150年超の歴史を持つ、組紐工房へ

畿内と東国を結んだ旧東海道。その近江国と山城国、現在の滋賀と京都の境界には、平安時代から江戸時代にかけて逢坂関(おうさかのせき)という関所があった。現在も残る山あいの坂道を歩けば、江戸時代にタイムスリップして旅人の峠越え気分が味わえる。そんな滋賀県大津市逢坂で訪れたのは、創業150年以上の歴史を持つ組紐工房〈藤三郎紐〉だ。県庁所在地にあるJR大津駅からでも徒歩約20分という、京都と滋賀どちらからでも少し足を延ばせば気軽に行ける場所。今回はここで組紐工房の見学とストラップ作りに挑戦する。

下り藤紋が配された暖簾。木の葉の擦れる音や小鳥のさえずりが聞こえる長閑な山中に佇む工房
下り藤紋が配された暖簾。木の葉の擦れる音や小鳥のさえずりが聞こえる長閑な山中に佇む工房
入口の暖簾(のれん)をくぐり真っ先に目に入ったのは、乾燥した草木が詰まったガラス瓶。工房の奥からはカチャカチャと軽快な機械の動作音が響く。鉄製のそれとは違う、温もりを感じるこの音に期待が膨らんでくる。

 

工房には組紐作りに欠かせない道具がずらり


日本には数多くの伝統工芸が残されているが、それらの多くは分業制であるのが一般的だ。例えば帯締めなら、糸を染める・木枠に糸を巻く・組紐を組む・房を付けるといった工程があり、それぞれに専門の職人がいる。ところがここ〈藤三郎紐〉では、糸を染めるところから仕上げまでを一貫して行う。そのため、多様な工程とそこで用いられる様々な道具がすべて見学できるという貴重な場所だ。
こぢんまりとした工房にずらりと並ぶのは、サイズも形も様々な組紐を組み上げる台。小ぶりの手組台「角台」、映画『君の名は。』にも登場した「丸台」や「綾竹台(あやたけだい)」。三つ編みのように組み上げてゆく「三角台」。機織り機のような見た目の「高台」は、絵や文字など複雑な組みができる。これらの組台にボビンのように絹糸を巻きつけた「玉」を下げ、玉の位置を順番に入れ替えることで絹糸を絡み合わせて組紐は作られる。
用途や場面に応じて多種多様な紐が求められ、色々な組台が生まれた。紐とはそれだけ日本文化にとって身近で大切なものなのだと感じる。
絹糸を巻きつけた玉の数が多く、板に付いた金具がうまく絹糸を引っ掛けられなかったりするため内記台での作業は特に注意が必要。組紐や機械の仕組みをよく理解していないと使いこなせない代物という
絹糸を巻きつけた玉の数が多く、板に付いた金具がうまく絹糸を引っ掛けられなかったりするため内記台での作業は特に注意が必要。組紐や機械の仕組みをよく理解していないと使いこなせない代物という
そして、〈藤三郎紐〉で主に使われているのが「内記台(ないきだい)」。上部の持ち手を上下に動かし、円状に配された葉っぱのような板が回転することで、金具に糸が引っ掛かり組み上がっていく手動機械式の組台だ。江戸時代後期、膳所藩(ぜぜはん)にいた内記という武士が大津祭のからくり人形から着想を得て考案したという説が残る希少なもので、現在では他の工房での使用例もほとんど見られない。ガチャガチャと音がすることから「ガチャ台」とも呼ばれるのだとか。実際に動かしていただくと、入口で聞こえてきた音の正体はこれだったと気が付いた。ガチャと音がする度に少しずつ絹糸が集まり一本の組紐になっていく様子は、気が遠くなるような作業にも思うけれど繊細で美しい。内記台では絹糸を輪状に組んでいくため、厚みがあり、弾力性に優れた組紐を作ることができる。「伸縮性があって締めやすい」と評判の〈藤三郎紐〉の帯締めは、この希少な台で丁寧に組み上げられている。
カセと呼ばれる束で仕入れた絹糸は染めたのち乾燥し、木枠に巻き取る。その木枠に巻き取った長い長い一本の絹糸を、つくりたい組紐にあわせて何十本〜何百本もの糸にまとめる。紐を組んでいくための大切な準備だ。この作業は「糸繰機(いとくりき)」という木製の装置で行われる。糸が頻繁に絡まるので稼働している間はつきっきりという。ちなみに、この機械が登場する以前は、「座繰り(ざぐり)」と呼ばれる手作業が一般的だった。ハンドルを手回しすることで木枠が回転し絹糸を巻き取っていく。〈藤三郎紐〉では今も「糸繰機」と「座繰り」どちらの方法も行われ、伝統を継承する。
四代目の太田耕吉さんが組紐で表現した浮世絵は、口の部分だけ赤が出るように工夫されている。「組紐に精通している人であれば、口紅の色を出せていることが不思議に思うはず。」
四代目の太田耕吉さんが組紐で表現した浮世絵は、口の部分だけ赤が出るように工夫されている。「組紐に精通している人であれば、口紅の色を出せていることが不思議に思うはず。」

