いま再注目の“発酵”ツーリズムへ


降り立ったのは、JR北陸本線の長浜駅。駅前には「黒壁スクエア」という商業エリアが広がり、多くの観光客で賑わう。明治時代の古建築を活かしたガラスショップやカフェなど、レトロな街並を歩いていくと、10分ほどでお目当ての「湖<うみ>のスコーレ」に着いた。ここは2021年12月に新しくオープンした、発酵を中心とした体験型の商業文化施設だ。
“発酵”は「健康や美容にいい」と近年再び脚光を浴びている食文化。滋賀県でも古くから豊かな発酵文化の土壌が育まれ、地酒、漬物、味噌、醤油、酢の醸造元などが多数存在するという。今回はそんな発酵文化の代表ともいえる「鮒ずし」の料理教室に参加し、日々の暮らしにちょっと潤いを与えてくれるような学びを深めたい。
すてきな絵が描かれた外観に、どんな発見が待っているのかとワクワク感が高まる。
すてきな絵が描かれた外観に、どんな発見が待っているのかとワクワク感が高まる。

『暮らしの学び』を体験できる、うみの学校


日本最大の琵琶湖を有する滋賀県では、親しみと敬意を込めて琵琶湖のことを「うみ」と呼ぶそう。そこに、ギリシャ語で「学校」を意味する「スコーレ」をつけて、「湖のスコーレ」と名付けられた。だから、ここは単にモノを買う場所ではなく、小さな学びのきっかけがたくさん散りばめられた文化の発信基地ともいえる。
中庭の緑を眺めながら、滋賀県産の食材を使ったメニューが楽しめる喫茶室。
中庭の緑を眺めながら、滋賀県産の食材を使ったメニューが楽しめる喫茶室。
企画・プロデュースは「くるみの木」の石村由起子さんと「D&DEPARTMENT PROJECT」の相馬夕輝さん、ロゴマークは「ミナペルホネン」の皆川明さんが制作されるなど、いろんな人の豊かな感性があちこちに感じられるのも面白い。

発酵文化を味わい尽くす、プレミアムな体験

まずは予約していた体験教室へ。「湖のスコーレ」では発酵文化を学べる様々な教室やイベントが開催されており、今日参加するのは発酵・料理家たやまさこ先生の料理教室「鮒ずしでおもてなし」編。鮒ずしは、春に塩漬けしたニゴロブナを、暑い夏、ごはんに漬け発酵させた滋賀のソウルフード。魚独特の発酵臭と強い酸味が苦手という人も多く、他府県ではあまりメジャーでない郷土食だ。
そこで、たやまさこ先生は「鮒ずしをもっとカジュアルに楽しめる洋のおもてなし」を提案。そのまま食べるだけでなく、調味料として使うポイントを教えてくれた。鮒ずし飯〈いい〉(鮒と一緒に漬けて発酵したご飯)のクリームスープは、塩麹をもみ込んだ鶏肉と、野菜の美味しさを引き出す火の通し方で旨味を凝縮。ブイヨンを使わず深みのある味に。クセがあると思っていた鮒ずし飯がまるでチーズのようなコクのある味わいになり、新鮮な驚きに満たされる。
各テーブルでちらし寿しを混ぜながら、「きれいな色ですね」などと会話も弾む。
各テーブルでちらし寿しを混ぜながら、「きれいな色ですね」などと会話も弾む。
洋風ちらし寿しは、鮒ずし飯と酢、オイルを混ぜ、そこに好みの茹で野菜や炒り卵を加えると、彩り華やかな一品に。鮒ずしの頭と尾っぽは細かくたたき切りして、なめろうが完成。鮒ずしのスライスには、はちみつをかけ酸味を和らげ食べやすくしたり、デザートには、鮒ずし飯とクリームチーズを混ぜドライフルーツをトッピング。「こんな食べ方があったの!」と目からウロコの新発見ばかり。
彩り美しい洋風ちらし寿しの完成。おもてなし料理にふさわしい一品。
彩り美しい洋風ちらし寿しの完成。おもてなし料理にふさわしい一品。
鮒ずしにクリームチーズやはちみつを合わせたデザートと、鮒ずしのなめろう。鮒ずしがこんなオシャレな一皿に変身するとは。
鮒ずしにクリームチーズやはちみつを合わせたデザートと、鮒ずしのなめろう。鮒ずしがこんなオシャレな一皿に変身するとは。
メニューの作り方はもちろん、ところどころに先生が話してくださる生活の知恵や、生徒同士の会話にも実りが多い。一方通行のレクチャーではなく、学び合いができるところに魅力を感じた時間だった。

