歴史息づく神楽坂で古き良きものに触れられる古書店


東京都新宿区にある神楽坂は、江戸時代には花街として栄え、料亭や神社仏閣など古き良き文化と歴史が息づく街。さまざまなお店が連なるメインストリート・神楽坂通りから横道に入ると、雰囲気のある小路や石畳の横丁などがあり、散策スポットとしても人気だ。

今回訪れるのは、古書店〈アルスクモノイ〉。神楽坂駅から赤城神社の先、江戸川橋のほうへ坂を降りていった静かなエリアにある。
倉庫だった建物を改装したという〈アルスクモノイ〉は、一見しただけでは書店だと気づかないかもしれない。店内を覗くと、大きなカウンターに、味のある本棚や家具が並び、素敵な空間が広がっている。什器や家具は店主の上原麻紀さんが、祖母や知人から譲り受けたものだそう。古家具やレトロな雑貨などが見事に調和し、つい長居したくなるような居心地のよさがある。
昔から古いものや印刷物が好きだったという上原さんは、渋谷の古書店で10年ほど勤務した経歴をもつ。〈アルスクモノイ〉をオープンしたのは、2019年9月頃だ。

「以前働いていた古本屋で、自分がこれまで興味をもっていなかった写真集やアートなどに触れたときに、世界がどんどん広がっていく感覚に出会いました。古本屋自体、こういった巡り合わせを感じられる場所だと思うんです。古書市場で本を仕入れるときも一期一会だし、お客様の本を買い取るときも予期せぬ出会いがあります。さまざまな人と一緒にお店を作り上げている感じがおもしろいですね」こちらの物件は「先入観をもたずにいろんな街を見たい」と、自転車で東京のあらゆる場所を巡るうちに出会ったのだそう。通ううちに、神楽坂には製本所や活版印刷工房、出版社や取次店など本にまつわる会社が多くあると気づいたという。

「職人の街という感じで、とても素敵だと思いました。神楽坂は華やかなイメージがあったのですが、坂を下ると下町らしい雰囲気があり、本の文化を下支えしているような空気感もあります。さまざまな角度から本を見るのにおもしろい場所だと感じたのも、この街を選んだ理由です。

お店を開いてから街の人々に、昔は神田川で紙を運んでいたなど多くの歴史を教えてもらって、さらに神楽坂が好きになりました」
インテリアの足踏みミシンは祖母の形見だという。
インテリアの足踏みミシンは祖母の形見だという。

旅の感覚が何でもない日常を豊かに、鮮やかにしてくれる


〈アルスクモノイ〉で扱っている本は写真集から絵本、デザイン本や哲学本までじつに幅広い。海外の出版社やアーティストから直接取り寄せた、珍しい本も多くある。選書のキーワードは“新しい発見のある本”だ。
「ただ古いだけでなく、これから物を創ろうとする人に何か刺激を与えられるような本を置きたいと思っています。内容だけでなく、デザインや佇まいが素敵で、物として持っておきたくなるような本というのもポイントです」

上原さんのその想いは店名にも現れている。ラテン語で「アート」を意味する「アルス」、古語の「蜘蛛の網(くものい)」を組み合わせ、ひとつの出会いから蜘蛛の巣のように点と点が線になり、広がっていくようなお店でありたいと願いを込める。上原さんが素敵な書店や本に出会うと目の前が拓けていくような清々しい気持ちになった経験から、空の曇りが晴れていく「雲間」の意味も含めた。
蜘蛛の巣や雲をイメージした〈アルスクモノイ〉のロゴ。
蜘蛛の巣や雲をイメージした〈アルスクモノイ〉のロゴ。
さまざまなジャンルの本があるなか、上原さんが旅に出る前に読みたい本として紹介してくれたのは、まさに読み手の感性を刺激してくれるような一冊。『木村伊兵衛写真集 パリ』は、戦前から戦後にかけて活躍した日本の写真界の巨匠・木村伊兵衛氏のカラー写真集だ。「1950年代にパリを訪れた際の写真を中心に構成されているのですが、光の入り具合がとてもキレイで、彼の写真集のなかでもひときわ好きな一冊です。個人的に、旅に出るときは自分の枠が外れて風景に溶け込んでいくような感覚があると思っていて、その旅の感覚がみずみずしく収録されていると感じます。

この写真集は、写真家・北井一夫さん主宰ののら社から約20年のときを経て出版されており、巻末には木村氏が亡くなる2ヶ月前に語った『思い出すことども』が掲載されています。江戸っ子らしい小気味よい口調で、パリへ行った当時について話すその語り口がまた素敵で。まるで昨日写真を撮ってきたばかりのように思い出を語るので、旅の風景が鮮やかに蘇ってきます。いつ見ても良いなと思う本です」
自身も「旅好きだ」と話す上原さん。旅をするときはあまり予定を細かく決めないで巡るのだそう。余白を作ることで、風景や人々との偶然の出会いを楽しんでいるという。

「東京でも、旅先での感覚を忘れずに過ごしたいと常々思っているんです。どこにいても旅の感覚をもっていれば、何でもない街路樹も素敵に思えたり、新鮮に感じられたり、新しい視点が開けていく気がします。日常を思い切り楽しめる“身軽なお年寄り”を目指しているんです」

上原さんが話す“旅の感覚”を楽しむなら、神楽坂の街は最適かもしれない。〈アルスクモノイ〉では、お店に通うお客さんと一緒に作ったディープな街歩きマップを配布している。驚くほど細い道があったり、マップを見てもなかなかたどり着けないスポットがあったり、探検する楽しさが味わえる。
〈アルスクモノイ〉の場所を伝えるために作り始めた「このあたりてくてくマップ」は、バージョン6まで進化した。
〈アルスクモノイ〉の場所を伝えるために作り始めた「このあたりてくてくマップ」は、バージョン6まで進化した。
“旅の感覚”を大事にする上原さんの視点でまとめられたマップだからこそ、他にはないおもしろさがある。道に迷った先で、どんな新しい発見や出会いがあるのだろう。神楽坂を訪れたら、〈アルスクモノイ〉オリジナルのマップを片手に散策を楽しんでみてほしい。



Text:Ayumi Otaki
Photo:Shinya Tsukioka



いつもと違う東京都観光には、新宿区の〈アルスクモノイ〉がおすすめ。

アルスクモノイ


所在地東京都新宿区西五軒町10-1
アクセス東京メトロ「神楽坂駅」から徒歩約6分
電話番号03-6265-0849
URLhttps://arskumonoi.net/
Instagram@arskumonoi
営業時間12:00〜20:00
休業日月曜、火曜

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。