そもそも組紐ってなんだろう


組紐は複数の糸を組み合わせ、一本の紐にしたもの。奈良時代に中国大陸から仏教とともに伝来し、経典を留めるためや袈裟の紐として用いられたという。平安時代には貴族の衣服などに使われ、江戸時代にかけては武士の装束や刀の下げ緒、甲冑、弓具、馬具といった武具にも多用されていった。明治時代に入り羽織紐や帯締めが普及していったそう。
「みなさんがよく知る三つ編みも組紐の組み方の一種なんですよ」とにこやかに話すのは五代目の太田浩一さん。つまり学生時代はおさげ髪だった私は、知らないうちに組紐を作っていたのだ。実は組紐ってとても身近なものだということを実感した。

シンプルなのに奥が深い、組紐作りを体験


今回体験にチャレンジしたのは組紐ストラップだ。まずは糸を選ぶことから始める。最大4色まで選べるので、色をたくさん取り入れたい気持ちにもなるが、草木染めの赤と白の2色の糸でシンプルなストラップを作ることにした。
木枠に巻かれた色とりどりの絹糸。この中から組紐体験で使う糸を選ぶが、つい目移りしてしまう
木枠に巻かれた色とりどりの絹糸。この中から組紐体験で使う糸を選ぶが、つい目移りしてしまう
角台と4つの玉を使い、「四津組(よつぐみ)」にしていく。台の正面に座り、上部に貼ってあるシールの指示通りに手を動かす。糸を指で引っ掛けて、矢印の方向に糸を移動し玉の位置を入れ替えていくとだんだんと紐が組み上がる。綺麗に組み上げるためのコツは、指に糸を引っ掛けて動かす際にたるませないことと、台の中心からずれないように作業すること。
うっかりしているとどの玉を手にしていたのかを見失うが、そんなときは組み進めている糸の一番下を確認し、再開。「リズムができてきたらいい感じになりますよ」という太田さんの助言を得て、「イッチニー、イッチニー」と心の中で唱えながら組み上げていく。一見すると台から玉まで真っ直ぐ下がっているように見える絹糸だが、実は外向きに撚(よ)りがかかるよう、玉を回転してセットされている。それが玉を動かすうちに反対方向に撚りがかかってしまうため、撚りを正しい向きにかけ直さなければならない。しかしこれは調整が難しいので太田さんに手伝っていただこう。玉数が少ない方がごまかしがきかないぶん、美しく組むのは難しいのだとか。
結び目を井形にする。いびつになってしまわないよう、四方の紐を少しずつ引っ張り調整する
結び目を井形にする。いびつになってしまわないよう、四方の紐を少しずつ引っ張り調整する
30分で40センチほど組み上がれば、端を切り、いよいよストラップの形にしてゆく。表が口、裏が十で、結び目が「叶」の字になる、縁起のいい「叶結び」に。輪っかを2つ作り、上をくるっと裏返し。右側の紐の端をそれぞれの輪っかの下から通したら、井形になるように満遍なく引っ張っていく。ぎっちりと結べたら、房を水蒸気にあてて仕上げる。世界でひとつしかない自分の好みピッタリな組紐ストラップが完成!

