日本遺産に認定された有松地区の江戸情緒あふれる町並み


愛知県名古屋市にある有松町。名古屋駅から電車で30分ほどの位置にあるこの町は、約400年前に旧東海道の鳴海宿(なるみしゅく)と池鯉鮒宿(ちりゅうのしゅく)の間に生まれた。江戸時代から絞り染めの産業が盛んで、東海道を通る旅人たちはこぞって有松の絞りをお土産として買っていったという。絞りの産地として栄えた様子は浮世絵にも描かれた。
有松駅を出て、旧東海道沿いに歩を進めると、今でも浮世絵さながらのレトロな町並みが残っている。じつはこの町は一度、1784年に起きた天明の大火により焼失してしまった。しかし町民の努力により見事に町並みが復活。耐火性を高めた土壁の塗籠造(ぬりごめづくり)や、屋根の上に卯建(うだつ)を設けた瓦屋根など、歴史的建築物が再建された。その美しさが評価され、2019年には日本遺産に認定されている。
そんな伝統的な町で、今日は絞り染めを体験する。目的地は、株式会社スズサンが運営する〈Studio Suzusan〉。ここの工房では、伝統的工芸品に指定された有松鳴海絞りのワークショップを実施している。

 

伝統を守りつつも、新しい発想で有松の絞りを世界へ発信


株式会社スズサンの前身は鈴三商店で、もとより有松鳴海絞りの製造業を営んでいた。絞り染めの工程は分業されており、なかでもデザインと加工全般を行う影師の仕事に従事。図案を書いて全体のデザインを決め、絞りの加工ごとに職人に仕事を振り分ける、いわゆるプロデューサー的な立場だ。そのためデザインから技法、縫製のことまですべてを熟知していなければならない。
株式会社スズサン4代目、取締役会長の村瀬裕さん。1992年に名古屋で「国際絞り会議」を立ち上げたり、世界各地でワークショップを開催したりなど、国内外で絞りの啓蒙活動に尽力されている。
株式会社スズサン4代目、取締役会長の村瀬裕さん。1992年に名古屋で「国際絞り会議」を立ち上げたり、世界各地でワークショップを開催したりなど、国内外で絞りの啓蒙活動に尽力されている。
「有松鳴海絞りは技法の多さが特長です。一般的には100種類と言われていますが、もっと細かく分類すれば500種近くあるのではないかと思います」と話すのは4代目であり取締役会長の村瀬裕さん。アフリカやインドネシアなど絞りの文化は世界各地にあるが、その技法の豊富さは世界でも類を見ない。海外からは「絞りの原点」とも称されている。
図案のもととなる型彫り。これを生地に転写して、加工の作業に入る。4代目・村瀬裕さんの代からは耐久性を高めるため、ポリプロピレンの型紙が考案された。
図案のもととなる型彫り。これを生地に転写して、加工の作業に入る。4代目・村瀬裕さんの代からは耐久性を高めるため、ポリプロピレンの型紙が考案された。
しかし、そんな有松の絞り職人は減少傾向にあるという。「伝統産業はその技術を伝承し守るだけでなく、社会のなかで活用していくことが大事」という村瀬さんの想いから、新しいチャレンジが始まった。そのなかのひとつが村瀬さんの長男であり、五代目の村瀬弘行さんが立ち上げたオリジナルブランド「suzusan」だ。
絞りといえば浴衣や着物を連想するが、「suzusan」はその固定概念を覆してくれる商品ばかり。木綿以外に、カシミヤやウールなどさまざまな素材に絞りを施している。商品のラインナップも、洋服やストール、インテリア用品など幅広い。
ドイツのデュッセルドルフを拠点にするブランド「suzusan」。写真は有松の直営店の様子。特に海外ではカシミヤニットが人気。
ドイツのデュッセルドルフを拠点にするブランド「suzusan」。写真は有松の直営店の様子。特に海外ではカシミヤニットが人気。
絞りの加工を形状記憶させた「suzusan Luminaires」の照明コレクションもユニーク。このシリーズの「ペンダントランプ」はかつてグッドデザイン賞を受賞した実績もある。「『suzusan』の展示会や、世界各国の絞り染めが集まる国際会議、各地でのワークショップなど、さまざまな人と交流する機会があり、刺激になっています。今後もいろいろな素材にチャレンジしたいし、有松鳴海絞りの良さをどんどん飛躍させていきたい」と話す村瀬さん。今後も「suzusan」の挑戦から目が離せない。


 

伝統的な絞り染めを気軽に。〈Studio Suzusan〉から始まった絞りのワークショップ。


30〜40年前から始まった絞り体験。この地域でワークショップをスタートさせたのは、株式会社スズサンが初めてだったという。体験コースは全部で2種類。手ぬぐいやあずま袋、ハンカチなどさまざま素材を染められる。Aコースは村瀬さん考案のスーパーボウルや輪ゴムを使った創作的な手法や、布を畳んでつくる雪花絞りの体験ができる。子どもでも簡単に取り組めるので、親子にもおすすめ。今回は伝統的な手法で行うBコースを体験させていただいた。
最初に村瀬さんから、有松の歴史や絞りの技術などについて話をうかがう。絞り産業、古き良き町並み、そしてその文化を体感できるお祭りが三位一体となって、有松の特徴をつくり上げている。お話を聞きながら、有松の文化の全体像を知ることができる。
 
