深川エリアの歴史を紡ぎながらジンづくりを行う〈深川蒸留所〉を訪ねる。

クラフトジン蒸溜所を巡る旅【深川蒸留所編】

2023年3月、東京の深川エリアに新しい蒸留所がオープンした。その名も〈深川蒸留所〉。ガラス張りのおしゃれな外観に、センスの良い商品パッケージ。何より蒸留器の製造まで手がけているということに興味が湧いた。普段はクラフトジンの製造のみを行っているが、毎月のオープンデーでは蒸留器を眺めながらクラフトジンが楽しめるという。蒸留所の立ち上げに関わった「関谷理化」代表の関谷幸樹さんと、〈BAR NICO〉の店主・小林幸太さんにお話を伺った。

理化学ガラス職人に仕事を生み出したいという思いがきっかけ


清澄白河・森下・門前仲町・木場など東京都江東区の北西部一帯は昔から「深川」と呼ばれていた。江戸時代に摂津国の深川八郎右衛門らが開拓したのが始まりで、縦横に張り巡らされた運河網を活かし、材木の貯木場として発展してきた街である。
自然が豊かで、どこか昔懐かしい下町情緒と古き良き文化の残る深川。
自然が豊かで、どこか昔懐かしい下町情緒と古き良き文化の残る深川。
深川のなかでも特に清澄白河は、カフェや雑貨屋などトレンドのお店と、下町らしさが融合した新旧入り混じった雰囲気が魅力で、年々人気が増しているエリア。清澄白河といえば東京都現代美術館や清澄庭園などが有名だが、新たな旅スポットとして今回紹介したいのは2023年春にオープンしたばかりの〈深川蒸留所〉だ。
〈深川蒸留所〉。ガラス張りの建物のなかに、洗練された雰囲気のバースペース「奥の澄」が見える。
〈深川蒸留所〉。ガラス張りの建物のなかに、洗練された雰囲気のバースペース「奥の澄」が見える。
清澄白河駅から徒歩で約8分ほど、閑静な住宅街のなかにある〈深川蒸留所〉は、独自に開発したオリジナルの蒸留器を使い、クラフトジンの製造を行っている。普段は製造のみを行っており、毎月新商品の発売日にあわせて「オープンデー」と呼ばれるイベントを実施し、バースペースを開放している。

これまで製造してきたクラフトジンは、オープンから3年で20種類以上にも及ぶ。目指すのは、深川を代表する地酒だ。深川の酒販店を中心に販路を拡大し、地域密着の流通を主体としている。清澄白河をはじめ、森下や門前仲町など〈深川蒸留所〉のクラフトジンを味わえるお店も増えているそうで、地元で愛されるお酒として着々と存在感が増しているように感じる。
〈深川蒸留所〉のクラフトジン。
〈深川蒸留所〉のクラフトジン。
そんな〈深川蒸留所〉は、オリジナルの蒸留器を製造するところからスタートした。その背景には、関谷さんが代表を務める「関谷理化」の存在がある。「関谷理化」は1993年に日本橋で創業した理化学ガラス問屋で、主に大学の研究室に向けてビーカーや三角フラスコなどの販売を行っていた。3代目として家業を継いだ関谷さんは“理化学ガラスの職人に仕事を生み出したい”という思いで、新たな事業へのチャレンジを続けていた。

関谷「2015年に清澄白河で一般消費者向けに理系雑貨の販売を行うアンテナショップ〈リカシツ〉を立ち上げました。取っ手付きビーカーなどオリジナルの製品も手がけています。理化学ガラスの耐熱性を活かした製品をもっとつくれないかと考えていたときに、アロマテラピーの講師の方々からお声がかかり、家庭用蒸留器『リカロマ』の開発を行いました」
「関谷理化」3代目の関谷幸樹さん。
「関谷理化」3代目の関谷幸樹さん。
同時にリカロマを普及させるため蒸留のワークショップを始めたところ、バーテンダーやパティシエなど参加者が増え、その輪はどんどん広がっていったという。そして〈深川蒸留所〉誕生のきっかけのひとつにもなった、日本のクラフトジンの第一人者として知られる三浦武明さんとの出会いがあった。