組み合わせることで生まれる、〈藤三郎紐〉の染めを知る


草木などの天然染料で染めた絹糸での組紐作りも行っているというのも〈藤三郎紐〉の大きな特長だ。江戸時代後期〜明治時代には化学染料を用いるのが一般的になっていたという組紐。三代目の故太田藤三郎さんが、和装には草木染めが合うという確信から、化学染料が浸透していた時代にあえて草木染めの研究を始めたのだという。発色がよく、色落ちしにくい素材を探し、野山で自ら草木を採取した。その功績が評価され、三代目は草木染め手組み組紐の技術保持者として大津市の無形文化財に指名された。組紐職人としての信念と情熱が〈藤三郎紐〉の草木染めを生み、その技術や想いは継承されている。
〈藤三郎紐〉で使われる天然染料は、太田さん自ら野山に探しに行くというヤシャブシや漢方にも用いられるウコン、カイガラムシから抽出するラックダイ、クワ科の高木ゲレップなど様々。
「ひとつの草木の色を追求する染色家の方が多いですが、私たちは色々な草木の色を組み合わせるんです」と話す太田さん。問屋の希望の色を実現するため、複数の素材から染める必要があるためだ。
三代目が集めた染料を現在も保管。数えきれないほどの瓶から研究への熱意が伝わる
三代目が集めた染料を現在も保管。数えきれないほどの瓶から研究への熱意が伝わる
また草木染めには、染料を定着させる媒染剤も必要になる。〈藤三郎紐〉ではイメージ通りの色に仕上げるため媒染剤を染料と同時に入れて絹糸を染めるのだそう。媒染剤にもミョウバンや鉄など多くの種類があり、草木との相性もあるので、これまでの知識と経験を生かして慎重に調整する。
 
「化学染料は、簡単に言うと不純物が入ってないので発色がよく色に濁りがない。草木染めは不純物が入るぶん色に濁りが出て、それが渋くていい色を作りだすんです。」と草木染めの魅力について太田さんは話してくださった。
〈藤三郎紐〉では今回体験させていただいた「組紐体験」の他に、「染色体験」も行っている。手ぬぐいとハンカチの2種類を、ラックダイの赤、ヤシャブシの黄、インド藍の青の3色を混ぜて染められる。草木染めに心惹かれたなら、こちらもぜひ体験してほしい。

 

糸とともに伝統を繋ぐ、もの作りへの誠実な想い


最盛期には滋賀県に30軒近くあったという組紐工房も現在は〈藤三郎紐〉のみ。「組紐作りは動きを覚えただけではできないんです。力の入れ具合やきれいに組むための感覚を身に付けるためには、何度も繰り返し作り続け、熟練していかなければと思います。これまでの当主が繋いできてくれたものを次に渡すためにも、〈藤三郎紐〉の帯締めを作っていきたいですね。」と太田さん。伝統工芸の次の担い手として、ひたむきな想いを話してくださった。
セレクトショップのコラボアイテムに採用されたり、海外の著名なクラリネット奏者がリガチャー(マウスピースとリードを固定するためのパーツ)の紐に指名したというエピソードもある〈藤三郎紐〉の組紐は、国内外問わずファンを持つ。

この体験は、脈々と繋がれてきたありのままの伝統工芸を肌で感じ、職人のものづくりへの真摯な眼差しと技を知る貴重な機会となるはずだ。

 



Text: Minami Mizobuchi
Photo: Kanako Takimoto




 

いつもと違う滋賀県観光には、大津市逢坂の〈藤三郎紐〉がおすすめ。


藤三郎紐


所在地滋賀県大津市逢坂1-25-11
アクセス京阪京津線大谷駅から徒歩10分
電話番号077-522-4065
URLhttps://tozaburo-himo.com/
営業時間組紐体験は土曜9:00〜17:00
※要予約
※見学のみは不可

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。