日常から少し離れて見たいもの、触れたいものとたっぷり向き合うそんな旅。記憶に刻まれ心を豊かに満たしてくれる、自分だけの大切な時間。

VISONを訪ねる旅〜後編〜

伊勢神宮への参拝客で賑わうJR伊勢市駅から、高速に乗って30分ほど。三重県のほぼ真ん中に位置する多気郡多気町に、VISON(ヴィソン)はある。
2021年に「癒・食・知」をテーマにオープンしたVISONは、小売店、飲食店、温浴施設、ホテルにオーガニック農園など70店舗を有する日本最大級の商業リゾート施設。その広さは実に東京ドーム24個分と、その名(VISON=美村=美しい村)の通りちょっとした村クラスのサイズ感である。

と、ここで「なるほどちょっとオシャレに作った巨大ショッピングモールね」と、早飲み込みをすることなかれ。ショッピングや娯楽だけではなく、オリジナリティの高い“ここだけ”のスポットが点在しているのがVISONの大きな魅力なのだ。地元を愛し自然を愛する、多くの人の想いを受けて開かれた新しい村。とっておきの場所と人を、訪ねる旅に。

山の神様が見守るサンクチュアリ。
奥VISONの一軒家「本草研究所RINNE(リンネ)」。

ランチのあとは、ゆっくりお茶がしたくなる。VISONだけで飲める和草のハーブティーがあると聞き、〈HONZO AREA(本草エリア)〉まで移動することにする。賑わう商業エリアを抜けてぐるりと山を登っていくと、美しいガラス張りの一軒家が目に飛び込んできた。ここ「本草研究所RINNE」は、オーガニックベースの生活雑貨や食材、コスメを扱うショップ&カフェ。
人気のカフェメニュー、chimugsui主宰の植物療法士・鈴木七重さんが監修する「和草茶」の3種飲み比べ。お茶の主原料はすべて国産で無農薬・無肥料のものを使用している。ヴィーガンクッキー盛り合わせ付きで¥1,300。
人気のカフェメニュー、chimugsui主宰の植物療法士・鈴木七重さんが監修する「和草茶」の3種飲み比べ。お茶の主原料はすべて国産で無農薬・無肥料のものを使用している。ヴィーガンクッキー盛り合わせ付きで¥1,300。
「この「和草茶」はね、時間帯に合わせたブレンドを植物療法士の鈴木七重さんが監修してくれているんです。季節によって中身は変わってくるんだけど、女性の好きなもの、きれいになれるものを詰め合わせていて。例えば「赤丸薄荷(ハッカ)」というハーブに含まれるL-メントールっていう成分は、筋肉をやわらげたり胃腸の調子を整える効果があると言われている。だから、リラックスできるように夜用のお茶に入れているんです。ほかにもね…」
優しくかつ熱のこもった説明をしてくれたオーナーの大島幸枝さんは、愛知県津島市で40年以上営まれている自然食品の店「りんねしゃ」社長。赤丸薄荷は、りんねしゃの看板商品でもある。さらに、天然原料でできたアロマ線香として人気の『菊花せんこう』は彼女のお父様が生みの親だというから驚いた。

「父がお店を始めた時は食品だけを取り扱っていたんですが、いろいろやっていくうちに生活雑貨も扱うようになり、そのうち“線香も原料から自分たちで作りたい”となって。20年ほど前に、菊花せんこうの原料である除虫菊の栽培のために北海道に移住したんですね。その除虫菊の農場の隅っこに偶然生えていたのが、赤丸薄荷だったんです。最初見たとき、こんな真っ赤な茎の薄荷見たことないねって。それで北見ハッカ記念館の当時の館長さんに相談して調べてもらったら、“これはもう絶滅したと言われていた赤丸薄荷です”って。品種改良を全くされていない在来種の薄荷ですからとにかく大事に育ててくださいって言われてね。で、細かく株分けして少しずつ増やしてきたんです。いいものだからこれは商品化したいね、となって精油やジェルを作るようになって、いま6年目ですかね」

神様からの思し召しのような、奇跡的な出会い。「“あなたに見つけられることを分かってそこに残っていたと思う”と(記念館の)館長さんにも言われたそうです」「本店(りんねしゃ)はいわゆるガチガチのオーガニックの店で、とっつきにくいと言いますか、若い人なんかちょっと入りづらい雰囲気で。そっちはそれでもよいのだけれど、RINNEはもっと気軽にハーブやオーガニックの世界に触れてもらえる“窓口”にしたくて。お店自体を素敵だなって思って入ってきてくださる方も多くて、色んな方とお話ができる機会を作る場所っていうことで、ここをやらせてもらっています」

