ふらっとお店に来た人と、気軽にあいさつを交わす。親しみやすい本屋
JR、名鉄、市営地下鉄が乗り入れる金山総合駅。名古屋駅に次ぐ中部圏第2位の乗降者数を誇る巨大ターミナル駅だ。南口を出て、大津通を南へ歩くこと数分。郵便局の正面に6車線の道路をまたぐ歩道橋が見えてくる。歩道橋を越えた横道は、〈TOUTEN BOOKSTORE〉が店を構える沢上商店街。駅周辺の賑わいとは一転、昔ながらの下町といった雰囲気だ。
オーナーの古賀詩穂子さんによれば、このあたりは昔から長く住んでいる人が多いそう。「近所の人との距離感は近いです。この商店街も通学路になっていて、小学生の登下校で時間を知る、みたいな。のんびりしていて、気持ちのいい場所です」。そんな街で本屋を始めたのは、地元への愛着があったから。「大学も最初の就職も名古屋。転職して東京で働いたこともあったけれど、やるなら名古屋と考えていました。思い出もたくさんあって暮らしたい場所だし、地域に何か還元できたらいいなと。誰が来ても楽しめる場所にしたくて、カフェスペース、イベントスペースもつくりました」。入ってすぐのカフェカウンターで、ふらっとお店に来た人と、気軽にあいさつを交わす。そんな親しみやすさもお店の魅力となっている。
人と人がつながる。地域コミュニティのハブとして機能する存在に
本屋のおもしろさに気づいたのは、新卒入社の出版取次で書店回りの営業をしていたころ。「お店の印象や顔つきが、人によって全然違う。いい意味で属人的なところがおもしろくて『本屋さんやりたい!』と思うようになりました」。属人性がもっとも現れるのは、おそらく本の棚だろう。「絵本、コミック、雑誌、お店に合いそうな新刊本など、独立系の本屋としては扱うジャンルも幅広いと思います。意識しているのは、手に取ってみたくなる本、世界の入口になるような本です」。
幅広いジャンルの本を知る古賀さんが、旅と本というテーマで選んだのは「LOCKET」という独立系旅雑誌。見せてくれた第5号は、シルクスクリーンで仕上た表紙が2種類あるという、こだわりようだ。「編集者の内田洋介さんが、企画から流通まで個人で一貫してつくっている雑誌で、今年5号目が発売になりました。毎回興味深いテーマで特集を組んでいて、第5号のテーマは『野生の造形』。世界各地にあるクマの造形物を追いかけているんです。クマは野生のシンボルでもあるようで、ベルリンの紋章はなぜクマなのかとか、面白い切り口でかつけっこうなボリューム。熱量がめちゃくちゃ高い雑誌です」コロナ禍でステイホームが当たり前になり、忘れかけていた旅の感覚を、この雑誌が思い出させてくれた。そう古賀さんは話す。「自分が体験できないことを伝えてくれる、知らない世界を見せてくれるのが旅の本の魅力。誰も自分を知らない土地に降り立ったときの、わくわくした感じ、ドキドキした感じがよみがえりました。旅の心を忘れた人に読んでほしいです。旅したくなる気持ちが湧き起こると思います」。
古賀さんは〈TOUTEN BOOKSTORE〉を、地域の公民館のような、地域コミュニティのハブとなるような場所にしたいと考えている。「絵本の発売にあわせて原画展をやったり、作家さんを呼んでトークイベントを開いたり、読者と作家をつなげる活動は続けていきたいです」。読者と作家だけではなく、地域住民の交流も生まれているという。「名古屋は会社が多く、単身の転勤者もけっこういます。読書会を開くと『友達がほしくて』と来られる方もいます。そういう人たちが、読書会をきっかけにつながることもあってうれしいです」。
ほかにも、本は心のデトックス、ヨガは身体のデトックスとしてヨガイベントを開催している。今後は「大人向けの学校」のような授業形式のイベントも計画しているそうだ。「コーヒーを飲みにくるだけのお客さんもいるし、朝からビールを飲みに来るお客さんもいます。この本屋が、何もないときに行く場所の選択肢になれたらいいなと思っています。来た人の世界を広げるような機会を提供できたらいいですね」。慣れ親しんだ街で始めた本屋。地域に還元できているものも、決して少なくないはずだ。
Text:Atsushi Tanaka
Photo:Shinya Tsukiokaいつもと違う愛知県観光には、名古屋の〈TOUTEN BOOKSTORE〉がおすすめ。
TOUTEN BOOKSTORE
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