地域の文化に興味を持ち地元へUターン

徳川家康の生誕の地として知られる愛知県岡崎市は、岡崎城などの観光資源がありつつ、適度に都会的なイメージを持ち合わせた街。しかし視点を変えて巡ると、なんとも個性的でディープな一面が見えてくるのだそう。岡崎の商業の中心地・康生地区でマイクロホテル〈ANGLE〉を立ち上げ、街の魅力を発信し続けている飯田圭さんにお話を伺った。伝馬通りの一角にある〈ANGLE〉は2020年6月にオープンした全6室のミニマルなホテル。地元で歴史あるカメラ屋さんをリノベーションした建物は、シンプルだけど随所にこだわりがあり、居心地の良い空間になっている。「ぼくらの“アングル”をきっかけに、岡崎のまちを捉えるマイクロホテル」をコンセプトに、宿泊者に地域の見どころやお店の紹介を積極的に行っているという飯田さん。山梨県ご出身で、岡崎市には縁もゆかりもなかった飯田さんが〈ANGLE〉を開業するきっかけは、大学時代の出会いにあった。
 
「サッカーの推薦で青山学院大学の総合文化政策学部に入学しました。その学部で地域の文化を研究するうちに、地域の面白さに気づいたんです。文化がどのように続き、残るかを知りたいと思うようになり、地域に関わる仕事をするため卒業後は山梨にUターンして地方銀行に就職しました」

地域の情報を得て新事業につなげたり、意欲のある事業者に融資をして新しい価値を創造したりなど、銀行でやり遂げたいことを思い描いていた飯田さん。しかし日々の業務の忙しさから、なかなか思うようにチャレンジができなかったという。「自分がしたいことに取り組むには、銀行では時間がかかり過ぎる」と気づき、思い切って転職を決意した。「岡崎は街づくりが盛んな地域で、そのサポートを行う中小企業支援施設がありました。売り上げを伸ばすためのサービスを考えるなど、伴走しながら支援する業務に興味をもち、就職したのがこの地に来たきっかけです。しかし、多くのやりがいがある一方で、事業を立ち上げたことのない自分の言葉に説得力があるのか不安に思うときも。まずは経験してみようと、岡崎で事業を始めることにしました」

 

地域の魅力を発信するメディアのようなホテル


誰も知り合いがいない土地に来た飯田さんが、まず始めたのは岡崎の街巡り。ひとりでさまざまなお店に訪れたり、店主に声をかけたりするうちに岡崎の街の面白さに気づいたそう。
「創業100年の老舗など古き良きお店がある一方で、新しいお店も増え始めていて、新旧入り混じった独特の雰囲気が岡崎にはあります。岡崎に長く住んでる人にとっては普通のことでも、県外から来た僕には面白く感じられることもあって、こういった魅力を伝える事業がしたいと思ったんです」

かねてから岡崎にはビジネスホテルではない、地域密着型の宿が必要だと思っていたこともあり、ホテルの立ち上げを決意した。宿は街の入り口にもなる場所。ここから街の見どころや面白さを伝えるメディアのような役割を担えないかと考えた。
「定食屋のような気軽さのある、アンティークにあふれたフレンチや、ジャズの流れる看板のないラーメン屋さんなど個性的なお店がたくさんあるんです。初めての人が入りにくそうなお店も多いので、僕たちがお客さんに紹介することで入店のハードルを下げられたらなと。『ANGLEの紹介で来ました』といえば話も弾むと思いますし、もっとディープな岡崎の魅力に触れられるはずです」

街案内のために作成した「東岡崎・康生 暮らしかんこうマップ」には、そんなユニークなスポットが多数掲載されている。掲載スポットは、必ず飯田さんやスタッフの方々が実際に訪れて、関係性ができているお店から選定。岡崎で暮らす人の目線で編集されたマップだからこそ、観光客目線では気づきにくい新たな価値に触れることができる。地域企業とコラボして作ったインテリアなどを、ホテル内に配置しているのも飯田さんのこだわり。地域企業について知る機会になるだけでなく、実際に触って使って、その良さを実感できる。

「ホテルは日常の延長なので、岡崎で暮らす生活の豊かさを疑似体験してもらいたいと思い、始めました。暮らしの質を上げる提案も兼ねています。〈ANGLE〉に泊まった後、自分の街に帰ったときに、街を見る視点が少し変わるのではないかと思います」

街の編集室という立ち位置でこれからも


〈ANGLE〉をオープンしてから4年が経ち、現在は東京から関西、北陸などさまざまな地域から人が訪れるようになった。〈ANGLE〉を目的に訪れ、街散策を楽しむ方も多いという。

「オープン当初はちょうどコロナ禍で営業もままならない状況で大変苦労しました。でもこの期間にポップアップイベントなどを開催し、地元の方にも利用してもらったことで、結果的に岡崎を見つめ直す良い機会になったと感じています。地域の方にとっても、地元のありのままの魅力に気づくきっかけになっていたら嬉しいです」
市内で一番古いカメラ店「泉崖堂」の建物を利用できたことも、〈ANGLE〉が地域に溶け込む足がかりになった。大学時代に地域文化の継承や移り変わりに興味をもった飯田さんは、建物を新しくリノベーションしながらも、「泉崖堂」の名残が感じられる工夫を凝らしている。

「カメラにちなんでホテルの名前を『アングル』にしたり、泉崖堂で販売されていたカメラを飾ったり、あえてカメラ屋さんの文脈を残して、地域に根差す新しい価値を生み出せたらと考えたんです。開店前に掃除をした際に貴重なカメラがたくさん出てきたので、何とか活かしたいという気持ちもありました。ほかにも宿泊者にカメラを貸し出すプランもあり、好評です」
〈ANGLE〉をきっかけに岡崎へUターンする方がいるなど、飯田さんの活動による影響は徐々に大きくなっている。でも、岡崎の魅力はまだ伝えきれていないという。現在、三河高原の西端に位置する額田地区(ぬかたちく)に、地元の老舗酒蔵「柴田酒造場」と協働で新しい宿を準備中とのこと。耕作放棄地を活用した農業体験に加え、日本酒づくりが行われる地域自体を味わい、一部参画する体験をセットで提供する予定だ。

「岡崎の街と山間部をつなげたら、より岡崎への理解が深まると考えたんです。中山間部の額田地区には豊かな自然のほか、お寺や美術館などがあり、また違った魅力を感じてもらえると思います。これからも“街の編集室”という立ち場で、地域の見方を変えて、その価値を伝える活動を続けたいですね」取材後、飯田さんおすすめのスポットを巡ってみたら、岡崎の印象がガラリと変わって驚いた。“街を編集する”という飯田さんの視点が加わることで、より岡崎の良さがぐっと高まったのだろう。岡崎の魅力を本当の意味で理解できたような気がした。

〈ANGLE〉に連泊する人や、月1で通う人もいるというのも納得だ。奥が深くて1日ではとても周りきれない。その面白さを体感しに、何度でも岡崎に訪れたい。


Text & Photo:tabigatari editorial department


いつもと違う愛知県観光には、〈ANGLE〉がおすすめ。

マイクロホテル「ANGLE」


所在地愛知県岡崎市籠田町21 センガイドウビル
アクセス名鉄「東岡崎駅」から徒歩約15分
URLhttps://okazaki-angle.com/
Instagram@microhotel.angle
定休日月曜、年始

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