オリジナルはもちろんセレクト商品も、自分たちが本気で良いと思ってちゃんと売りたいもの、自分たちでしっかり説明できるものだけを置いている。

「だからお客様さえよければいくらでもお喋りしちゃいますね(笑)。観光ついでにふらっと寄ってくださった方にも、面白い話が聞けたなって思っていただけたらいいなって」
正面には、表情豊かな美しい山々が広がる。

「最近は私、商品だけじゃなくて山の説明までしちゃってるんです(笑)。だってほら見てください。この山は1000年、植林作業が行われていなくて、いわゆる原生林のまま残っているんですよ。だからいろんな種類の木が生えていて、1000年間そのままなんですよ。これだけいろんな色が見られる山って本当にいま、貴重なんです」

VISONに対する世間のイメージは、“山を切り崩して自然を壊した”というものかもしれない。幸枝さん本人も、最初はそう思っていた。
庭師の友人から譲り受けた黒松。後継者がいなくて閉じてしまった日本庭園から、“再生”の象徴として第二の木生を送るためにRINNEへやってきた。目の前の山に一目惚れした庭師さんが山に入って見つけてきた大きな石や、自生のシダなどに囲まれている。
庭師の友人から譲り受けた黒松。後継者がいなくて閉じてしまった日本庭園から、“再生”の象徴として第二の木生を送るためにRINNEへやってきた。目の前の山に一目惚れした庭師さんが山に入って見つけてきた大きな石や、自生のシダなどに囲まれている。
「なんかよく分からんオシャレなものを作りたいの? 一体何をやりたいの? って。でもVISONの社長・立花さんからよくよく話を聞いてみたら、この山を残すためには人間の観光地が入る必要があったんだって分かった。そうじゃなかったら間違いなく、この山の木たちは切り倒されちゃう未来が待ってる。それでなくても多気町自体の人口減少が激しくて、残るか残らないかの瀬戸際になっていて。でも、VISONができたおかげで、働く人を含めて移住者が何百人と入ってきてくれた。人が入ってしまえば、もうそこからは“守る”しかなくなるんでね。

だからもう、私がこの場所に来たのは山の神様が“このままの姿で守って欲しい”って言ってくれてるのかなって思って」本草エリアとその上にある農園エリアを、幸枝さんは“奥VISON”と呼ぶ。
「ここだけはね、なんとしても守りたい。エシカルやオーガニック、自然との共存を謳ってるんだったら、再生産とか元の山に戻していく試みとか、やるべきことがあるでしょ? これも自分が実際にテナントに入って、責任のある立場になったから強く言えることなんですけど。何もしないで外側から「もっと自然を守れー!」って言うのはそりゃ簡単、でもじゃあ人口減少問題どうするの? 気がついたらどこかに山を買われて、水源を取られちゃったりしたらどうするの? って。そうやって“自分ごと”として捉えたら見方も変わってくる。地元の人たちが責任持って開発をすることで、町と自然を守っていこうとしたこと自体をすごいと思うべきで。そこからどうしていくかは自分次第だよ、っていうのはすごく思ってます」
幸枝さんがVISONでお店をやると決めたとき、反対派の友人とは当然、揉めた。
「あんな自然を壊していくようなところに、オーガニックの申し子の幸枝さんがなんで入るの?! ってそりゃもう喧々諤々で(笑)。でもね、ってこういう理由だからさってずーっと話したんです。そのうち彼女も「だったらVISONに賭けてみるのも手かもな」って逆に若いお母さんたちをまとめてくれて、いっそのこともうここをオーガニックの聖地にしてしまおう!って言ってこれまでに2回、ここでオーガニックマルシェをやってるんですよ。この流れも、山の神様が導いてくれている感じだーって思って」
RINNEの外庭には、たくさんの薬草(ハーブ)や樹木が植えられている。幸枝さんが決めているのは、ここを(芝生など)毎年農薬を撒かなきゃいけないような場所には絶対にせず、痩せた土地や砂利でも育つサステナブルな植物を植えていくこと。

