沼津の街に息づくレトロを探しに。

高度経済成長とともに発展し、静岡県東部エリアの「商都」とも呼ばれた沼津市。今でも商都としての面影が残り、沼津駅の南北エリアや狩野川沿いなど中心市街地には複数の商店街があり、周辺には沼津港など人気の観光スポットもある。今回はどこか昔懐かしい雰囲気が漂う沼津の街を歩いて、レトロを探す旅路。市のシンボルでもある狩野川を起点に、レトロなスポットを訪れてまわった。

〈桃屋〉の総菜パンは沼津のソウルフード。


伊豆半島の付け根部分に位置し、海と山の豊かな自然に囲まれた沼津市。市の中心部には駿河湾へと注ぐ、一級河川の狩野川が流れ、穏やかな時間を紡がれている。沼津港など自然の恵みを活かした観光スポットも有名だ。
そんな風光明媚な沼津市は、どこか昔懐かしい空気感をまとう街でもある。中心市街地には沼津駅の北口から南口、沼津港の近くまで広く商店街が残っており、古き良き時代を彷彿させるような雰囲気がある。特に沼津駅の南口側は昔ながらの飲食店や洋品店が多く、散策にもおすすめだ。

たくさんのお店があるなか、とりわけ気になるお店があり、立ち寄ってみることに。訪れたのは、市民に長年愛される総菜パンと総菜のお店〈桃屋〉。
沼津駅から約10分ほど、銀座通り商店会にある〈桃屋〉は昭和39年(1964年)に創業。初代店主が映画のシーンから着想を経て、片手で食べられるようにと考案した、たれ付きのサンドが人気だ。ふわふわのコッペパンにお店で揚げた惣菜を挟み、たれをかけたシンプルな総菜パンは、約60年にわたって市民の胃袋を満たし続けてきた。まさに沼津のソウルフード的存在だ。
ガラスケースにはメンチカツサンドなど数種類の総菜パンが並ぶ。
ガラスケースにはメンチカツサンドなど数種類の総菜パンが並ぶ。
たれはソース味のほか、甘めのたれ味があるのが珍しい。創業当初からある桃屋オリジナルの「甘たれ」は甘じょっぱさがたまらなく、ファンも多い。現在お店を切り盛りしているのは、ご両親からお店を引き継いだという内田元彦さん。
「今年(2025年)の頭は少しお休みしていましたが、お客様から『営業を再開してほしい』との声が多く、継ぐことにしました」と話す。

創業以来、パンやたれの味わいをそのままに、お店の味を守りながら営業を続けている。できるだけリーズナブルな価格を貫いているのも、ご両親が始めた〈桃屋〉の思いを引き継いでいるからこそ。
現在では市民だけでなく県外からのお客様も多く、11:30くらいから行列ができるほどの人気っぷり。なかには一気に10個も買うお客様もいるそう。日によっては早めに売り切れてしまう場合もあるため、午前中に訪れるのがおすすめだ。

 

狩野川に癒されながら〈桃屋〉の総菜パンを楽しむ。


〈桃屋〉のほど近くには、沼津市のシンボル・狩野川が流れている。〈桃屋〉で購入した総菜パンを狩野川の河川敷で食べるのは、沼津ではお馴染みのシチュエーションだ。
コロッケサンド(甘たれ) 200円。
コロッケサンド(甘たれ) 200円。
狩野川の雄大な景色を楽しみながら、〈桃屋〉で買った「コロッケサンド」を頬張る。ホクホクのコロッケに、濃厚な「甘たれ」がマッチしてやみつきになりそう。昔懐かしい味わいに、自然とホッと心が和んだ。

店主の内田さん曰く、「メンチカツサンド」も人気だという。次に沼津市を訪れた際には〈桃屋〉の「メンチカツサンド」を片手に商店街をまわるのも良いかもしれない。
映画のロケ地にもなったあゆみ橋。
映画のロケ地にもなったあゆみ橋。
小腹を満たしたあとは、狩野川沿いを少し歩いてみよう。川沿いには芝生の緑地が整備されており、景観を楽しみながら散歩を楽しめる。この日は天気がよかったので、ウォーキングやジョギングを楽しむ人もちらほら。

