築200年以上の旧廻船問屋が古本屋さんに

伊勢神宮をはじめ、歴史を感じる名所が多い三重県伊勢市。なかでも河崎エリアは伊勢市の真ん中を流れる勢田川の恩恵を受けて栄えた地域だ。江戸時代には伊勢神宮の参拝客をもてなすためにさまざまな物資が河崎に集まり、「伊勢の台所」とも呼ばれた。現在でも昔の町屋や蔵が残り、繫栄した時代を感じさせてくれる。
今回訪問した〈古本屋ぽらん〉は、そんな町屋を活かしたお店。文化3年(1806年)に建てられた廻船問屋の一部を改装し、2004年にオープンした。〈古本屋ぽらん〉はもともと現店主の父・奥村薫さんが始めたお店で、現在の場所に移転する際に奥村悠介さんが2代目としてお店を引き継いだという。

「建物を取り壊す話が出ていて、声をかけてもらったのがきっかけです。歴史ある建物を残したいという想いがあり、移転を決意しました」奥村さん曰く、この辺りは「時代の流れを楽しめる街」なのだそう。古い建物の多くは取り壊され、現在は町屋や蔵が点在している状態だというが、残った建物を活かした新しいお店も多くある。この街並みを保存し、残していきたいという街の人々の想いが感じられるようだ。

 

ふと迷い込んだときに魅力を感じてもらえる空間を目指して


伊勢市には古本屋が少ないため、バラエティに富んだ本を置くように心掛けているという奥村さん。店内にはジャンルのさまざまな本がぎっしりと並べられている。伊勢神宮が近いことから、神道関連の本も豊富だ。
数ある本の中から、奥村さんが旅におすすめの本として紹介してくれたのは、漫画家・鈴木翁二さんの「透明通信」。幻想的な短編漫画が10本収録されており、なかでも奥村さんが気に入っているのが「マッチ一本の話」だ。
「少年の記憶を辿る話で、実際にはありえないメルヘンチックな世界観ではあるのですが、“知らない街”を想像し、思いを巡らせることは旅に通じるものがあるように感じます。夜の絵の美しさもさることながら、音の描写も特徴的で、セリフがなくても効果音でその情景が想像できるような不思議な本です。

昔、音楽をやっていたので、個人的に漫画や本における音の描写にはよく着目していて、頭の中で音がなるような本に惹かれますね。音って旅情を誘う要素のひとつだと感じています。この近所にも音から旅情を感じられるような場所があって、身近な旅でもおもしろくなるのではないかなと思います」
〈古本屋ぽらん〉看板猫のこまちちゃん
〈古本屋ぽらん〉看板猫のこまちちゃん
〈古本屋ぽらん〉の店名は宮沢賢治の短編のタイトル「ポランの広場」から名付けられたそう。ふらりと迷い込んだときに「こんなお店があったんだ」と不思議に感じてもらえる、まるで鈴木翁二さんの世界観のようなお店を目指している。

「じつは自分も昔この辺りに迷い込んだことがあるんです。この建物を見てドキドキ感とわくわく感が刺激されたのを覚えています。これからも変わらずお店を続けて、さまざまな人を迎えられるよう頑張りたいです」と奥村さん。奥村さんは毎年1回、皇學館大学文学部国文学科准教授の岡野裕行さんとともに、勢田川の遊歩道で「伊勢河崎一箱古本市」のイベントも行っているそう。同イベントは2015年から始まり、昨年は20店舗が出店した。新しい店舗も増え、年々盛り上がりをみせている。

「勢田川は伊勢河崎に住む人々にとってよりどころのような存在。勢田川沿いを散歩して、近所の人たちのコミュニケーションが生まれることもあります。この川が街の人たちをつないでくれている気がしますね」と最後に奥村さんは話してくれた。昔も今も街の中心的な役割を担っている勢田川。伊勢河崎は勢田川とともに伝統を守り継ぎながら、新たな魅力をこれからも発信していくのであろう。


Text:Ayumi Otaki
Photo:Shinya Tsukioka



いつもと違う三重県観光には、伊勢市の〈古本屋ぽらん〉がおすすめ。

古本屋ぽらん


所在地三重県伊勢市河崎2-13-8
アクセスJR伊勢市駅または近鉄宇治山田駅から徒歩約10分
X(旧Twitter)@huruhonyaporan
営業時間10:00〜19:00
休業日火曜

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