関谷「三浦さんが熱量高くクラフトジンについて話してくれて、そのおもしろさや可能性を知ることができました。でも、この時点では自分でクラフトジンを製造する気はありませんでした。あくまで僕の目的は理化学ガラスの職人に仕事を生み出すこと。他社の蒸留器を仕入れてクラフトジンを作るという考えはなかったですね」

ここで事態が大きく進む契機となったのは、清澄白河で〈BAR NICO〉を経営する店主の小林幸太さんの存在でした。

 

マイクロ蒸留所の先駆け〈アルケミエ辰巳蒸留所〉との出会い


小林さんもまた、クラフトジンに魅了されたうちの1人。〈BAR NICO〉でも多くのクラフトジンを取り扱い、ジンに特化したバーとして来店する客にその魅力を伝え続けていた。

小林「関谷さんを通じて、クラフトジンに関わっている方を何人か紹介してもらい、さらに自分のなかでの熱量が高まっていきました。ちょうどコロナの影響で、お店の運営が落ち着いていたタイミングで、余った時間を活用し各地の蒸留所の見学に行くことにしたんです」

ちなみに関谷さんと小林さんの出会いは、深川の交流イベント「コウトーク」が始まりだそう。深川地域を盛り上げようと始まったイベントで、2人はこの出会いをきっかけに、街歩きイベントなどの企画も手がけてきた。
〈BAR NICO〉店主の小林幸太さん。
〈BAR NICO〉店主の小林幸太さん。
関谷さんを誘い、2人が訪れたのは岐阜県にある〈アルケミエ辰巳蒸留所〉。オーナーの辰巳祥平さんはマイクロ蒸留所の先駆け的存在として有名だ。2人はここで、〈アルケミエ辰巳蒸留所〉のカブト釜蒸留器に出会う。

関谷「辰巳蒸留所でみたカブト釜蒸留器とリカロマの構造がほぼ一緒だったので驚きました。この原始的な構造でこんなに素晴らしい製品がつくれるのであれば、自分たちにもできるのではないかと考えたんです。何より蒸留器を自社で開発したら、職人たちの仕事につながると思い、オリジナルの蒸留器づくりにトライすることにしました」

もともと「関谷理化」で取引があったチェコ産のフラスコを使って蒸留器づくりをスタート。カブト釜蒸留器のような口径の大きい構造にするのは難しかったため、辰巳さんのアドバイスを元に、江戸時代に流通したといわれる古典的なツブロ式蒸留器を参考に開発が進められた。試行錯誤の末、完成したのが「ニューツブロ蒸留器」だ。研究室で使われるマントルヒーターとフラスコをイメージしたデザインになっているそう。「ニューツブロ蒸留器」は、立ち昇った蒸気がドーム状の銅製冷却部にあたった際に冷やされて液体化するというシンプルな構造の蒸留器。理化学ガラスを使っているので、中の様子を見ながら蒸留できるのも利点だという。

さらに2024年には蒸留器製造のノウハウを活かし、新しい蒸留器「ニューエバポ蒸留器」を完成させる。もともと「関谷理化」で取り扱っていた減圧蒸留器「ロータリーエバポレーター」を参考にして開発されたもので、「ニューツブロ蒸留器」よりも低い温度で蒸留できるのが特徴だ。熱に弱い香り成分も抽出できるので、「ニューエバポ蒸留器」が加わったことでより香り豊かなクラフトジンの製造を可能にした。