 

作り手・売り手・語り手として、スタッフがマルチタスクに活躍


そして体験教室が終わった後は、広々としたショップエリアを探索。こちらは奈良のカフェ&雑貨店「くるみの木」がセレクトした、本物志向の暮らしのアイテムが並ぶ。用と美を兼ね備えたカゴや食器、シンプルで仕立てのいい服、ちょっと特別感のある食品など、日々を豊かにしてくれるラインナップだ。

館内には、発酵カレーや米麹を使ったチーズケーキなどのメニューが味わえる「喫茶室」や、テイクアウト専門の「発酵スタンド」も。また、醸造家・ハッピー太郎さんが味噌や甘酒、どぶろく醸造を行う「醸造室」、滋賀県竜王町にある「古株牧場」監修の「チーズ製造室」を有しているのも、ここならでは。
ハッピー太郎さんの発酵愛が詰まった「どぶろく」。甘口にはキツネの雌ラベル、辛口には雄ラベルが貼られていてパッケージもかわいい。
ハッピー太郎さんの発酵愛が詰まった「どぶろく」。甘口にはキツネの雌ラベル、辛口には雄ラベルが貼られていてパッケージもかわいい。
発酵の幅広い経験と知識をもとに「話せる発酵屋」として活動するハッピー太郎さん。
発酵の幅広い経験と知識をもとに「話せる発酵屋」として活動するハッピー太郎さん。
湖のスコーレの広報・高本さんにお話を伺うと、「ここではスタッフも製造に参加しているんです。チーズは牧場から搾りたての生乳を届けてもらい、施設内のチーズ製造室と熟成庫でスタッフが製造・熟成をさせてチーズを作ります」。つまり、スタッフは作り手であり、売り手であり、語り手でもあるということ。
スタッフ自身が作り手として、施設内でチーズを製造。
スタッフ自身が作り手として、施設内でチーズを製造。

図書印刷室やアートギャラリーまで、いろんな顔をもつ場所

彦根市の「ミッツファインブックストア」がセレクトする新刊書籍と、プロデューサーの石村由起子さん、相馬夕輝さんが集めた古書が並ぶ。
彦根市の「ミッツファインブックストア」がセレクトする新刊書籍と、プロデューサーの石村由起子さん、相馬夕輝さんが集めた古書が並ぶ。
さらに奥へ進むと、およそ3000冊の新刊と古書が並ぶ書籍コーナーに、リソグラフ印刷機を設けた図書印刷室もあり、大人も子どもも興味をそそられる本がずらり。紙や本の手触りを感じられる印刷ワークショップも開催しているそうで、学びたい欲求にしっかりと応えてくれる。
リソグラフ印刷機を使って印刷したミスプリントも壁を飾るアートに。失敗作なのにどこか味わいがある。
リソグラフ印刷機を使って印刷したミスプリントも壁を飾るアートに。失敗作なのにどこか味わいがある。
2階は、アウトサイダーアートの発信地として注目される滋賀県甲賀市「やまなみ工房」のアーティストたちが描いた作品を展示するギャラリー。ダイナミックかつユニークな作品に、日常の凝り固まった心が動き出すのがわかる。
こうして「湖のスコーレ」の全貌を見ていくと、発酵を含む湖国の文化や暮らしをまるごと体感できるクールなミュージアムのような場所だなと思った。前述の高本さんいわく「湖のスコーレは体験型の商業文化施設と謳っていますが、すべてご覧になった方は違う印象を持たれるみたいです。施設内で発酵食品を製造し、生活道具などのショップ、喫茶室やスタンド、図書印刷室、ギャラリー、体験教室があるという、いろんなものが混ざり合った場所なので、なかなかひと言では表しづらいですよね」と。

訪れた人が、ここで作られたものを味わい、体験し、いろんなこと・もの・ひとを知って学ぶ。あなただったら、「湖のスコーレ」を体感した後にここをどんな施設だと表現するだろうか。



Text: Kaori Izumi
Photo:Misa Sugiyama



いつもと違う滋賀県観光には、長浜市の〈湖のスコーレ〉がおすすめ。
 

湖のスコーレ


所在地滋賀県長浜市元浜町13-29
アクセスJR長浜駅から徒歩10分
電話番号0749-53-3401
URLhttps://www.umi-no-schole.jp/
営業時間11:00〜18:00(喫茶室11:00~17:00)
休業日火曜

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。