京都の思い出をより鮮明に残す。スマホに頼らない旅のすゝめ。

デジタルデトックスの旅【京都編】

東京から新幹線で2時間少し、JR京都駅に降り立った。今回のひとり旅のテーマは、デジタルデトックス。便利なスマホを使わず、事前に調べた情報をもとに目的地をめぐる。いつもはスマホのスクリーンショットに頼ってここまでしっかり調べ上げないから、行く先を想像しながらワクワクする時間はとても新鮮だった。
 
この日の京都は数年ぶりの大雪で、一段と美しい光景に。凛とした空気感に、思わず背筋が伸びた。さて、駅のコインロッカーにスマホを預けたら、いよいよ旅のはじまり。今回はどんな旅になるんだろう?

〈かみ添〉で出会う京都の古き良き伝統。


よし、まずはひとつ目の目的地に向かうため、鞍馬口駅を目指そう。いつも頼りにしているスマホが手元になく、心細い気持ちはあるのに、これから始まる旅に期待値が高まっている自分がいる。路線図を見ながら乗る路線を確認。切符を買うのは久しぶりで、ちょっとドキドキする。
鞍馬口駅に着いたら、事前に旅程を書き溜めたノートを見つつ、目的地に歩いて向かうことにした。鞍馬口通りを西に向かってしばらく歩くと、西陣エリアに到着。昔ながらの風情ある建物が多く、しんしんと降る雪も相まって、なんともノスタルジックな雰囲気に。
京都・西陣にある〈かみ添〉。
京都・西陣にある〈かみ添〉。
目的地の〈かみ添(かみそえ)〉が見えてきた。〈かみ添〉は京都の伝統工芸品である唐紙の専門店。唐紙は中国より伝来した紙がルーツとなっており、日本では和紙に伝統的な文様をほどこした細工紙を唐紙と呼んでいる。特に京都では公家文化として発展してきた。今でも文化財の襖や屏風のほか、現代建築などに利用されている。お店に入ると、唐紙の封筒やメッセージカードなどの商品がずらりと並んでいる。やわらかい色合いと、その模様の美しさに思わず心奪われた。とりわけキラキラと輝いて見えるのは、雲母(きら)と呼ばれる顔料によるもの。手に取ると、光が差す角度によって幻想的に見え方が変化し、より繊細な美しさが表現されている。
かみ添のご主人・嘉戸 浩さん。
かみ添のご主人・嘉戸 浩さん。
奥の工房から、ご主人の嘉戸 浩さんが出てきてお話を聞かせてくださった。

「基本的に、唐紙は和紙に胡粉を塗り、版木を使って雲母で文様を型押ししてつくられます。作業はすべて手作業です。普段は和紙職人や版木を作る職人、襖や障子を貼る職人とチームになって仕事をしていて、私は主にデザインの考案、染めと手刷りの作業を担当しています」

寺院の壁紙や屏風をつくったり、修復したりなど、建築関係の仕事が多いと話してくれた嘉戸さん。現在は企業からの依頼も増えていて、伝統技術や昔ながらの仕事のやり方を生かしながら、唐紙づくりをおこなっている。
黄土・藍・ベンガラの3色の顔料を混ぜて独特の色合いを表現。そのほか胡粉や金箔、銅粉などを使う。
黄土・藍・ベンガラの3色の顔料を混ぜて独特の色合いを表現。そのほか胡粉や金箔、銅粉などを使う。
嘉戸さんは以前ニューヨークでグラフィックデザイナーとして活躍していたそう。当時から印刷技術に興味があり、京都の唐紙工房を訪ねたことをきっかけに、唐紙の職人を目指すこととなる。

「木版刷りは印刷の基礎ですから、非常に興味を持ちました。作業自体はすごく単純なのですが、長年つくり続けても飽きない不思議な魅力があります。和紙や顔料、接着剤の役割の布海苔(ふのり)など、自然のものだけを使っているところも健康的で好きな部分です」と嘉戸さん。2009年にショップ兼工房をオープン。当初より続けているのが封筒やメッセージカードなどの販売だ。

「小さい商品は手に取りやすいので、唐紙の魅力を伝えるきっかけになるのかなと思っています。京都には昔からおもたせ文化があり、添えるメッセージカードや便箋を探している方も多いんです。手紙を受け取った方が興味を持ってくださって、お店に来ていただくこともあります」
京都では唐紙の職人が減っていると最後に話してくれた嘉戸さん。伝統文化を守るには、知ることが大きな一歩なのだと感じる。私も久しぶりに手紙を書いて、誰かに唐紙の魅力を伝えたい。