人と人とのつながりで生まれたクラフトジンの数々


〈深川蒸留所〉は、2023年4月29日に「FUEKI」をリリース。その後は、季節限定として「深川ツブロ」シリーズを月に1種類ずつ発売している。いずれも「ニューツブロ蒸留器」と、「ニューエバポ蒸留器」を素材に合わせて使い分けながら製造を行っている。
「FUEKI」は通年販売のクラフトジンで、かつて深川が材木置き場として発展してきた歴史に着目し、材木チップを使ったお酒として仕上げた。深川にある材木問屋から仕入れた青森ヒバをメインボタニカルとして使用している。おすすめの飲み方はソーダ割。青森ヒバとベチバーの深みのあるウッディな香りや、青じそやレモンの清涼感が絶妙に合わさり、爽やかな味わいが楽しめる。

商品名は、松尾芭蕉の「不易流行(いつまでも変わらない“不易”の精神を大事にしつつ、新しいものを取り入れること)」を元に名づけられた。じつは深川は、松尾芭蕉のゆかりの地でもある。さらに、ラベルには地元の祭である「水かけ祭」の水しぶきを撮影した写真が使われるなど、深川を強く意識した商品設計になっている。
 通年販売している「FUEKI」提供:深川蒸留所
 通年販売している「FUEKI」
提供:深川蒸留所
一方で「深川ツブロ」は、その時期の旬の素材を使ったクラフトジン。これまでコーヒーや苺、カモミールなどさまざまな素材を使ったクラフトジンが発売されてきた。たとえば2つの蒸留器を使用し、香りを立体的に組み立てた「深川ツブロ/苺」は、まるでもぎたての苺のようにみずみずしく贅沢な風味。2025年9月13日に第3弾が発売される「深川ツブロ/薫衣草(ラベンダー)」は、ラベンダーの柔らかく神秘的な香りと、ジンの力強い味わいがシンクロした人気の1本だ。すべてのクラフトジンに風味のまとめ役として、甘みが香るベチバーが使用されている。

関谷「深川出身で今は静岡で農家をしている知人から苺を仕入れたり、同じ江東区の企業・カミツレ研究所のカモミールを使ったりなど、これまでのつながりを製品づくりに活かしています。人気の『深川ツブロ/珈琲』は、地元の名店〈ARiSE COFFEE ROASTERS〉で出している水出しコーヒーの出がらしを活用。第5弾まで発売されていますが、ネロリやスターアニスを組み合わせるなど、すべて異なるレシピになっています」
人と人とのつながりから生まれた〈深川蒸留所〉のクラフトジンたち。そこには人情味あふれる深川らしいエッセンスが組み込まれているように感じる。今後は蒸留酒ベースのリキュールや、ジンのソーダ缶の開発を目指しているそう。「不易流行」をキーワードに新たなチャレンジを続ける〈深川蒸留所〉のこれからに目が離せない。
オープンデーでは「ツブロ蒸留器」を眺めながら、クラフトジンのオリジナルカクテルなどが飲める。当日はボトルの購入も可能。
オープンデーでは「ツブロ蒸留器」を眺めながら、クラフトジンのオリジナルカクテルなどが飲める。当日はボトルの購入も可能。

〈BAR NICO〉で深川蒸留所のクラフトジンを楽しむ


毎月開催される〈深川蒸留所〉のオープンデーのあとは、さらにクラフトジンを楽しむべく〈BAR NICO〉に立ち寄る方が非常に多いという。小林さんに案内していただきながら、〈深川蒸留所〉から徒歩15分ほどの位置にある〈BAR NICO〉に足を運んだ。
明るいグリーンの建物が目印。
明るいグリーンの建物が目印。
2階建ての建物には3つのお店が入っていて、〈BAR NICO〉は2階にある。ちなみに、1階正面はスパイスカレーとジンが楽しめる〈NICO 25 TO GO(ニコ トゥー ゴー)〉、側面のお店は〈NICO酒店〉だ。〈NICO酒店〉は薬剤師が番頭に立つ一風変わった酒屋で、もちろん〈深川蒸留所〉のクラフトジンも購入できる。
〈BAR NICO〉内観。
〈BAR NICO〉内観。
渋谷や新宿、八丁堀など東京のあらゆるエリアで料理人やバーテンダーとして活躍してきた小林さんが、〈BAR NICO〉を任されるようになったのは約18年前のこと。2016年頃からクラフトジンの魅力に気づき、さまざまな種類のジンを集めるうちに、ジンに強みをもつバーへと変化していった。小林さんはクラフトジンを「初めてできた酒の推しジャンル」と話す。

