上がったら2メートル以上、体重も200キロあります」。
「じゃあ、そろそろお腹も空いてきたでしょうね。いきましょか」。
畑で刈った野菜とともに、屋外にセットされた食卓へ。飲み物はこの辺りで採れた野草の温かいお茶と、紹興酒をいただくことにする。​​​​​

冬の醍醐味ともいえるカブのスープからスタート。大根の葉っぱを塩水漬けして発酵させたもの、そして近隣農家さんが作る純国産マスタードのオイルをたらり。

塩水漬けした発酵白菜と乾した山クラゲをマスタードシードと同オイルで和えたもの。素材の味の濃さと発酵の旨味、柑橘のさっぱり感でずうっと食べていられる。

先ほど絞めてもらった鶏が登場。湯引きした内臓に極細切りのネギをのせ、カンカンに熱した鶏油(ちーゆ)をジャッと。捌きたての鶏でしか叶えられない一品。「僕も初めて食べたとき、開きたての内臓ってこんな味すんねや!ってびっくりしました。瞬間の、“命の味”ですね」。鶏油の旨味がどっと溶け込んだ醤油だれも絶品。
この日のメインは鶏鍋で、香りがまずご馳走。干した芋茎、大根の皮、クコの実や髭人参などで出汁を取り、味付けは塩のみ。熱々のスープを口に入れれば、寿命が延びそうな深い味に思わず目を閉じてしまう。
幸樹さんはいま、お店のすぐ近くに住んでいる。
「僕は生まれも育ちも京都(市内)ですが、うちの親父は実はここから30分くらい行ったとこに住んでたんです。親父が若い頃の田舎ってもう本当になあんにもなくて。田舎暮らしがイヤでイヤで、絶対に都会に行ってなんかしてやる!っていう世代。ハタチのときに京都に出て、知り合いの中華屋さんや甘味喫茶の手伝いをしていたんです」。
 

幸樹さんが大好きだという赤芋(里芋の仲間)は、焦がしたネギと一緒に炒めて上海の家庭料理風に。燻製にした自家製タクアンの香ばしさと歯触りがいいアクセント。
ここをオープンさせたのは2022年。それまでは中国と日本をひたすら行き来し、料理とそれにまつわるあらゆるものについて経験を積んできた。
「10年くらい前から中国の田舎の方にしょっちゅう行ってて。ひと月行っちゃまた戻ってきてっ、てもう中国に憧れまくってたんです(笑)。中国の田舎料理が好きで好きで、いつかこんなんを!って思っていて。けどそれを市内の店(二条の「大鵬」)でやっても、なーんかピンとこない。ちょうど自分の料理も、食材の持ち味などを活かしたシンプルな料理寄りになってきていたというのもあって。そんなときワイン、しかもナチュールにハマりだしたんです。そこから世界中のワインの生産者と会うようになって」。

赤いささげとパオラージャオ(発酵唐辛子)、叩いたニンニクと一緒に蒸し煮したカボチャを卵でさっと炒めた一品。やさしい甘辛酸味のあわせ味に、黙々と箸が進む。「カボチャと塩卵の組み合わせって、中国では定番なんです」。
ナチュールにハマり続けた幸樹さんは、スペイン・バルセロナでイベントをするようになる。
「そこから、ヨーロッパの生産者を訪ねて田舎を見る機会が増えたんですよ。そしたらもう、知れば知るほどワインの生産者ってめっちゃ面白いな!思って。ワインの醸造についてだけではなく、ワイン造りとライフスタイルが一貫しているところ、毎年毎年、違う顔を見せられて、個性をしっかり感じられるところなんかが本当に好きだなと。いや~田舎暮らし、いいな!ってなって(笑)。