有松鳴海絞りは“縫う”、“くくる”、“畳む”という技法を使う。今回の体験では初心者にも取り組みやすい手法として、「手蜘蛛絞り」と「手筋絞り」を体験させてもらった。「手蜘蛛絞り」は、蜘蛛の巣のような模様が印象的。糸でくくった部分が防染され、模様がつくられる。一方で、「手筋絞り」は生地をじゃばらのように棒状に畳み糸でくくりあげてから染め上げる。

いきなり加工の作業に入るかと思いきや、まずはデザインから始めるというので驚いた。「それがモノづくりの原点だから」と村瀬さん、影師を生業としてきた株式会社スズサンならではの特長ともいえる。さっそく専用の用紙にそれぞれデザイン画を描いていく。
手蜘蛛絞りはあまり大きな柄にすると糸をくくる作業が大変になるそうなので、手ぬぐいにつき4〜5個程度に抑えるのがコツ。模様は糸のくくり方次第で、「ほおずき」や「かに」などさまざまなパターンがある。見本を見ながら、配置を決めていく。

一方で「手筋絞り」は筋目を入れたい部分をデザインする。筋目の幅によって、印象もガラリと変わりそう。ただし幅が狭すぎると、うまく染まらず筋が切れてしまうことがあるので注意が必要。デザインが決まったら、次は生地に下絵を描く作業。「あおばな」と呼ばれるお湯で消える液で、デザイン画のとおりにそれぞれ描いていく。
続いて生地を畳んで紐でくくる作業に入る。村瀬さんのお手本を見せていただいてから実際にチャレンジ。最初に霧吹きで布を濡らし、生地のシワをとる。この工程もより模様をきれいに出すためには欠かせない。
 
手蜘蛛絞りは生地を半分に折ったら、中心となる部分を鉤針に引っかける。生地を手前に引きながら、端からじゃばらのように折り畳んでいく。均等な幅になるよう折ることで美しい仕上がりになるそうだが、これがなかなか難しい。次はくくる作業。下から糸を通し、根元を2回ぐるりと巻きつける。そのあとは5mmほど間隔を空けながら、らせん状にくくっていく。糸がズレないよう、左手の親指でしっかり押さえるのが大切。さらに1回転させるごとにぎゅっと力を入れて締めるのもポイントになる。強めにくくることで染めたときに模様がはっきりと出るそう。時折、村瀬さんにアドバイスをもらいながら進めていく。親指と人差し指で丸棒を挟み、そのまま右手の中指と人差し指で生地を挟みながら一回転。慣れない動きで指がつりそうになるが、何回か繰り返すうちにこなれてきた。
「丸棒の持ち方は鉛筆を持つように」と、村瀬さんが手の使い方を丁寧に教えてくれる。
「丸棒の持ち方は鉛筆を持つように」と、村瀬さんが手の使い方を丁寧に教えてくれる。
糸でくくった部分は染まらないので、くくり方によっていろいろな模様が表現できる。理屈を知るとさらに面白みが増していく。手筋絞りもじゃばら状に布を折りたたんでから、同じく紐でくくっていく。端を結んだら作業は完了。
さて、作業が終わったらいよいよ染めの作業へ。色は数種類から選べるが、今回は藍色をチョイスした。染めの作業は村瀬さんが丁寧に行なってくれる。
染料につけて3分経つと、すっかりきれいな藍色に。何度か水洗いを繰り返せば完成!
糸を切って広げる瞬間にドキドキと胸が高鳴る。生地を広げると、美しい模様がしっかり表現されていて感動した。自分でつくったとは思えないほどのできばえに思わず笑顔があふれる。

自分でデザインするから楽しい、有松鳴海絞り体験。


最初は難しそうなイメージで、初心者でもうまく仕上がるのか心配だったが、村瀬さんの優しい指導で思った以上の作品ができあがった。何よりデザインから取り組めるのは、職人になったような気分でとても楽しい。
「絞りはこうしなければいけないという決まりがない。自由につくるのが一番」と村瀬さん。これからは職人に技術を継承するだけでなく、デザインの感性を磨くような活動をしていきたいとも語ってくれた。絞りの技法とともにデザインのおもしろさも味わえる〈Studio Suzusan〉。歴史や技術の伝承だけでなく、未来に向けて新しいチャレンジを続けるこの場所なら、伝統工芸品のさらなる魅力に気づけるはずだ。



Text:Ayumi Otaki
Photo:Hako Hosokawa




いつもと違う愛知県観光には、有松の〈Studio Suzusan〉がおすすめ。

Studio Suzusan(スタジオスズサン)


所在地名古屋市緑区有松3730 株式会社スズサン2階
アクセス名鉄本線有松駅から徒歩で10分
電話番号052-693-9624
URLhttps://www.studio-suzusan.com/
営業時間10:00〜18:00
休業日なし

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。