日常から少し離れて見たいもの、触れたいものとたっぷり向き合うそんな旅。記憶に刻まれ心を豊かに満たしてくれる、自分だけの大切な時間。

VISONを訪ねる旅〜前編〜

伊勢神宮への参拝客で賑わうJR伊勢市駅から、高速に乗って30分ほど。三重県のほぼ真ん中に位置する多気郡多気町に、VISON(ヴィソン)はある。
2021年に「癒・食・知」をテーマにオープンしたVISONは、小売店、飲食店、温浴施設、ホテルにオーガニック農園など70店舗を有する日本最大級の商業リゾート施設。その広さは実に東京ドーム24個分と、その名(VISON=美村=美しい村)の通りちょっとした村クラスのサイズ感である。

と、ここで「なるほどちょっとオシャレに作った巨大ショッピングモールね」と、早飲み込みをすることなかれ。ショッピングや娯楽だけではなく、オリジナリティの高い“ここだけ”のスポットが点在しているのがVISONの大きな魅力なのだ。地元を愛し自然を愛する、多くの人の想いを受けて開かれた新しい村。とっておきの場所と人を、訪ねる旅に。

人は、“つくって食べる”生きもの。
古(いにしえ)のキッチンウエアと空想で遊ぶ「KATACHI museum」。


周りとは雰囲気が明らかに異なる、箱のような建物。ここ「KATACHI museum(カタチ ミュージアム)」は、陶芸家・造形作家の内田鋼一さんがプロデュースし館長も務める、“食にまつわる古い道具”の博物館だ。VISONのテーマのひとつである「食」を、飲食やショッピングとは違った視点でとらえた文化施設として設立されたという。
土壁の建造物としては現在、国内最大級。継ぎ目のない美しい仕上がりは、伊勢神宮をはじめとする神社仏閣の左官職人集団〈工房カズ〉によるものなのだそう。“雨が壁に染み込んで少しずつ朽ちていく様子もひとつのアート”という考えから、雨どいもつけていない。自然の力と時の流れとともに経年変化を遂げ、徐々に土地になじみながら、風景の一部になっていくことを想定している。
土壁の建造物としては現在、国内最大級。継ぎ目のない美しい仕上がりは、伊勢神宮をはじめとする神社仏閣の左官職人集団〈工房カズ〉によるものなのだそう。“雨が壁に染み込んで少しずつ朽ちていく様子もひとつのアート”という考えから、雨どいもつけていない。自然の力と時の流れとともに経年変化を遂げ、徐々に土地になじみながら、風景の一部になっていくことを想定している。
展示スペースに入った途端に訪れる突然の静けさに、まず驚く。外の声がまったくといっていいほど聴こえない。天井も床も白で統一されただだっ広い室内は、一瞬「眩しい」と感じるほど明るい。外観からは想像もできないクリーンで静謐な空間。写真からイメージしていたのとはまったく違う、不思議な迫力に圧倒される。
世界各地から集められたおよそ200点ほどの古道具たちは、什器代わりのアンティーク家具の上や床に、剥き出しでそっと置かれている。順路もないし詳しいキャプションもない。訪問者は好きな順にいろいろな角度から展示物を見ることができ、インスタレーション的に楽しめる。
展示物はすべて、若い頃から世界中を旅してきた内田さんが、長い年月をかけてコツコツと集めてきたプライベートコレクション。アフリカ、南米、ヨーロッパ、中国、日本など国籍はもちろん時代もバラバラで、中には紀元前のものもあるという。「同じ用途であっても、国や時代によって違うカタチになっていたりします。あえて説明文を設置していないので、道具を見ながら「これをどんなふうに使っていたんだろう」「どうやってこのカタチにたどりついたんだろう」と、イマジネーションを働かせて楽しんでいただける場所になっています」(KATACHI museum shop 店長・杉野貴将さん)
薬缶、アイスクリーム、ワイン…… などざっくりカテゴライズされてはいるものの、用途がまるで分からないものもたくさんある。正解のないクイズを出し合いながら見て回るのも、とても楽しい。
薬缶、アイスクリーム、ワイン…… などざっくりカテゴライズされてはいるものの、用途がまるで分からないものもたくさんある。正解のないクイズを出し合いながら見て回るのも、とても楽しい。
全身を使うような大きな道具から、“え、そのためだけ?!”というニッチなもの、これは今でも使っているよね、というものまで。ここに並んだありとあらゆる道具を見ていると、とんでもなく昔から人間は、どうにかして食材を“食べ物”に変えてきたのだという、その事実に思わず笑ってしまった。同時にふと「このすべてはアート作品ではなくて、実際に人が使っていたものなんだ」ということに気が付く。誰かによる誰かのための、調理に使われていた道具たち。その空気も一緒に運ばれてきていることを思うと、この場所が不思議なエネルギーに満ちているのも納得がいく。
併設のショップでは“今”の食にまつわる道具を販売。「ミュージアムで見ていただいた道具が現代ではどのように変わったのかなど、時代による変化を感じていただくのも楽しみのひとつかと思います」(杉野さん)
併設のショップでは“今”の食にまつわる道具を販売。「ミュージアムで見ていただいた道具が現代ではどのように変わったのかなど、時代による変化を感じていただくのも楽しみのひとつかと思います」(杉野さん)
「この静寂と物語のある空間が好きだ、と定期的にいらしてくださるお客様もいらっしゃいます。VISONのまわりはとても自然豊かなので、この場所ではなくても静かな空間は得られるかもしれませんが、そんな中で、人の手で作られたここをあえて選んで来ていただけることは、とても嬉しく思います」(杉野さん)

