四代続く、錦織の工房

錦織(にしきおり)。その言葉の響きからして、いかに美しい織物か分かるような気がする。あらかじめ色染めした経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を組み合わせて複雑な紋様を作り出す絹織物で、奈良時代にはすでに技術が完成の域に達していたというから驚きだ。

歩いて5分ほどの距離に賀茂川が流れる
歩いて5分ほどの距離に賀茂川が流れる
上賀茂神社のほど近くにある〈光峯錦織工房(こうほうにしきおりこうぼう)〉は、四代にわたって錦織を制作している。同時に錦織の魅力発信を目的に多数の体験プログラムを企画しているのも特徴だ。今回は1名からでも予約できる「錦織アクセサリー手作り体験と工房見学」に参加した。
 
四代目 龍村周さん
四代目 龍村周さん
まず工房見学へ。今回は当代の龍村周(あまね)さんにご案内いただいた。龍村という名字にピンときた方がいるかもしれない。初代は古代織物の復原に尽力した龍村平蔵さんだ。初代の次男であり、後継者となったのが二代目平蔵さん、周さんの祖父にあたる。
土壁の温かみを感じられる空間
土壁の温かみを感じられる空間
周さんの父である龍村光峯さんの名前を冠したのが〈光峯錦織工房〉。釘を使わない伝統的な技法で宮大工によって建てられた工房で、入口付近は代々の錦織美術作品を飾るギャラリーになっている。どれも織物とは思えないほど繊細で、まるで絵画のような美しさを感じる。作品の解説を聴きながら、じっくりと鑑賞をおすすめしたい。
天窓からの光が作品を柔らかく照らす
天窓からの光が作品を柔らかく照らす

光に愛された芸術作品


錦織の素晴らしさは他にもある。「錦織は“光の織物”とも呼ばれます」そう言って、周さんが携帯電話のライトを作品にかざすと、光を反射するように煌めいた。絹糸には光を透過、反射する性質があり、光の角度によってさまざまに表情を変えるのだという。
ポーランドにあるヴィエリチカ岩塩坑にインスピレーションを受けた作品『ヴィエリチカの宝』
ポーランドにあるヴィエリチカ岩塩坑にインスピレーションを受けた作品『ヴィエリチカの宝』
「もうひとつ見ていただきたいのが、織物の立体感です」と周さん。近づいて見ると、確かに平面ではなく、糸が立体的に織り込まれている。錦織は完成までに70以上の工程を要するが、最初に図案を考える段階で三次元を意識しているそう。あらためて、1本の糸から作り上げる錦織の美の奥深さに感嘆した。デザインの源はどこにあるのだろう。周さんに尋ねてみたところ、「旅先で得たインスピレーションをもとにすることもあれば、身近なものから着想を得る場合もあります」と言って見せてもらったのが丸盆。木目の美しさに心が惹かれたのだという。なにを美しいと思うか、感性の豊かさに憧れを抱く。

よみがえる古代の織物

〈光峯錦織工房〉を語る上で欠かせないのが古代織物の復原事業だ。奈良時代や平安時代の織物がいかにして織られ、どのような色をしていたのか。 初代の龍村平蔵さんが名物裂(めいぶつぎれ)や正倉院に遺されている古代裂(こだいぎれ)を復原したのを契機に、研究は代々続けられてきた。
左から、奈良、平安、室町時代の織物の復原
左から、奈良、平安、室町時代の織物の復原
見学では、復原した古代織物を多数拝見できる。カラフルな織物の数々に古代の色鮮やかな世界が目に浮かぶ。研究を通して得た高い技術は職人たちに継承され、現代のものづくりにも生かされている。
 

錦織が生まれる場所へ


錦織は1,200年以上前に中国から伝わった「高機(たかはた)」で織られる。〈光峯錦織工房〉には復原した高機が数機あり、実際に手織りする体験も人気を集めているそうだ。
手足の力で織る高機は、職人の力加減やスピードによって織物の風合いが異なる。周さんによると、熟練の職人ほどリズミカルで心地の良い音を響かせながら仕上げていくのだとか。錦織を手に取ると、軽さと柔らかい風合いに心が躍った。「平安時代の十二単は重いイメージがありますが、これほど軽ければ重ね着しても、そう重くはならなかったはずです」と周さん。復原に携わる人の言葉には説得力がある。
短冊状の紋紙が糸で連ねられている
短冊状の紋紙が糸で連ねられている
製織に使用する道具も見どころだ。明治にフランスからジャカード織機とともに伝わった紋紙(もんがみ)は、穴の配置で経糸の上げ下げを制御する。フロッピーディスクの登場以降は電子データ化されるケースが多くなったが、〈光峯錦織工房〉ではデータという不確かなものに頼らず、今でも大量の紋紙をストックしている。和紙が千年残るように、京都の伝統文化に携わる現場では紙への信頼が厚い。経糸の相棒が紋紙ならば、緯糸の相棒は「杼(ひ)」だ。
シャトルとも呼ばれ、経糸の間に緯糸を通すために左右に動かして使う。伝統的な「杼」は宮崎県の赤樫の木で出来ていて、いまや製作できるのは京都の職人、ただひとり。「分業制で成り立っている織物は、ひとつが欠けたら成り立ちません」と周さんは語る。
代替品もあるが、やはり職人の手仕事で作られた道具は使い勝手が良いそうだ。同じく、織機も機械ではなく、人力で織る手機(てばた)だからこそ表現できる風合いがあるという。人にしか生み出せない美しさが、錦織を至高の芸術へと昇華させている。
側面の糸が通る穴は清水焼で作られている
側面の糸が通る穴は清水焼で作られている

錦織を使って、手作りアクセサリーを


錦織について学んだあとは、いよいよ体験の時間。
〈光峯錦織工房〉では、着物の帯や錦織美術作品以外に、普段使いできる小物も制作している。その端布をいかして、誰でも簡単に錦織に親しめるようにと考案されたのがアクセサリー作りだ。
種類はイヤリング、ピアス、ブローチ、マカロンストラップ、ヘアゴム(大もしくは小)、ネクタイピンとあり、今回はヘアゴム(大)を選んだ。
一番の醍醐味は、やはり柄選びだろう。伝統的な文様やユニークなデザインなど、それぞれの意味を聞きながら選ぶのも楽しい。迷いながら、折り鶴をイメージしたという柄に決めた。ボンドで生地を接着し、金型にあわせて折り込む作業は小学校の図画工作を思い出す。親子で気軽に伝統文化に親しむ機会としてもおすすめだ。
通し穴のついたフタをかぶせ、ゴムを結べば完成。太陽の光を受けてキラリと光る錦織の髪留めは、ちょっとした自慢だ。
この布は1,200年以上の歴史がある織物だと誰かに伝えたくなる。やはり京都の伝統文化は知るほどに面白く、魅了されてやまない。

 



Text:Eriko Tajima
Photo:Kazuaki Toda




 

いつもと違う京都府観光には、京都市北区の〈光峯錦織工房〉がおすすめ。


光峯錦織工房(こうほうにしきおりこうぼう)


所在地京都府京都市北区紫竹下ノ岸町25
アクセス市バス「下岸町」バス停より徒歩4分
電話番号075-492-7275
※体験は要事前予約
URLhttps://www.koho-nishiki.com/
営業時間10:00~17:00
休業日不定休

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