だから最初から『田舎の大鵬』がしたくて移住したわけじゃなくって、そういう意味での“田舎暮らし”がしたかったんです。京都市内は観光客中心の街になっているし、やっぱりちょっと資本主義経済優先になりすぎてるかなーと……。とはいえ、今はもうどこに住もうが、資本主義の恩恵を受けないと生きていけない国になっているし、良さも悪さも両方ある。だから、ちょうどいい距離で自分たちで少しでも自給できる形を作ってみたいな、と」。
叶えたいことは想い続けながら、口にも出していくのが幸樹さんのやり方。
「循環させること、昔からの“保存”の考え方、“身土不二”的な考え方にも興味を持ち始めていたので、それをしていきながら中国料理ができたら最高やな!っていうところから、段々と形になってきた感じです。この農場はもともと(二条の「大鵬」の)卵や鶏の取引先だったんですね。ここに遊びに来て料理を作ってたとき、“あっ、ここなら山野草も採れるし、畑もできるな”?と思い立って……できそうな感じがあった。それを農場長に伝えたら「一緒に店やれたら面白いな」ということで、ここで店をやることを引き受けてくれました」。
 

骨まわりや頭には、内臓の湯引きで絶品だった鶏油入り醤油だれを回しかけて。遠慮せずに手で持って、しゃぶっていただく。
ふんわりと香り立つ炊きたてご飯。天日乾しした綾部産「伊勢光」の新米にインディカ米の古米をブレンドしている。
ふんわりと香り立つ炊きたてご飯。天日乾しした綾部産「伊勢光」の新米にインディカ米の古米をブレンドしている。
命を止める作業に完全に馴れるということはない。
「だからこの作業を分担するようになった理由もわかるんですよ。でも、歴史的に見たらそんなのは最近の話ですし、分担されているけど結局「誰かがやっていること」なんですよね。これがそんなに残酷なことなのか?と思うと、伏せるのも違うなと。やっぱりそこから目を逸らさず、“感謝していただく”っていうのが大事なことだと思うんです。逆に、動物を絞める光景を見て「食べられなくなった」という人がいたとしても、選択としてありだと思う。それはそれでいいんじゃない? って。実際に見てその人が選んだことですから」。
 

デザートは温かい黒胡麻餡入りのお団子。綾部産の無農薬のもち米を使っている。ほんの少しのお砂糖と、天日干しした赤米の玄米、松の実、そして胃を温めてくれる陳皮。「温かい料理を召し上がっていただいたあとなので、胃がびっくりしないように」。
冬の空気を感じながらの外ご飯は、最高に美味しかった。
「夏は、綾部に移る理由の一つになったくらい夜空がきれい。星が眩しいです。ほかの季節もまた来てみてください」。

4名から12名までの1日1組限定。料理はお任せコースのみで、1人前11,000円(税込)。屋外での食事となるため、春・夏は昼夜、夏は夜、冬は昼の営業となる。料理の内容はその日次第で決まりはなし。「名前は親父が決めたんですよ。「ややこしいやろ、『田舎の大鵬』でええ」って」。

わざわざここまで来たんだから。あの大鵬の二代目がやっているんだから。“美味しくて特別で当たり前”という気持ちでここを訪ねる。そんなこちらの勝手な期待に、淡々と熱量の詰まったもてなしで応えてくれる幸樹さん。五感と心をフル活用のここでしかできない体験が、“知る”を遥かに超えてくる。楽しく美味しい料理の記憶と、命への感謝を持ち帰る旅になった。


Text:Kei Yoshida
Photo:Hako Hosokawa



いつもと違う京都府観光には、綾部市の〈田舎の大鵬〉がおすすめ。

田舎の大鵬(いなかのたいほう)


所在地京都府綾部市八津合町別当2-1 蓮ヶ峯農場
アクセスJR綾部駅南口より、あやバス上林線「上林小・中学校前」下車徒歩20分※バスは1~2時間に1本
電話番号なし
Instagram@inakanotaihou
※予約はインスタグラムのDMより受付
休業日不定休


 
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。