〈LIFETIME〉で異国のガーデンツールにひと目ぼれ。

〈かみ添〉を後にして、近くのバス停を目指すことに。バス停を探してキョロキョロと辺りを見渡していたところ、北大路通の途中に素敵な雑貨屋さんがあるのを見つけた。

入口には〈LIFETIME(ライフタイム)〉と書かれたボードがある。そっと覗き込むと、おしゃれなガーデニング用品が見えた。気になって入ってみることに。〈LIFETIME〉はガーデンツールや日用品などの輸入雑貨を扱うセレクトショップ。と思いきやアパレル用品、インテリア雑貨など、お店のなかはさまざまなジャンルの商品であふれ返っていた。奥へ進んでいくと、次々と発見があって、見て回るだけでも楽しい気分に。

オーナーの説田 稔さんに聞くと、「何のお店ってよく聞かれるのですが、じつは決まったコンセプトはないんです。時代の流れや、お客さんの声を見聞きしながら、常に変化を続けているお店です」と答えてくれた。
〈LIFETIME〉オーナーの説田 稔さん。
〈LIFETIME〉オーナーの説田 稔さん。
〈LIFETIME〉は2013年にオープン。今年の7月には創業20周年を迎える。若い頃は音楽制作をしていたという説田さん。30歳になり音楽を辞め、父の家庭菜園を手伝ったことがお店のルーツだという。

「それ以来、すっかりガーデニングにハマって、道具を集めたいと思うようになったんです。音楽をやっていたこともあって、道具に対するこだわりが強い傾向があったのかもしれません。でも当時の日本には自分が使いたいと思うガーデンツールがなくて…。そのときに海外で過ごしていた時期に訪れた、都市部のホームセンターを思い出しました。日本と違ってホームセンターにおもしろい道具がたくさん揃えてあるんです。なかでもガーデニングの本場であるイギリスのクラシカルな道具が好きで、少量から輸入するようになりました」
輸入したガーデンツールをオンラインで販売してみたところ多くの人の目に止まるようになったそう。当時、海外のガーデンツールを専門的に扱っているお店が日本にはなかったことや、インターネットの普及も後押しに。創業10年を迎えるころ、西陣で機織りをしていた祖父母の実家から徒歩5分の紫野エリアで偶然物件を見つけて、店舗を構えることになった。
 
現在はイギリスだけでなく、ポーランドやドイツなどヨーロッパを中心に、ガーデニング用のはさみやラバーブーツ、じょうろなどを取り寄せている。説田さんのセンスが光る品々にファンも多い。若い女性から、年配の方まで、老若男女問わずさまざまな方が訪れる。
2015年には仕事仲間と一緒に、オリジナルの洋服ブランド「Allinone(オールインワン)」を立ち上げた。コンセプトは「生活と仕事の線分上にある、不断着」。仕事と遊びは同じ線上にあるという考えのもと、生き方をテーマにして服を制作している。

「この『スモック・クラウド』というシャツは、子供が着ているスモックの大人版が欲しいと思ったことをきっかけにつくったんです」と話す説田さん。その発想もユニークだ。海外の生活を経て、人生の価値観が変わったとも話してくれた。改めて日本の好きなところを再発見したという。古くから繊維の街として名高い岡山のデニム生地や帆布のエプロンも豊富だ。楽しそうに商品の良さを語る説田さんに接客してもらったら、買い物の時間がより一層充実した気がする。

独創性あふれる〈To.〉の創作イタリアンに感動。


さぁ、もう夕方だ。今日の最後の目的地である居酒屋〈To.(トゥ)〉へ急がなければ。京都に来たら絶対に食べに行きたいと、一週間も前から予約していたのだ。

まずは北大路駅まで戻ろう。〈LIFETIME〉を出て、近くのバス停まで移動する。
バスの時刻表で、次のバスの時間を調べる。よかった、次のバスはすぐ来そう。バスに乗るのも、時刻表を見るのも久しぶりなので、ドキドキとともに不安な気持ちが押し寄せてくる。ちゃんと駅まで辿り着けるだろうか?
バスに揺られて約5分ほどで北大路駅へ。無事に着いて思わずホッとする。「スマホがなくても意外と大丈夫じゃん」とちょっと得意気に。そのまま京都市営地下鉄烏丸線に乗って、烏丸御池駅を目指す。
〈To.〉の店長、吉田 伸介さん。
〈To.〉の店長、吉田 伸介さん。
烏丸御池駅から徒歩3分の位置に〈To.〉はある。お店に入ると、店長の吉田 伸介さんが温かく迎え入れてくれた。