穏やかな川を眺めながら深呼吸すると、すっかり清々しい気分に。今日もよい旅になりそうだ。さぁ、次のスポットへ向かおう。

満足度たっぷりのランチが味わえる〈マリー・ルウ〉。


次はランチのお店へ。狩野川にかかる御成橋を渡ってほど近くにある喫茶店〈マリー・ルウ〉へ向かった。
〈マリー・ルウ〉外観。白を基調としたレトロな建物がかわいらしい。
〈マリー・ルウ〉外観。白を基調としたレトロな建物がかわいらしい。
沼津市役所の近くに、昭和58年(1983年)にオープンした〈マリー・ルウ〉。店主の川口博光さんが名古屋の喫茶店で修行したあと、ご両親が銭湯を営業していた跡地を引き継いで喫茶店をいちから立ち上げた。

場所柄、客層の中心は市役所の職員だそう。最近ではアニメ作品や、レトロブームの影響で観光客も多く訪れる。国内だけに限らず、韓国からの旅行者も多いそうだ。メニューはカレーやパスタ、オムライスなど種類が豊富。時代の変化に合わせてお客様に喜んでもらえるようメニューを変えてきたという。

「若い人にたくさん食べてほしいから、量と値段はほかの店に負けないよ」と川口さんは自信を持つ。その満足度の高さから、毎日通う人もいるそうだ。
今回は一番人気だというオムライスを注文。サラダとコーヒーがついて値段は900円、リーズナブルでお得なセットだ。

コーヒーは、初めから甘みがついている〈マリー・ルウ〉オリジナルの一杯。開業した当時、コーヒーはブラックではなく砂糖やミルクを入れて飲むスタイルが主流だったため、その名残が今も残っているそうだ。
オムライスセット 900円。ドリンクは、トロリと滑らかなクリームがのったリッチなコーヒーに変えることも可能。
オムライスセット 900円。ドリンクは、トロリと滑らかなクリームがのったリッチなコーヒーに変えることも可能。
甘めのハヤシライスソースがかかったオムライスは、ボリュームたっぷり。濃厚な味わいで思わず笑顔になるおいしさだ。オリジナルブレンドのコーヒーは苦味が強くなく、すっきりとしており、ほのかな甘みがよく合う。明るい店内は居心地がよく、ついつい長居してしまいそうだ。店主の川口さんのお人柄もよく、お店の雰囲気も素敵な〈マリー・ルウ〉は、何度も通いたくなるお店だった。

〈沼津御用邸記念公園〉でレトロに浸る。


次は狩野川河口の南側に位置する〈沼津御用邸記念公園〉を目指す。ここは、大正天皇のご静養のために本邸が造営されたことをきっかけに、明治・大正・昭和を通じて皇族の方々が利用された別荘地。今は記念公園として一般公開されている。
〈沼津御用邸記念公園〉の入り口。
〈沼津御用邸記念公園〉の入り口。
昭和20年(1945年)の沼津大空襲で本邸は焼け落ちてしまったが、附属邸は今も残っている。今回はそのひとつである西附属邸を見学することに。西附属邸は、皇孫殿下の養育主任だった川村純義伯爵の別荘を買い上げ、皇居賢所附属建物を移築したのが始まり。その後、増築しながら、大正11年(1922年)には今の姿となった。
昔は島郷海岸からの心地良い風が吹き抜けたことから、沼津は避暑地として有名だったそう。
昔は島郷海岸からの心地良い風が吹き抜けたことから、沼津は避暑地として有名だったそう。
木造平屋建ての和風住宅でありながら、西洋の家具や調度品など、随所に和洋折衷方式が取り入れられているのが特徴。当時の最先端の技術やデザインが施されているそうで、どこを切り取っても絵になる。見どころのひとつは窓に使われている、大正から昭和にかけての国産手作りガラス。職人が一枚一枚吹いて作っていたため、同じものは皆無である。光が当たってキラキラと揺らめき、まるで時が止まったかのような美しさだ。

部屋によって照明や釘隠しのデザインが違うのも見どころ。随所に散りばめられたこだわりを、じっくり眺めながら見学するのも楽しい。
釘の頭を隠すために施された釘隠し。
釘の頭を隠すために施された釘隠し。
西附属邸内の電球は当時に合わせて、すべて60ワットに揃えられているそう。ほのかな明かりがレトロ感をより高めてくれ、まるで当時にタイムスリップしたような気分が味わえた。
西附属邸を見学したあとは、公園内を散策。本邸の厩舎(きゅうしゃ)を改築した喫茶店や、歴史民俗資料館など見どころ満載で一日中過ごせそうだ。
当時、メインの入り口だった青銅門。写真スポットとして人気。
当時、メインの入り口だった青銅門。写真スポットとして人気。
この時期は182個の風鈴が飾られる「風鈴の小路(夏季限定)」が開催されていて、とても涼しげ。

