まちの本屋を残したい。本とコーヒーとギャラリーのお店
徳川家の家紋として知られる「三つ葉葵(葵のご紋)」。そこから名づけられたという静岡市葵区は、徳川家康が晩年を過ごした駿府城のお膝元。現在は公園として整備されている駿府城跡のほど近く、静岡環状線沿いに〈ひばりブックス〉はある。入り口の壁に描かれたひばり(鳥)のイラストと「HiBARI BOOKS & COFFEE」の文字が目印だ。カフェとギャラリーと新刊本。どうしてこの組み合わせになったのだろう。代表の太田原由明さんに話を聞いた。
「静岡市はわりと文化的なまちで、昔は本屋もたくさんあったんです。でも徐々に市の中心部から本屋が消えていき、ついには僕が勤めていた大型書店も撤退することに。それでまちなかにある路面店、いわゆる『まちの本屋』を残したいと思って、自分でやることにしたんです」。以前は音楽スタジオだったというビルの1階。まちの本屋が入る箱としては広めで奥行きもあるが、太田原さんにとっては都合がよかった。「大型書店って、案外フリースペースがないんですよね。絵本の原画展や写真集の写真展など、やりたくてもできなかった(笑)。自分でやるなら本で埋め尽くすのではなく、コーヒーと本を楽しんだり、作家の作品や本人と身近に触れ合える場所にしたいと思ったんです」。カフェスペースでは、太田原さんのお兄さんが焙煎した豆を使ったコーヒーや、2軒隣にある〈スヰング洋菓子店〉のデザートを味わうことができる。
記憶に残るような体験を提供していきたい
チェーン展開をする大型書店で、20年間以上働いてきた太田原さん。その経験はお店づくりに生かされている。「大型書店は利便性も考えてジャンル分けがしっかりしています。その一方で、通い慣れると『あのフロアのあのコーナー』みたいに、決まった場所にしか行かなくなってしまいがち。おもしろい本はジャンルを問わないはずなのに、出会う機会がなくなってしまうんです。だからウチは『小さな空間に大きなジャンルを』というコンセプトで、知らなかったジャンルの本を手に取れるような棚づくりをしています」。
詩集や雑貨本、外国文学、人文書、サイエンスなど、さまざまなジャンルの本を扱う〈ひばりブックス〉。旅に出る前に読みたい本として太田原さんが選んでくれたのは、森田真生さんの「偶然の散歩」というエッセイ。「数学者の作者が、子どもと公園まで散歩する中で発見した日常の驚きを、詩のような美しい文章でつづっている本です。旅って、出発前に立てたスケジュールをただ消化するだけだと、おもしろくないですよね。意外な発見や思わぬ出来事など、何かしらの偶然と出会うからおもしろい。そのほうが記憶や思い出として残りますよね。でも偶然って何でしょう。1回限りの偶然。でも2度と遭遇できないことに出会えたのは必然だったのかもしれない。偶然と必然、永遠と無限、突き詰めていくと神秘的というか、数学者ならではの視点がおもしろいです。読んでいて心地いい時間が過ぎていく本だと思います」。
「前に買った本、おもしろかったよ」。そんなお客さんの感想を聞くと、太田原さんは本屋をやっていてよかったと感じるという。「僕一人でやっているので、お客さんと距離は近いと思います。本はおすすめしないですが、できるだけ自分から声をかけるようにしています。言葉を交わす楽しさはありますね」。お店の今後についても聞いてみた。「せっかく本屋なので言葉を使ったことをやりたいなと考えています。ギャラリーの展示を見てもらうだけの受け身の体験ではなく、作家さんを呼んでトークイベントとか、お客さん参加型のイベントとか、記憶に残るような体験を提供していきたいです」。
2020年9月にオープンした〈ひばりブックス〉。静岡のまちでこれから、どのように羽ばたいていくのか。機会があればあなたも訪ねてほしい。
Text:Atsushi Tanaka
Photo:Shinya Tsukiokaいつもと違う静岡県観光には、静岡市の〈ひばりブックス〉がおすすめ。
ひばりブックス
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。