ベンチに座ってもう一度、全体を見渡す。じっくり見たつもりでもまだ、見逃しているものがありそうだ。
次回の楽しみに、とっておく。
お向かいにある白い建物は、同じく内田さんがプロデュースする「Gallery 泛白 uhaku」。白をテーマにした器類などの展示販売を行なっている。小さな窓からは白にちなんでソフトクリームを売っているという、かわいさ。
お向かいにある白い建物は、同じく内田さんがプロデュースする「Gallery 泛白 uhaku」。白をテーマにした器類などの展示販売を行なっている。小さな窓からは白にちなんでソフトクリームを売っているという、かわいさ。

VISONを周って、三重を知る。
地元出身のオーナーが仕掛けるカフェ&レンタルモビリティの店「raf」。

調理器具にお腹の虫を刺激された私たちがランチに向かったのは、地元食材を使ったスパイスカレーが美味しいというカフェ・raf(ラフ)。飲食エリアのサンセバスチャン通りにある。代表の小林正人さんは多気町で生まれ育った生粋の地元っ子だ。「僕、VISON関係者の中でこっからいちばん家が近いんじゃないかなと思いますね。なんならうちの屋根、見えますからね(笑)」
代表の小林正人さん
代表の小林正人さん
rafのカレーに合わせて栽培されたお米は、小林さんの友人でもある多気町の米農家さんによるもの。
「米田達弥くんてね、地元でずっと農業してる友達で。VISONができる前から一緒にお米を作ってたんですけど、3年前から国産でインディカ米をやってみようっていうことで。サリークィーンってバスマティの日本版で専用米を作ってもらっているんです」。
副菜充実スパイスプレート¥1,672(税込)。スパイシーな鯖カレーとじっくり煮込んだチキンカレーを、多気町産インディカ米を使ったターメリックバターライスにたっぷり合い掛け。地元の旬野菜を使った季節の副菜はそれぞれを味わったあと、混ぜながらいただくのがおすすめ。
副菜充実スパイスプレート¥1,672(税込)。スパイシーな鯖カレーとじっくり煮込んだチキンカレーを、多気町産インディカ米を使ったターメリックバターライスにたっぷり合い掛け。地元の旬野菜を使った季節の副菜はそれぞれを味わったあと、混ぜながらいただくのがおすすめ。
スパイスの効いたオリジナルカレーは、副菜や薬味まで、すべてがとても美味しい。地元で評判のお店がVISONに移転したのかと思っていたらそうではなく、小林さんが“飲食店”をやるのはここが初めてだという。
薬味充実スパイスキーマ ¥1,540(税込)。松坂極豚と松坂錦爽鶏のミンチを贅沢に使った、和テイストの特製スパイスキーマカレー。10種の薬味が素材の旨味をひと口ごとに引き出して、たまらない美味しさ。
薬味充実スパイスキーマ ¥1,540(税込)。松坂極豚と松坂錦爽鶏のミンチを贅沢に使った、和テイストの特製スパイスキーマカレー。10種の薬味が素材の旨味をひと口ごとに引き出して、たまらない美味しさ。
「うちは祖父ちゃんがもともと松阪で鍛冶屋をやっていたんですけど、親父が鍛冶屋を復活させたくてこの近くに引っ越してきたんですね。で、47年前に僕が生まれて。親父は鉄に関わる仕事をしていて、僕は造形がしたくて一浪したあと京都へ出ていったんで、ローカルのことなんて全く考えずに遊んどったような感じなんですけど、24、5歳でこっちに帰ってきたとき「あれ、なんかこの辺、大丈夫かな?」って思ったんですよね。田舎の人って良く言うとのんびりしてて、悪く言うと危機感が一切ない。その状況を見て、なんかしないとやばいなって思って」

