日常から少し離れて見たいもの、触れたいものとたっぷり向き合うそんな旅。記憶に刻まれ心を豊かに満たしてくれる、自分だけの大切な時間。
VISONを訪ねる旅〜後編〜
伊勢神宮への参拝客で賑わうJR伊勢市駅から、高速に乗って30分ほど。三重県のほぼ真ん中に位置する多気郡多気町に、VISON(ヴィソン)はある。と、ここで「なるほどちょっとオシャレに作った巨大ショッピングモールね」と、早飲み込みをすることなかれ。ショッピングや娯楽だけではなく、オリジナリティの高い“ここだけ”のスポットが点在しているのがVISONの大きな魅力なのだ。地元を愛し自然を愛する、多くの人の想いを受けて開かれた新しい村。とっておきの場所と人を、訪ねる旅に。
山の神様が見守るサンクチュアリ。
奥VISONの一軒家「本草研究所RINNE(リンネ)」。
「父がお店を始めた時は食品だけを取り扱っていたんですが、いろいろやっていくうちに生活雑貨も扱うようになり、そのうち“線香も原料から自分たちで作りたい”となって。20年ほど前に、菊花せんこうの原料である除虫菊の栽培のために北海道に移住したんですね。その除虫菊の農場の隅っこに偶然生えていたのが、赤丸薄荷だったんです。最初見たとき、こんな真っ赤な茎の薄荷見たことないねって。それで北見ハッカ記念館の当時の館長さんに相談して調べてもらったら、“これはもう絶滅したと言われていた赤丸薄荷です”って。品種改良を全くされていない在来種の薄荷ですからとにかく大事に育ててくださいって言われてね。で、細かく株分けして少しずつ増やしてきたんです。いいものだからこれは商品化したいね、となって精油やジェルを作るようになって、いま6年目ですかね」
神様からの思し召しのような、奇跡的な出会い。「“あなたに見つけられることを分かってそこに残っていたと思う”と(記念館の)館長さんにも言われたそうです」「本店(りんねしゃ)はいわゆるガチガチのオーガニックの店で、とっつきにくいと言いますか、若い人なんかちょっと入りづらい雰囲気で。そっちはそれでもよいのだけれど、RINNEはもっと気軽にハーブやオーガニックの世界に触れてもらえる“窓口”にしたくて。お店自体を素敵だなって思って入ってきてくださる方も多くて、色んな方とお話ができる機会を作る場所っていうことで、ここをやらせてもらっています」
オリジナルはもちろんセレクト商品も、自分たちが本気で良いと思ってちゃんと売りたいもの、自分たちでしっかり説明できるものだけを置いている。
「だからお客様さえよければいくらでもお喋りしちゃいますね(笑)。観光ついでにふらっと寄ってくださった方にも、面白い話が聞けたなって思っていただけたらいいなって」
「最近は私、商品だけじゃなくて山の説明までしちゃってるんです(笑)。だってほら見てください。この山は1000年、植林作業が行われていなくて、いわゆる原生林のまま残っているんですよ。だからいろんな種類の木が生えていて、1000年間そのままなんですよ。これだけいろんな色が見られる山って本当にいま、貴重なんです」
VISONに対する世間のイメージは、“山を切り崩して自然を壊した”というものかもしれない。幸枝さん本人も、最初はそう思っていた。
だからもう、私がこの場所に来たのは山の神様が“このままの姿で守って欲しい”って言ってくれてるのかなって思って」本草エリアとその上にある農園エリアを、幸枝さんは“奥VISON”と呼ぶ。
「ここだけはね、なんとしても守りたい。エシカルやオーガニック、自然との共存を謳ってるんだったら、再生産とか元の山に戻していく試みとか、やるべきことがあるでしょ? これも自分が実際にテナントに入って、責任のある立場になったから強く言えることなんですけど。何もしないで外側から「もっと自然を守れー!」って言うのはそりゃ簡単、でもじゃあ人口減少問題どうするの? 気がついたらどこかに山を買われて、水源を取られちゃったりしたらどうするの? って。そうやって“自分ごと”として捉えたら見方も変わってくる。地元の人たちが責任持って開発をすることで、町と自然を守っていこうとしたこと自体をすごいと思うべきで。そこからどうしていくかは自分次第だよ、っていうのはすごく思ってます」
「あんな自然を壊していくようなところに、オーガニックの申し子の幸枝さんがなんで入るの?! ってそりゃもう喧々諤々で(笑)。でもね、ってこういう理由だからさってずーっと話したんです。そのうち彼女も「だったらVISONに賭けてみるのも手かもな」って逆に若いお母さんたちをまとめてくれて、いっそのこともうここをオーガニックの聖地にしてしまおう!って言ってこれまでに2回、ここでオーガニックマルシェをやってるんですよ。この流れも、山の神様が導いてくれている感じだーって思って」
「オープンした時が完成形ではなくて、どんどん変化していくのを楽しむ場所だと思っていて。毎年来て、ここがどう変わったかを見てもらえたら嬉しいですね。ただやっぱりそうしていくにはお金がかかるから、いろいろなアイデアや、一緒にやれる人と協力していきたい。無農薬で育てたハーブを使って“VISONに来ないと飲めないよ”っていうものを提供するとか、ストーリーや意義のあることをしていく。そうすれば、観光の方に来てもらいながら、山も再生しながら、新しいことにも繋がっていきますよね。
