目的地にしたい料理屋【馳走 西健一】
「前田さんの扱う素晴らしい魚たちを、獲れたての一番いい状態で料理として提供したい」
その一心で自身の営んでいた広島のお店を閉じて焼津に移転し、今年の6月(2024年)で丸2年になる。ボリュームたっぷり、大満足のフルコース。その評判を聞いていたので、新幹線はコーヒーだけで我慢した。まずはスパークリングをグラスで注文し、準備万端。
「では、お料理を始めていきます」
蛤のエキスと水のみで調理した“蛤のスープ仕立て”でスタート。蛤は殻付きで200gくらいとかなり大きい。「お椀のように直接口をつけてお召し上がりください」。しみわたる旨みに期待が高まる。
天ぷらのように揚げたての熱々が供される“えぼ鯛のフリット”。口当たりはふわふわ、噛めばしっとり、ふっくら! 「前田さんの仕立ては保水性があるので、熱を加えるとその水分が膨らんで食べたときすごくジューシーなんです」。このえぼ鯛や鯵、鰆といった地魚は、小川港の定置網漁で獲れたもの。「すくったあとも元気に泳いでいる魚だけを選んで、港に持ち帰る。水槽に移して泳がせ、生きてる状態のものを前田さんが締めるというやり方です」。
「もともと食べることは好きで。料理学校には行きませんでしたが、食に関わる仕事がしたいとはぼんやり思っていたんです。だから二十歳になって働くとなったときに、地元の飲食店でアルバイトを始めて。やっているうちに、だんだん“本格的に料理をしたいな”と思うようになってきたんで、フレンチ風の洋食屋さんで何年か働かせてもらいました」
水揚げされたばかりの鯵は食感を楽しめるように大きめにカットし、レッドオニオンソースと菜の花のピュレで。「“獲れたてでありながら旨味を引き出す”仕立てというのが、やっぱり難しい。前田さんの魚はそれがあるんです」。春の鯵は、脂がのって味が濃い。「さらに駿河湾の鯵は、春や秋に桜海老を食べているんですよ。これはやはり、ここならでは。栄養価も旨みも高くなります」
生きた状態のアカザエビには、感謝を伝えつつ。「焼津のエビは籠漁(かごりょう)なんで、ガサッと水揚げしない。だから状態がいいものが多いんです」。お塩すらせずサッと炭火でレアに仕上げたら、エビ味噌のソースと、長時間オーブンで焼いてセミドライにした静岡県産の甘いトマトを添えて。
「都内のフランス料理店で5~6年、修行させてもらいました。そこではフレンチの基礎的なことをしっかり教えていただいて、シェフがフランスに行っていた頃の話なんかもたくさん聞かせてもらって。いつの間にか、自分もフランスに行ってみたいと思うようになりました」
看板メニューの“魚のパイ包み焼き”は、最後の工程をカウンターで見せてくれる。「せっかくお客様との距離が近いので、直接見ていただけたらと思って」。魚の火入れをベストにするため、パイ生地は透けるくらい薄い。繊細でスピーディな手元の動きに目を奪われる。
「そろそろ帰国となったころ向こうで知り合った方が、“広島で新しい和食のお店がオープンするから、お魚の勉強させてもらったら?”と、そのお店を紹介してくれることになって。それが和食の師匠である料理人・平野寿将さんの「馳走 卒啄一十(ちそう そったくいと)」だったんです」
「平野さんが、すごい魚屋さんがある! とサスエさんを見つけてきて。店も2年目で、“扱わせてもらえるかトライしてみよう”ということで、お願いしたんです。“もっと料理のクオリティを高めたい”という気持ちで必死でいいお魚を探していたときだったんですが、送っていただいたお魚を見て「なんだ、この魚屋さんは!?」と思いました。
何がそんなにすごかったかって、(お魚が入っている)箱の中の状態が、見たことないくらいキレイだったんです。もちろん、お魚自体のクオリティもすごかった。当時は広島じゃ食べられなかった赤ムツなんかも送っていただいて。感動しました」
当時、西さんは発注を担当。前田さんと直接やりとりをするという幸運に恵まれ、ご縁が深く繋がっていった。
低温でじっくり火を通した美しいイトヨリ鯛は焼津港から。「ジャガイモのピュレとふわふわに泡立てた甲殻類のソースで軽く仕立てました」。焼きたてのパンにはボルディエの海藻バター付き。スープボウルで出してほしいくらいに味わい深いピュレとソースを、パンでこそげて最後まで。