多気町に戻ってからは、溶接屋をしながらデザインをしたり、廃材を使ったアート作品を作ったり。そのうち什器や普段も使えるものを作るようになると、服屋さんがオーダーしてくれるようになった。
お店のものはほとんど、自分たちでつくっている。「スツールは松阪市の飯高町産のヒノキなんですけど、鳥居を作るときの廃材でできています。カウンターも同じく飯高町の廃材でつくって、表面を黒で塗装してあります」。スツールには乾燥による伸縮を和らげてひび割れを防ぐための“背割り”入り。「こういう作業ひとつにも意味があるよ、ものを作るときにしっかり考えて建物を守ってるよっていうのがもっと伝わったらいいなと思って。勝手に職人さんらの代弁をしてる感じですね」
お店のものはほとんど、自分たちでつくっている。「スツールは松阪市の飯高町産のヒノキなんですけど、鳥居を作るときの廃材でできています。カウンターも同じく飯高町の廃材でつくって、表面を黒で塗装してあります」。スツールには乾燥による伸縮を和らげてひび割れを防ぐための“背割り”入り。「こういう作業ひとつにも意味があるよ、ものを作るときにしっかり考えて建物を守ってるよっていうのがもっと伝わったらいいなと思って。勝手に職人さんらの代弁をしてる感じですね」
「地方でものを作るというのを一人でやっていたんです。でも例えば昔だったら、あの大工さんに仕事をお願いしたらその大工さんがいつも組んでる左官屋さんに頼んで……ってエリアごとに“信用”で仕事をするってことが成り立ってたんですよ。隣の家のマヨネーズは自分ちのマヨネーズみたいな、グループでつながり合う状態。でも、帰ってきてそういうのが薄れてきたなーっていうのを感じて。で、うん、このままじゃ絶滅するなと思って(笑)。

もうこれは図々しく、厚かましいくらいでいこうと。夜な夜なお酒飲みながら大工さんや職人さんらを口説いていったんです。違うものの見方とか考え方とかを話したり、このままだと地域も元気がなくなっていくよーっていうのを、時間かけて。そうすると、やっぱりどっかでそういう気持ちを持ってる人たちもいたりして。そこから段々アイアンアートだけじゃなくて内装も任されるようになって、そのうち本格的に内装をやり出して…… で、建築方面を伸ばしていった感じですかね。そんなして戸建てや大きなリノベーションみたいなことを、この10年くらいはやっているかな。設計士さんや職人さんと大きなチームみたいにして動いていて、それを軸としてやっています」
これ以外にも羽毛も扱える縫製工場を経営するなど、やりたいことに対するフットワークの軽さがすごい。
「デザイン集団の〈TOMATO〉ってあったじゃないですか。若い頃はあれに影響受けてね。京都でクリエイターの団体を作ろうかって思ってたんですよ。好きなことを専門的にやってる人たちをグループ化したら、どんな仕事でも取れるんじゃないかなって考えとって。結局こっちに帰ってきましたけど、それで今も、結果的にそういう形で仕事してますね」
あらゆる形で人を繋いでいくことを20年ほど続けてきた小林さん。最初にVISONの計画を聞いた時の心境は?

