アーティスト荒川修作氏と詩人マドリン・ギンズ氏が構想した巨大な体験型アート作品。
岐阜県西部、養老山地の麓を走る養老鉄道に揺られ、養老駅で下車。大正8年の創建当時の姿を残すレトロな駅舎は、特産のひょうたんで象られた「養老駅」のおどけた文字がなんとも愛らしい。今回の目的地〈養老天命反転地〉は、ここから歩いて15分ほど。どこまでも広がる青空とのどかな田園風景、その道のりが旅の高揚感を掻き立てる。
〈養老天命反転地〉が位置するのは養老公園の敷地内。公園そのものは広大で、日本百名瀑に選ばれている「養老の滝」や「岐阜県こどもの国」、スポーツ施設などを含み、面積はおよそ80haにも及ぶ。
〈養老天命反転地〉は公園の一部でありながら、体験型のアート作品だ。作者であるアーティストの荒川修作氏とパートナーで詩人のマドリン・ギンズは、30年以上にわたる構想を具現化するためにふさわしい環境を、荒川氏の出身地である愛知県とその周辺で探していたという。そんな中、養老公園に出会い、自然な地形が活かされたその環境に一目惚れ。1995年に心のテーマパークとして〈養老天命反転地〉が開園した。
新たな楽しみ方で、アートを身近に。
〈養老天命反転地〉は主に2つのメインパビリオンで構成されている。「極限で似るものの家」と名付けられた迷路のような建造物と、すり鉢状の大地に「極限で似るものの家」を分割したオブジェが散りばめられた「楕円形のフィールド」だ。開園から27年。実は今、〈養老天命反転地〉は作者でさえ予想もしなかった、新たな楽しみ方が若者の間で話題となり、来園者数を伸ばし続けている。ユニークな建築構造や目の錯覚を利用して、誰でも簡単に不思議な写真が撮影できるフォトスポットとしての人気の高まりがその理由だ。
例えば、壁面や塀が24色に彩られた、色鮮やかな「養老天命反転地記念館―養老天命反転地オフィス」。ここでは天地の双子構造を利用し、撮影した写真を上下反転させると、重力を無視したかのような一枚になる。
メインパビリオンの一つ「極限に似るものの家」では、岐阜県の地図上にぽっかりと空いた穴に飛び込むかのような一枚が撮れる。その他にも、工夫次第で各所で摩訶不思議な写真を撮影することができ、自分自身がアート作品の一部になったかのような気分が味わえる。
「スマートフォンとSNSの普及で、新しい遊び方が生まれています。芸術というと堅苦しく感じられるかもしれませんが、単純におもしろい写真が撮れる場所として養老天命反転地を知って、それが芸術に関心を持つきっかけになれば嬉しいです」と、開園当初から勤める職員さん。その想いに応えるかのように、休日ともなれば、多くの若いカップルや親子連れで賑わう。
新たな発見や気づきをもたらす、意外性との遭遇。
さまざまな仕掛けが施された2つのメインパビリオンの1つ、「楕円形のフィールド」には決まった進路がない。縦横に巡らされた回遊路を進むと、次々に自然の造形を生かした斜面が現れ、ふいに平衡感覚を奪われる。訪れた人々は踏み出す一歩一歩に注意を払うことで、自ずと身体感覚を研ぎ澄ますことになる。
「極限で似るものの家」では、本来は床に置かれているはずの机が、椅子が、コンロが、なぜか天井に張り付いていたり、壁を突き抜けていたり。平衡感覚や遠近感を狂わせ、固定観念を覆すことで、普段当たり前だと知覚している世界を捉え直させることこそが、作者の狙いなのだ。そう聞くと、この場所や作品が哲学的で難しく感じられるかもしれない。しかし、実際には考えるより先に、ユニークなアート体験に身体から夢中になっている自分がいる。「頭で考えるより身体で感じること」。そんな作者の声が聞こえるような気がする。
入園時に手渡されるパンフレットには、養老天命反転地をより効果的に体験するための作者からの提案として「養老天命反転地:使用法」が30項目近くにわたり記載されている。以下、そのうち3項目を抜粋して紹介する。
・何度となく家を出たり入ったりし、その都度違った入り口を通ること。
・自分の進む速さに変化をつけること。
・しばしば振り向いて後ろを見ること。
こうしたさまざまな提案を受け入れることで、自分の身に起きる変化や反応により敏感に気づくことができ、楽しめるはずだ。
最後に職員さんがこう声を掛けてくれた。「この場所に来て感じることに、間違いも正解もないんです。自分自身の心の中に生まれたことが答えなのではないでしょうか」。荒川氏、ギンズ氏は「〈養老天命反転地〉は単なる出発点に過ぎず、このプロジェクトは未来に続くものだ」と言ったという。2人が岐阜・養老町に残したこの場所へ、自分なりの新しい発見と出会う旅に出よう。
Text:Eriko Sugita
Photo:Makoto Kazakoshi
いつもと違う岐阜県観光には、養老町の〈養老天命反転地〉がおすすめ。
養老天命反転地
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