「オープンした時が完成形ではなくて、どんどん変化していくのを楽しむ場所だと思っていて。毎年来て、ここがどう変わったかを見てもらえたら嬉しいですね。ただやっぱりそうしていくにはお金がかかるから、いろいろなアイデアや、一緒にやれる人と協力していきたい。無農薬で育てたハーブを使って“VISONに来ないと飲めないよ”っていうものを提供するとか、ストーリーや意義のあることをしていく。そうすれば、観光の方に来てもらいながら、山も再生しながら、新しいことにも繋がっていきますよね。

結局、みんなの“ここをなんとかしたい”という気持ちだから。VISONだけが一人勝ちするんじゃ意味がない。地域の方たちにも働きかけて、VISONができたからここの里山が守られたね、ってなる形を考えていかないと」
降っても晴れても美しい店内。スタッフの葵さんは多気町在住のフローリストで、ご自宅の庭で育った花々や木を使ってRINNEのほか、VISON HOTELや本草湯の設えも担当している。お店で月に一度開催しているフラワーアレンジメントのワークショップは、東京から通う人もいるほど人気だ。
降っても晴れても美しい店内。スタッフの葵さんは多気町在住のフローリストで、ご自宅の庭で育った花々や木を使ってRINNEのほか、VISON HOTELや本草湯の設えも担当している。お店で月に一度開催しているフラワーアレンジメントのワークショップは、東京から通う人もいるほど人気だ。
いろんなお店を回ってたくさんお金を使って、というだけの場所であれば従来の観光地と変わらない。
「例えば、ここを本当の“村”にする。住居があって、塾や社員寮もあって、子供も育てられて、仕事もできて…… という形にできれば、それこそ安定して働きたいと思える場所になるし、トータルで他にはない施設になる。

VISONて、モデルケースになると思っているんです。諦めないで5年、10年と続けていったら、地方創生の新しい形になる。私、ここ(多気町)だけじゃなく日本という国を守りたいんです。だから、ここが成功すれば、どうやって山村を守っていくかのアイデアがなかった地域に、“いや、ちょっと待って。こういうケースがあるよ!”って、提案できるじゃないですか」熱量の高さとフットワークの軽さ、先を見通して繋がりをつくっていくプラスのエネルギー。幸枝さんのパワフルさと行動力は、かなりすごい。

「いやいや、こんなのすごいことは全然なくて。流れを読んで、風を感じて、必要とされることをしてるだけ。目の前の人が困ってたらそれをどうにかするって動いてたら、導かれるようにそこに着くだけなんです。だから今のミッションは、VISONのためにやれることをやること、そして発信していくこと。自分ごととして捉える人同士で情報共有して、変わっていけたらと思っています」
風が抜けるここの空気はVISONの中でも、格別に気持ちがいい。にぎやかな商業エリアとはまた違う魅力の、山に守られた奥VISON。多気の人々が“守る”と決めたその景色をぜひ、ゆっくりと。

ここにしかない、巡る季節の薬草湯。
「本草湯」で旅の仕上げを。

設計は愛知県出身の一級建築士・赤坂知也氏によるもの。外壁やエレベーターなどに竹が使われているのも印象的だが、これは多気という地名の由来のひとつである“竹が多く生息していたから”という説に着想を得たのだそう。
設計は愛知県出身の一級建築士・赤坂知也氏によるもの。外壁やエレベーターなどに竹が使われているのも印象的だが、これは多気という地名の由来のひとつである“竹が多く生息していたから”という説に着想を得たのだそう。
旅の締めくくりは、RINNEから歩いて移動できる〈HONZO AREA〉の温浴施設「本草湯」へ。山を眺めながらオリジナルの薬草湯に入れるというのを、とても楽しみにしていた。

エリアの名前にもなっている“本草”とはもともと中国の伝統的な学問で、植物や鉱物の力を体に取り込むことで体を整えるという考え方。日本に伝わってからは、多気出身で八代将軍・徳川吉宗にも仕えていた本草学者・野呂元丈(のろげんじょう)が、伊勢の植物などを研究して発展に寄与したと言われている。本草湯を案内してくれたのは、VISONで広報を担当する中島都子さん。
「多気町は昔から“気が集まる場所”と言われていて、地名の由来のひとつでもあります。野呂元丈氏の故郷であり、薬草や水銀など資源に恵まれていた場所。“植物や自然のものを使って健康に”という本草の考え方が『すべては、いのちを喜ばせるために』というVISONのコンセプトと合致することもあり、“本草復刻の地”として世界に発信したいという想いでこのプロジェクトが始まりました」
新たな本草の目的は、昔の人が取り入れていた自然のリズムを現代に生かして体を調律すること。季節ごとに調合した薬草を溶け込んだお湯が、浸かるだけでその手助けをしてくれる(温泉ではなく、薬草湯)。しかもここでいう“季節”とは春夏秋冬ではない。四季を6つに分けて24等分した「二十四節気」をさらに3つに分けた、「七十二候」を基本としているのだ。