2020年にオープンした〈To.〉は、イタリアのエッセンスを加えた創作料理を提供する居酒屋。人気イタリアン〈fudo(フウド)〉の姉妹店で、オープン当初から注目を浴びていたお店だ。コンセプトは「人と人がつながる場所」。まるで友人宅に招かれたかのようなアットホームな雰囲気で、女性ひとりでも入りやすい居心地の良い空間が魅力的。カウンター席に座って目の前にあるメニューを見ると、気になる料理がたくさん! 選び切れずに迷っていると、吉田さんがおすすめの料理を紹介してくれた。
お通しの「八to橋」550円
お通しの「八to橋」550円
まずは〈to.〉を代表する料理、お通しの「八to橋」から。チョコレートとレバーを合わせたムースを、焼き八ツ橋で挟んだフィンガーフードだ。ムースに合うよう、もっとも薄い焼き八ツ橋を選んでいるそう。カリッとした軽やかな食感と、チョコレバーペーストのまったりとした舌触りがたまらない。
フルフラットのカウンターなので、調理する様子を間近に見られるのも良いところ。美しい料理ができあがっていく様子を見ているだけでも楽しい。〈To.〉の料理のほとんどは吉田さんが考案しているそうで、自由な発想でつくられる創作イタリアンはあっと驚く味わいのものばかりだ。

「もともと創作料理が好きだったのですが、京都のカフェで8年半料理長を務めた際、ジャンルを問わない料理をいくつもつくった経験が今につながっているような気がします。あと、〈To.〉は台所をイメージして作られているので、じつは2口タイプのコンロや電子レンジといった限られた設備しかないんです。制約があるなかでいろいろ試行錯誤したことも、創作の幅を広げてくれたのだと思います」と吉田さん。料理だけでなくお酒にもこだわりがあり、特にナチュラルワインや日本酒は珍しい銘柄を揃えている。料理に合う一杯をおすすめしてもらい、ペアリングを楽しむ。おいしくてどんどんお酒が進んでしまいそうだ。
オープン当初からの人気メニュー「AOPボッタルガ素麺」1,300円。にんにくの風味とからすみがアクセントになって、お酒にも合う。
オープン当初からの人気メニュー「AOPボッタルガ素麺」1,300円。にんにくの風味とからすみがアクセントになって、お酒にも合う。
最初はひとりで来たのでそんなに多くは食べられないかもと思ったが、気づけば〆の料理まできれいに完食していた。いろいろな料理をたくさん食べたいという希望に合わせて、量を調節してくれた〈To.〉のきめ細やかな気遣いにも感動した。

「数種類をちょこちょこ食べたい、数人でシェアしたいなどさまざまな要望があるので、量の調節ができる料理のときは必ずひと声かけているんです」と吉田さん。〈To.〉が女性に人気のお店という理由がわかった気がした。

帰りの新幹線で、今回の旅を振り返る。めったに見ることができない京都の雪景色は幻想的で、息を飲むほどの美しさだった。澄んだ空気のなか、自然と心が洗われるような気持ちになった。
 
思いつきで始めたデジタルデトックスの旅だったが、不思議といつもの旅より思い出が色濃く残っている気がする。いつもであればスマホのマップばかり見て歩いていたし、ことあるごとに写真ばかり撮っていたであろう。でも顔を上げて歩いたことで京都の街をより感じられたし、道中で〈LIFETIME〉に出会うことができた。写真に撮らなくても〈かみ添〉の唐紙の美しさや、〈To.〉の素晴らしい料理の数々は、心に鮮やかに残っている。スマホに気を取られ、いつもよく見えなかったものを、今回は心から感じることができたに違いない。


Text:Ayumi Otaki
Photo:Misa Nakagaki



いつもと違う京都府観光には、〈かみ添〉〈LIFETIME〉〈To.〉がおすすめ。
 

かみ添


所在地京都市北区紫野東藤ノ森町11-1
アクセス京都市営地下鉄烏丸線「鞍馬口駅」より徒歩16分
電話番号075-432-8555
URLhttps://kamisoe.com/
営業時間12:00〜18:00
休業日月曜、その他不定休


 

LIFETIME


所在地京都府京都市北区紫野上築山町21
アクセス京都市営地下鉄烏丸線「北大路駅」より徒歩16分、京都市バス「建勲神社前」より徒歩1分
電話番号075-415-7250
URLhttps://lifetime-g.com/
営業時間13:00〜17:00
休業日水曜、日曜


 

To.


所在地京都府京都市中京区高田町500 ポポラーレ御池1F
アクセス京都市営地下鉄烏丸線・東西線「烏丸御池駅」より徒歩3分
電話番号075-708-3720
URLhttps://www.fudokyoto.com/to/
営業時間17:00~23:00
休業日木曜


 
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