結局、みんなの“ここをなんとかしたい”という気持ちだから。VISONだけが一人勝ちするんじゃ意味がない。地域の方たちにも働きかけて、VISONができたからここの里山が守られたね、ってなる形を考えていかないと」
「例えば、ここを本当の“村”にする。住居があって、塾や社員寮もあって、子供も育てられて、仕事もできて…… という形にできれば、それこそ安定して働きたいと思える場所になるし、トータルで他にはない施設になる。
VISONて、モデルケースになると思っているんです。諦めないで5年、10年と続けていったら、地方創生の新しい形になる。私、ここ(多気町)だけじゃなく日本という国を守りたいんです。だから、ここが成功すれば、どうやって山村を守っていくかのアイデアがなかった地域に、“いや、ちょっと待って。こういうケースがあるよ!”って、提案できるじゃないですか」熱量の高さとフットワークの軽さ、先を見通して繋がりをつくっていくプラスのエネルギー。幸枝さんのパワフルさと行動力は、かなりすごい。
「いやいや、こんなのすごいことは全然なくて。流れを読んで、風を感じて、必要とされることをしてるだけ。目の前の人が困ってたらそれをどうにかするって動いてたら、導かれるようにそこに着くだけなんです。だから今のミッションは、VISONのためにやれることをやること、そして発信していくこと。自分ごととして捉える人同士で情報共有して、変わっていけたらと思っています」
ここにしかない、巡る季節の薬草湯。
「本草湯」で旅の仕上げを。
エリアの名前にもなっている“本草”とはもともと中国の伝統的な学問で、植物や鉱物の力を体に取り込むことで体を整えるという考え方。日本に伝わってからは、多気出身で八代将軍・徳川吉宗にも仕えていた本草学者・野呂元丈(のろげんじょう)が、伊勢の植物などを研究して発展に寄与したと言われている。本草湯を案内してくれたのは、VISONで広報を担当する中島都子さん。
「多気町は昔から“気が集まる場所”と言われていて、地名の由来のひとつでもあります。野呂元丈氏の故郷であり、薬草や水銀など資源に恵まれていた場所。“植物や自然のものを使って健康に”という本草の考え方が『すべては、いのちを喜ばせるために』というVISONのコンセプトと合致することもあり、“本草復刻の地”として世界に発信したいという想いでこのプロジェクトが始まりました」
「一年を72等分して季節を5日と最小単位で区切ることで、季節の移り変わりがより細かく感じられます。さらにそこに、“この虫の声が聴こえたらこの作業をする”など日常の暮らし方が記された「伊勢暦(いせごよみ)」という暦の要素と、多気の風土や行事、食文化などを合わせて多気用に調整した改訂版を作成。新たに「本草七十二候」と名付けました」
柚子湯や菖蒲湯に入るのと同じように、柑橘やお茶っ葉といった三重ならではの旬の素材と生薬のお風呂を楽しんでいただけたら嬉しいです。春にはワカメを使ったお風呂なんていうのもあるんですよ」時間の許す限り、薬草湯と景観を堪能した。すぐそこに見える山並みの素晴らしさと芯から温まるやわらかなお湯は心地よさはもちろんのこと、入り口から脱衣所、内外の浴場すべてがとても清潔で、これが本当に快適。湯あがり処では思わずごろんとうたた寝までしてしまった。
ああ、気持ちいいな。次回はもっとのんびり来よう、そして何度もお風呂に入ろう。
前述の広報・中島さん曰く「地域の文化を守るために古き良きものをいかに現代に取り入れて生かしていくかを大切にしています。先のことを見ているのが、VISONなのです」。
地域を守り盛り上げたいという想いに触れて、こちらの見方もクリアになっていく。この先の展開を、ただただ楽しみに思う。
Text: Kei Yoshida
Photo: Hako Hosokawa
いつもと違う三重県観光には、VISON〈RINNE〉〈本草湯〉がおすすめ。
本草研究所 RINNE(ホンゾウケンキュウジョリンネ)
所在地 | 三重県多気郡多気町ヴィソン672番1 本草研究所2 |
アクセス | JR松阪駅からバスで約40分 |
電話番号 | 080-8089-1718 |
@yakusou.rinne_vison | |
営業時間 | 10:00〜18:00 |
休業日 | 年中無休 |
本草湯(ホンゾウユ)
所在地 | 三重県多気郡多気町ヴィソン672番1 本草湯1 |
アクセス | JR松阪駅からバスで約40分 |
電話番号 | 0589-39-3900 |
@honzoyu_vison | |
営業時間 | 入浴 6:00〜24:00/カフェ 平日(火〜金) 9:00〜22:30、土日祝・月 8:00〜22:30 |
休業日 | 年中無休 |
その他 | 日帰り入浴 大人800円(VISON内宿泊の場合は無料) |
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。