「一年を72等分して季節を5日と最小単位で区切ることで、季節の移り変わりがより細かく感じられます。さらにそこに、“この虫の声が聴こえたらこの作業をする”など日常の暮らし方が記された「伊勢暦(いせごよみ)」という暦の要素と、多気の風土や行事、食文化などを合わせて多気用に調整した改訂版を作成。新たに「本草七十二候」と名付けました」
入口すぐの湯あがり処「七十二候の間」は72本の竹であしらわれた贅沢な空間。かつて山野を歩き回って薬草を探していた、本草学者の休息をイメージしたという。
入口すぐの湯あがり処「七十二候の間」は72本の竹であしらわれた贅沢な空間。かつて山野を歩き回って薬草を探していた、本草学者の休息をイメージしたという。
浴場は、高窓から差し込む光で時間の移り変わりを感じる「光陰(こういん)の湯」と、水面に映りこむ景色が見事な「水鏡(みずかがみ)の湯」の2種類。両方に内湯と外湯があり、1日ごとに男女入れ替え制となる。主役となるお湯は、本草七十二候に基づき5日ごとに薬草を入れ替える「七十二候の湯」のほか「コメヌカとショウガの薬草湯」「ヨモギとビワの葉と柑橘の薬草湯」の3種類。配合レシピは三重大学とロート製薬の共同研究で開発されたものだというから興味深い。「ロート製薬さんは、製薬会社でありながら“薬に頼らない健康”というスローガンを捧げていらっしゃいます。究極の健康とは、自分自身で体の不調を察知して自分で体を整えられること。とくに都会で過ごしているとそういった感性が麻痺してしまっている人も多いですから、薬草湯で五感に働きかけことで、体が欲しているものや不調の原因に気づけるようになれば…というのも狙いです。

柚子湯や菖蒲湯に入るのと同じように、柑橘やお茶っ葉といった三重ならではの旬の素材と生薬のお風呂を楽しんでいただけたら嬉しいです。春にはワカメを使ったお風呂なんていうのもあるんですよ」時間の許す限り、薬草湯と景観を堪能した。すぐそこに見える山並みの素晴らしさと芯から温まるやわらかなお湯は心地よさはもちろんのこと、入り口から脱衣所、内外の浴場すべてがとても清潔で、これが本当に快適。湯あがり処では思わずごろんとうたた寝までしてしまった。

ああ、気持ちいいな。次回はもっとのんびり来よう、そして何度もお風呂に入ろう。

旅の仕方に正解なんてなくて、好きに楽しむことが一番だ。それでもやはりここを訪れたなら、“中の人”とたくさん話すことをお勧めしたい。たっぷり豊かな自然とイマドキの快適な空間。働く人の地域愛、訪れる人の好奇心。あらゆる要素がくっつき合ってどんどん成長していくのだろう。

前述の広報・中島さん曰く「地域の文化を守るために古き良きものをいかに現代に取り入れて生かしていくかを大切にしています。先のことを見ているのが、VISONなのです」。

地域を守り盛り上げたいという想いに触れて、こちらの見方もクリアになっていく。この先の展開を、ただただ楽しみに思う。

Text: Kei Yoshida
Photo: Hako Hosokawa





いつもと違う三重県観光には、VISON〈RINNE〉〈本草湯〉がおすすめ。

本草研究所 RINNE(ホンゾウケンキュウジョリンネ)


所在地三重県多気郡多気町ヴィソン672番1 本草研究所2
アクセスJR松阪駅からバスで約40分
電話番号080-8089-1718
Instagram@yakusou.rinne_vison
営業時間10:00〜18:00
休業日年中無休


 

本草湯(ホンゾウユ)


所在地三重県多気郡多気町ヴィソン672番1 本草湯1
アクセスJR松阪駅からバスで約40分
電話番号0589-39-3900
Instagram@honzoyu_vison
営業時間入浴 6:00〜24:00/カフェ 平日(火〜金) 9:00〜22:30、土日祝・月 8:00〜22:30
休業日年中無休
その他日帰り入浴 大人800円(VISON内宿泊の場合は無料)


 
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。