五穀豊穣を願う八十八夜が過ぎ、暦上では「立夏」を迎えます。本格的な夏を前に、爽やかな風が吹き始める頃です。 全国で見られる棚田での田植や端午の節句での行事食、かぐわしい香りが楽しめる果物など、旅先で見つける夏の始まり。過ごしやすい気候は外に駆け出したくなる気持ちにさせてくれます。


※観光施設などの営業状況、およびイベントなどの開催状況については、お客様自身で事前にお問い合わせをお願いします。

坂折の棚田(5月頃) イメージ
坂折の棚田(5月頃) イメージ

岐阜・愛知 × 棚田
懐かしの音や匂い。


陽気もよくなり草木がしだいに生い茂るこの季節、訪れる人の多くが「懐かしい」と感じてしまう棚田の風景をひと目見に行きませんか。

棚田とは、山や谷の傾斜地に階段状に作られた田んぼのことで、斜面に水田が連なるさまは、周囲の自然と相まって美しい景色を創り出します。豊かな緑に囲まれた岐阜県恵那市にある「坂折棚田」は、石積みの技術の高さと美しさに特徴があります。この棚田が築かれたのは、江戸時代の初めで約400年もの歴史があり、名古屋城の石垣を造った石工集団「黒鍬(くろくわ)」と呼ばれる職人たちにより、見事に美しい石積みが築かれました。棚田の景観はもちろん石積みの造形美にも注目したいですね。

また愛知県新城市にも魅力ある棚田が見られます。標高883mの鞍掛山山麓に美しく広がる「四谷の千枚田」。山の中腹から出る湧き水は、大雨が降っても濁ることがなく、透明感ある清水がこの棚田を潤してくれています。水と緑に溢れた四谷の千枚田は動植物の住処にもなり、ここにいると、おとぎ話の世界に迷い込んだような気持ちになります。

少し変わり種としては、わさびの生産地として名高い静岡県伊豆市の「筏場のわさび田」も、一度は生で見ておきたい棚田スポットです。水音と鳥のさえずりだけが響く、静寂の世界に広がる美しい棚田は、伊豆の自然にとけ込み艶やかな緑のわさびを育みます。各地の棚田で田植えの光景が見られると、いよいよ夏の入り口です。上や下あるいは少し離れた所から棚田を眺めてみると、それぞれ違った趣が楽しめるのではないでしょうか。


朴葉巻き イメージ
朴葉巻き イメージ

全国 × お菓子
緑の葉が包む季節の味覚。


薫風に新緑がきらめく5月には、あちこちで鯉のぼりが飾られるようになります。そんな見慣れた光景でも、本来の意味を知っている方は少ないのではないでしょうか。

端午の節句は五節句の一つであり、奈良時代に中国から伝わりました。端午の「端」は「はじめ」という意味で、「午」は数字の五に音が通じることから、五月五日が端午の節句として定着するようになりました。男の子をお祝いするようになったのは江戸時代からで、菖蒲と尚武(武事・軍事を尊ぶこと)の音が一緒であることから、男の子を祝う祭事に変化していきました。鯉は池でも沼でも生きられる強い生命力を持つ魚です。鯉のぼりは環境に左右されず立派に成長するように願って飾られるようになったと言われています。

端午の節句にいただくお菓子として有名なのは柏餅ですが、長野県で初夏の味として親しまれているのは「朴葉巻き(ほおばまき)」です。米粉の皮であんこを包み、朴葉でくるんで蒸したお菓子で、お餅よりも粘り気があり、噛むたびに朴葉の香りが口いっぱいにひろがります。朴葉には殺菌作用があるため、朴葉寿司や朴葉味噌などにも使用されます。

また関西では、京都の「ちまき」や奈良の「柿の葉寿司」もぜひいただきたい一品です。「ちまき」というと関東では竹の皮でおこわを包んだ中華ちまきをイメージしますが、京都では羊羹や葛を笹の葉で包んだものや「むこつまき」と呼ばれる葦(あし)とイグサを使ったものが主流です。

「柿の葉寿司」は奈良県の伝統料理でひとくち大に握った酢飯に塩漬けした鯖の切り身を乗せ、柿の葉で包んだ押し寿司です。塩漬けした鯖は旨味が増し、香り豊かな柿の葉で包むことで臭みも取れて絶品です。

地方によってそれぞれ違う食文化は実に面白いですね。季節の事柄をあわせて旅をして、その地方の独自の文化を体験してみるのも旅の楽しみのひとつです。


蜜柑の花(5月頃) イメージ 写真提供:小田原市観光協会
蜜柑の花(5月頃) イメージ 写真提供:小田原市観光協会

小田原 × 花
癒し芳し蜜柑畑。


蜜柑やレモンなど、柑橘類の花がまるで香水のように良い香りなのをご存知ですか? 開花の時期は5月。白く小さな花の咲く柑橘畑にはうっとりするような香りが漂い、まるで青空の下のアロマテラピー。リラックスしながらのお散歩にぴったりなのです。

柑橘類というと瀬戸内が有名ですが、じつは神奈川県小田原市でも温州みかんをはじめ甘夏、オレンジ、レモンなど多種多様な柑橘類が育てられています。その秘密は温暖な気候と、火山灰から成る水はけのよい土壌。柑橘植物が好む環境を活かし、江戸時代から蜜柑づくりの歴史が続いているのです。蜜柑の花咲く立夏、有名な小田原城散策とはひと味ちがう蜜柑畑散策にでかけましょう。小田原駅に着いたら、まずは改札のそばにある「小田原駅観光案内所」へ。散策の助けになる周辺MAPを手に入れたり、スタッフとルートの相談をすると安心です。

おすすめは小田原駅から2駅隣りの根府川駅から歩きはじめるお散歩コース。海に面した可愛らしい駅から、蜜柑畑のそばをのんびり行きましょう。見晴らしの良い高台にあるのは、江之浦測候所(※)。現代芸術作家・杉本博司が構想から20年をかけ作り上げた、ギャラリー、舞台、茶室、庭園などで構成される驚きの空間です。隣接する農地には、多種多様な柑橘類が無農薬で育てられており、開花期には園内全体が良い香りに包まれるとか。この時期にしか出会えない香りとアートの共演をたのしむためには、ぜひとも事前にご予約をお忘れなく。

温暖な小田原では一年を通じて何かしら柑橘類が収穫されていますが、まとまった開花の時期はほんの数週間。香り高い蜜柑の花に囲まれて、振り返れば相模湾の青い水平線。思わず深呼吸したくなるこの時期だけのひとときになるはずです。

※江之浦測候所の見学は、公式サイトからの事前予約が必須となります(入館料もインターネットにて事前に決済)。また、公共交通機関をご利用の場合は最寄りの根府川駅より運行している無料送迎バスをご利用いただけます(要予約)。


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