〈沼津御用邸記念公園〉はあじさいの名所でもあるそうなので、また違った季節に訪れてみたい。

〈欧蘭陀館 香貫店〉でダッチコーヒーと喫茶スイーツを。


最後に訪れるのは、国道414号沿いにあるレトロ喫茶〈欧蘭陀館 香貫店〉。沼津御用邸記念公園からバスを使って約12分ほどの位置にある。
重厚感のある外観は、雰囲気たっぷりでとても素敵。
重厚感のある外観は、雰囲気たっぷりでとても素敵。
〈欧蘭陀館 香貫店〉は1975年創業の老舗喫茶。店内の飾られているアンティーク雑貨は横山さん夫妻の趣味だそう。ゴシック調の建物のなかに蓄音機や置き時計、タイプライターなど、味わいのある珍しいアンティーク雑貨があちこちに配置されており、唯一無二の空間が作り上げられている。
店内には、店名の由来になっているダッチコーヒーの器具も。ダッチコーヒーとはお湯ではなく冷水でコーヒーを抽出する方法で、その昔オランダの領地である東インド(現インドネシア)で生まれた。オランダ人が考案したので、「Dutch(オランダ)」という名前がつけられたといわれる。
ハンドドリップで提供されるコーヒー以外は、実際にこの器具を使って抽出されている。豆はブラジル産を主体とし、3種のコーヒー豆をブレンドした当店オリジナル。「ポタッ」「ポタッ」と一滴ずつ、約8時間かけて丁寧に抽出されるコーヒーは、渋味や苦味が抑えられ、スッキリとした味わいになるのだとか。
欧蘭陀珈琲(アイスコーヒー)600円。氷が入っていないため味が薄まらないのもうれしい。
欧蘭陀珈琲(アイスコーヒー)600円。氷が入っていないため味が薄まらないのもうれしい。
抽出したコーヒーは専用のタンクに入れてストックし、常温やホット、アイスコーヒーなど、さまざまな形態で提供される。ミルクを注ぎ入れた「カフェ・オ・レ」や生クリーム主体の「ウインナコーヒー」などバリエーション豊富で、カクテルメニューも。手作りのコーヒーゼリーにもダッチコーヒーが使われているそう。人気メニューのひとつであるプリンも注文。喫茶店らしい固めのクラシカルなプリンは、さまざまな喫茶店を周って考案した自慢のひと皿。キャラメルの苦味が効いた、大人のプリンだ。

ドリンクやデザートのメニュー以外に、ナポリタンやドリアなどこだわりのお食事メニューも揃う〈欧蘭陀館 香貫店〉。いつ訪れても充実した時間が過ごせること間違いなしの素敵なお店だった。

最後は狩野川に寄り、今回の旅の締めへ。夕焼けに染まる狩野川は美しく、沼津の街の素晴らしさをしみじみ感じることができた。

思わず写真に収めたくなるようなレトロなスポットがたくさんある沼津。多くの美しい写真とともに、素敵な思い出ができて大満足の旅だった。

沼津で見つけたレトロな看板たち



Text:Ayumi Otaki
Photo:Misa Nakagaki



いつもと違う静岡県観光には、沼津市の〈桃屋〉〈マリー・ルウ〉〈沼津御用邸記念公園〉〈欧蘭陀館 香貫店〉がおすすめ。

桃屋


所在地静岡県沼津市町方町5
アクセスJR「沼津駅」から徒歩約10分
電話番号055-962-7824
営業時間9:30〜売り切れるまで
休業日水曜(祝日の場合は翌日)


 

マリー・ルウ


所在地静岡県沼津市市場町6-25
アクセスJR「沼津駅」から徒歩約15分
電話番号055-932-5941
営業時間11:00〜18:00(L.O.17:30)
休業日日曜・祝日


 

沼津御用邸記念公園


所在地静岡県沼津市下香貫島郷2802-1
アクセスJR「沼津駅」からバスで約15分
電話番号055-931-0005
URLhttp://www.numazu-goyotei.com/
開園時間9:00〜16:30
休園日12/29〜1/3
入園料大人 410円/小・中学生 200円(西附属邸観覧料込)
※公園のみ利用の場合は大人 100円/小・中学生 50円


 

欧蘭陀館 香貫店


所在地静岡県沼津市上香貫三園町1373
アクセスJR「沼津駅」からバスで約8分、下車後徒歩約3〜4分
電話番号055-932-9525
Instagram@orandakan
営業時間平日10:00〜21:00(L.O.20:00)
土日祝10:00〜20:00(L.O.フード18:30/ドリンク&デザート19:00)
休業日月曜、隔週火曜


 
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