「カウンターとテーブルで最大12席あって。今のお店は従業員がいますけど、当時はオーダー取って料理作って、飲み物作って、運んで、洗い物までぜんぶ一人でやってました(笑)」
いよいよ、スペシャリテのパイ包み焼きの登場。本日のお魚は新鮮な太刀魚!「玉ねぎをじっくりと炒めたものを合わせて、大葉でくるんでいます」。まさに外はサクサク、中はふっくら。クリームを使った濃厚なヴァンブランソースがよく絡みつつ、爽やかな風味が広がる。
「この建物も実は前田さんにお借りしているんです。こっちに移ってくると決めてから、物件もそれこそ何十件も見させてもらったんですけど、なかなか合うところがなくて……前田さんにご相談させていただいたら、丁度タイミングが合って「ここ、よかったらどう?」と言ってくださって」
こういう絶妙な“タイミング”の話を聞くと、信念を持って真摯に動いている人のことは、神様がちゃんと見ているんだなと思わずにいられない。「以前はトンカツ屋さんだったそうで。外側はそのままなんですが、内装はがらっと変えました。内装のデザインは、東京でデザイン会社をやっている小中の同級生にお願いして。こっちでお店をやるんだけどと相談したら協力してくれて、細かい部分や塗装なんかもやってくれたんですよ。二人でコミュニケーションを取りながら「ああしたい、こうしたい」って進めていって、細部まで希望を叶えてもらった感じです」
メインディッシュ、最後の一皿は山口県岩国産の高森和牛の炭火焼き。静岡産の肉厚な椎茸・玉取茸(たまどりだけ)のムニエル風、生胡椒と一緒にいただく。みずみずしくてシャキッと甘く、とてもきれいな味のお肉は、ミートスペシャリストとして知られる肉職人、沼本憲明さんの手によるもの。肉の旨みを最大限に引き出すと言う独自のカット技術は、世界的にも“沼本カット”と呼ばれてるそう。
「昼と夜で青の見え方が変わってくるのも、“海の中”なんです。昼間は光が上から入ってきて明るいので海の中でも浅いところに、夜は光が落ちてダークブルーになるので深海の中にいるようなイメージ。時間帯によって、違う雰囲気を楽しんでいただけます」
軽くソテーしたアカイカをたっぷりとのせたイカ墨リゾットで、お食事の締めを。噛みごたえのある玄米とプチプチとしたもち麦、弾力のあるイカ。旨味とともにいろいろな食感が楽しめるのが嬉しい。
デザートは作り込んだケーキや焼き菓子ではなく、シンプルなものを。「地元のフルーツを使ったさっぱりとしたものと、コーヒーに合うアイスなどが多いですね」。この日は、静岡限定品種のイチゴ・きらぴ香のヨーグルトシャーベット掛けと、クリーミーで香り高いピスタチオのアイスクリーム。
経験を重ねることで、器への想いもどんどん深まる。「最初は“自分でお店をやったら絶対に使いたい”と憧れていたフランスのメーカーさんがあったのでそこから始めて。いまはそれと、いろいろな作家さんにオーダーで作っていただいていたものを合わせて使っています。広島時代から出している「魚のパイ包み焼き」のお皿は、広島の作家さんにパイ用に作ってもらったものですね」
カウンター全8席で、昼・夜の二回転制。料理はお任せコースのみで一人12,000円(税別)。5杯と8杯のワインペアリングもおすすめ。毎月一日、電話または専用サイト(OMAKASE)で二ヶ月先の予約を受け付けている。
Text:Kei Yoshida
Photo:Hako Hosokawa
いつもと違う静岡県観光には、焼津市の〈馳走 西健一〉がおすすめ。
馳走 西健一(ちそう にしけんいち)
所在地 | 静岡県焼津市西小川4-8-9 |
アクセス | JR東海線 焼津駅から徒歩約27分 |
電話番号 | 054-635-8818 |
@chisou_nishikenichi | |
営業時間 | 12:00〜17:00/18:00〜24:00 |
休業日 | 火曜 |
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