小林「ジンごとに味わいが大きく違う、個性派ぞろいのクラフトジンの世界にどんどんのめり込んでいきました。多種多様な味わいがあるので、ジンを飲んだことがない人や飲み慣れていない人にも勧めやすいお酒だと感じました。『クラシックなドライジンの味わいが苦手だったら、こっちのジンはどう?』など人に勧めるのが次第に好きになっていったんです」
〈深川蒸留所〉のクラフトジンも多くの種類があり、香りも味わいもさまざま。初めて飲む人は飲み方に迷ってしまいそうだが、料理のペアリングはどのように考えたらよいのだろうか?

小林「難しく考える必要はなく、王道のペアリングとしてまずはスパイスやハーブを使った料理に合わせてみてはどうでしょう。クラフトジンはスパイスやハーブをボタニカルとして使用しているので、カレーやエスニック料理などによくマッチします。ほかにも『深川ツブロ/苺』だったら大福と合わせて、苺大福のようなコンビネーションを楽しむのもおもしろいですよ」
〈深川蒸留所〉のクラフトジンのなかでも特に「FUEKI」はどんな料理にも合わせやすく、おすすめなのだそう。最近では焼き鳥屋さんでもよく提供されており、炭の香りと「FUEKI」の爽やかな香りがよく合うのだとか。せっかくなので、「FUEKI」に合う〈BAR NICO〉のおすすめ料理をいくつか注文した。
「旨馬カレー」1,700円
「旨馬カレー」1,700円
「ラム肉とミントのクミン炒め」900円
「ラム肉とミントのクミン炒め」900円
「旨馬カレー」は馬肉をたっぷり使ったスパイスカレー。〈BAR NICO〉はジビエにも力を入れており、山梨県や北海道の知り合いの猟師から仕入れているそう。馬肉の旨味とソーダ割りにした「FUEKI」の爽やかさがよく合う。「ラム肉とミントのクミン炒め」はラム肉の濃厚な脂が、「FUEKI」の清涼感のある後味ですっきりと流れるよう。料理のおいしさを引き立てる「FUEKI」なら、さまざまな料理とのペアリングが楽しめそうだ。料理と一緒に〈深川蒸留所〉のクラフトジンを楽しんだら、ジンの魅力をさらに感じることができた。

理化学ガラス職人の仕事を生みたいという思いから始まった〈深川蒸留所〉のクラフトジンづくり。歴史ある深川の地に〈深川蒸留所〉のクラフトジンという新しいエッセンスが加わり、街のおもしろさがどんどん加速していきそうだ。「不易流行」を体現する〈深川蒸留所〉のクラフトジンを巡って街を旅したら、深川の新たな魅力に出会えるに違いない。



Text:Ayumi Otaki
Photo:Misa Nakagaki



いつもと違う東京都観光には、江東区の〈深川蒸留所〉がおすすめ。


深川蒸留所


所在地東京都江東区平野2丁目3-15
アクセス東京メトロ「清澄白河駅」から徒歩約8分
URLhttps://fukagawa-distillery.tokyo/
Instagram@fukagawa.distillery
営業日※詳しくは公式Instagramをご確認ください。

BAR NICO


所在地東京都江東区高橋11-1 2階
アクセス東京メトロ「清澄白河駅」から徒歩約3分
電話番号03-3846-1211
Instagram@bar_nico25
営業時間20:00〜翌3:00
休業日日曜、月曜

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。