豊かな食材を育む大地を望みながら、ゆったりと味わう時間。
静岡県といえばお茶、お茶といえば静岡県……。その中でも随一の茶園である牧之原台地は、北から南にかけて緩やかな傾斜になっていて、水捌けが良い弱酸性の土地がお茶作りに適しているのだそう。ここを“茶の都”として発信しているミュージアムには、お茶のおいしさを食事からも楽しめるレストランがある。
〈ふじのくに茶の都ミュージアム〉は旧金谷町(現・島田市)が威信をかけて始めた大プロジェクトだった。立派な茶室を備えた家屋も建造され、その本格的な佇まいに圧倒されてしまう。現在は静岡県に譲渡され、2018年には展示室、日本庭園などを再整備してリニューアル。レストランもその時に市内の人気店が移転してきて一新した。
建築やインテリアのテーマは、武家茶道の一派・遠州流を江戸初期の大名茶人、小堀政一(小堀遠州)が提唱した「綺麗さび」。侘び寂びの中に美しさや豊かさを加えた美的概念で、モダンでおしゃれなミュージアム全体のモチーフになっている。あえて規則性を乱した「ふきよせ」というデザインは、外観やレストランのチェアなど随所に。和の落ち着いた雰囲気とハレの空気感が混ざり合う、贅沢な空間でランチにしよう。
牧之原台地のパノラマを見ながら、芳醇な茶そばをいただく。
まずは、静岡の郷土飯でもある茶そばをいただきたい。〈丸尾原〉は、静岡で初めて抹茶を製造したとされる〈丸七製茶〉のグループである〈喜作園〉が営んでいるということもあり、お茶は良質なものがふんだんに使われている。茶そばには、岡部産抹茶が通常の2.5倍練り込まれているという。ツルツルと喉越しがよく鮮やかな翡翠色の麺を啜ると、お茶の力強い香りがふわっと鼻に抜けていき、静岡にいることを改めて実感する。
「つけ蕎麦」を注文すると、茶そばのほかにも県産の食材がたっぷりと味わえる。しっとりと旨味の強い蒸し鶏やそばつゆに漬けた煮卵は、鰹節や鯖節で出汁をとった付けつゆにつけていただこう。つゆには富士山麓で育てられる「富士の鶏」とキノコが入っていて、風味が豊かだ。
セットになっているわさび丼にも注目を。実は、わさびの水耕栽培の発祥は静岡市とされている。その静岡市産の本わさびを、こちらも県内で作られているおろし板を使って、擦りたてでいただけるのだ。「わさび」の文字が刻まれた「わさび専用おろし板鋼鮫」を使うと、ふわふわと軽く、辛味を抑えた仕上がりに。静岡県御前崎地方の伝統製法、手火山式(てびやましき)で作られた鰹節とともに、もち麦入りご飯にかけていただいて。
お茶の発信地で、新しい味わい方を知る。
さらっといただくなら、お茶漬けもおすすめ。鰹節を混ぜたご飯に、お茶を使った出汁をかければ旨味が倍増。たたみいわしや焼き魚、県産の豚で作った角煮をつまみつつ、気になるのはお茶の佃煮(手前のお皿の中央)だ。ほんのりと苦味があり、ご飯のお供やお茶請けにもぴったり。茶殻を煮るアイデアは、お茶どころならでは。名産物を知れるだけでなく、産地ならではの工夫を見つけられるのも旅の醍醐味だ。
料理だけでなく、もちろんドリンクメニューも見どころ。〈丸七製茶〉が作るボトリングティー「CRAFT BREW TEA」の飲み比べがおすすめ。水出しではなく、お湯で抽出され風味がしっかりとしたお茶が、急速冷蔵されてボトルに詰められているアイテムだ。ここでは、産地や品種の異なるお茶が日替わりで3種選ばれ、ワイングラスで香りを楽しみながらいただける。色の違いや味わいの個性豊かなバリエーションに触れると、日本茶の魅力が再発見。窓外の庭を眺めながら、じっくりと比べてみるのは贅沢な時間だ。
ここで見つけたグルメは、きっと誰かに教えたくなる。
他ではなかなか手に入らない茶そばを始め、もち麦や鰹節などお店で使用する食品は、店頭でも購入可能。旅先で過ごした時間を思い出しながら、家でも試してみたい。
Text:Kahoko Nishimura
Photo:Natsumi Kakutoいつもと違う静岡県観光には、島田市の〈丸尾原〉がおすすめ。
丸尾原
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