「巨大施設が入ることで雇用が生まれるっていうのは確かにそうなんですけど、人材には限りがある。だから結局ぜんぶ引き抜くってことになるじゃないですか。商店街の小さなお店屋さんがつぶれるのと一緒で、地域が一気にぐらつくのは見えたんで、基本は反対だったんです。仕事以外で地域力を上げたいって思ってたんで。(VISONに)参画すれば築いてきた信頼がゼロになるだろうし、そこにこだわりまくっとった人間なんで……でも、それをおいてでもやらんと、と。地域の次の課題が、もう見えていたんです」

地域の魅力を伝えていくこと。そして、人との関わりをどうしていくか。
「rafの共同経営者の西井(勢津子)さんは自転車を専門としている人なんですが、そこから“自転車を使う”ことを考えました。ただ、広大な山道のVISONなので、自転車だと移動だけでも大変だなと」
まずはVISONから見える風景や風土を気軽に感じてもらえるように。
その想いが、VISON内のレンタルモビリティとなって生きている。rafが扱うのは、電動キックスクーター。
「街中だったら無人で簡単にレンタルされてるものだけど、この田舎でその部分をスマートにしたところで来てる人って楽しめるの?って思って。だったら地元の人ともコミュニケーション取れて、この辺りの空気感も楽しめる場所にしたらいいんじゃないかと、飲食店をやることにしたんです」

まさかの、カフェメインのスタートではなかったということに驚いた。
「若い人はもちろんですが、僕と同世代とか上世代の方にももっと利用してもらいたい。ここは大台ヶ原があって、鈴鹿山脈があって…… 天気がころころ変わっていろんな景色が楽しめるんです。(キックスクーターに)乗って走ると本当に気持ちいいんで、VISONの距離感とか広大さ、自然、空気を感じて過ごしてほしいですね」。
お店のスタッフは基本、地元雇用で、小林さんの友人や娘さんの幼馴染も働いている。
「地元で暮らしているからこそ、地元とVISON、そして来てくれる人たちとの仲介役をしていきたいですね。娘も友達と一緒に自転車で来て、カフェでお茶したりしてます。そんなのも、VISONがあるからできること。彼女らが大きくなった時には、ここもしっかり雇用ができるような体制ができていたらいいなとは思いますね。ま、それまで持てばですけど(笑)」
ユニークな展示と地元食材のスパイスカレーにいろいろと満たされた前半戦。VISONの旅は、まだまだ続く。


Text: Kei Yoshida
Photo: Hako Hosokawa





いつもと違う三重県観光には、VISON〈KATACHI museum〉〈raf〉がおすすめ。

KATACHI museum / museum shop(カタチ ミュージアム)


所在地三重県多気郡多気町ヴィソン672番1 アトリエ4
アクセスJR松阪駅からバスで約40分
電話番号0598-67-0725
Instagram@katachi_museum_vison
営業時間10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休業日年中無休
その他入館料 1,000円(税込)


 

raf − ramble and fox(ラフ)


所在地三重県多気郡多気町ヴィソン672番1 サンセバスチャン通り13
アクセスJR松阪駅からバスで約40分
電話番号カフェ 0598-67-8400/レンタルモビリティ 070-7570-3556
Instagram@raf_vison
営業時間カフェ 11:00~18:00/レンタルモビリティ 12:30~17:00(16:30受付終了)
休業日水曜 ※祝日の場合は営業


 
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