目的地にしたい料理屋【湖里庵】
お店は駅から車で6分ほどのところだけれど、予約した時間にはまだ余裕がある。少し足を伸ばして、日本の街路樹百景にも選ばれたという、メタセコイアの並木道をドライブしてから向かうことにする。
鮒寿しの漬け込み期間は通常1年程度だが、魚治のものはその倍の期間、2度越冬させる2年間熟成。長期で熟成することで酸味だけじゃなく旨味とまろ味が生まれ、特別な一品になる。
お店の向かいにある魚治本店。こちらもとても立派だが、周辺には同じく昔ながらの木造家屋や瓦葺きの建物、たくさんの寺院が軒を連ねていて、とても風情がある。「この街道沿いが、重要文化的景観地域になっているんです」と聞いて納得。
※作家の故・遠藤周作氏が“本当に美味しい鮒寿し”を探し求めた結果、先代の魚治に辿り着き、その味と旧湖里庵から見える琵琶湖の景色に惚れ込んだそう。その後、氏の狐狸庵というペンネームをもじって付けられたのが「湖里庵」という店名の由来となっている。
「琵琶湖の真珠が育つ池蝶貝を削り出した丸いお皿を、月に見立てました。琵琶湖は縦型の湖なので月が見える場所は限られているんですが、うちからは海津大崎の方から出たお月様がよく見えるんです」。
地元の酒蔵・福井弥平商店の「雨垂れ石を穿つ」を合わせる。江戸時代から伝わる十水仕込(とみずじこみ)という手法で造られているそう。
からすみ餅ならぬ、鮒寿し餅。ふんわり焼けた薄いお餅は、鮒寿しを漬けている飯と同じ農家さんが育てる、羽二重という餅米でつくったもの。「滋賀県のお餅は和菓子屋さんに重宝されるいいお餅なんです」。鮒寿しの絶妙な酸味がお餅との相性抜群で、日本酒がますます美味しい。
香りの強さと赤色の美しさが特徴という琵琶湖の川海老はかき揚げに。衣がほぼついていないので凝縮した海老の味のみ!「大人のかっぱえびせんて呼んでます」。
2018年9月4日。大型台風21号の被害を受けて湖里庵は全壊した。
「建物が無くなったもので、大津市のホテルのダイニングスペースを借りて料理をさせてもらっていたんです。そのホテルからは、琵琶湖が見えなかった。うち(湖里庵)は“海津”というエリアで、ひと山越えると日本海。実は良い海の幸も手に入る場所なんです。だからそれまでは、琵琶湖のものだけじゃなく海のお魚を使った料理もお出ししていて、そのことを特に疑問に思っていませんでした。でも、大津のホテルで海の幸を使った自分の料理を出したとき、「なんて説得力のない料理だ!」って思って。これだったら自分が料理をする意味がないじゃないかって」。
台風にあって“あの景色が使えない”となったときに、料理に対する自分の甘えが見えたんです。琵琶湖の景色と切り離されたからこそ、気づけた。それから、鮒寿しと琵琶湖のものだけ、というのを琵琶湖が見えないところでやってみました。見えないからこそ、どこまで伝えられるのか。それができたら本来の場所に戻りたいと思いながら、2年間過ごしたことを思い出します」。
締めは出汁茶漬け。鮒寿しをいちばん手軽に美味しく食べる方法だと、昔から言われているそう。熱々のお出汁をたっぷりと掛けて、身を崩しながらいただく。赤米を炒り米にしたものをアラレ代わりに。
かつての湖里庵は窓で景色を切り取って提供していたが、現・湖里庵は景色を、丸ごと。料理はさらに研ぎ澄まされ、大津のホテルで誓ったように、鮒寿しと琵琶湖の食材の懐石となった。
フィナーレは目の前で仕上げる出来たてのわらび餅。有機大豆を自家焙煎したきな粉と黒蜜も、隙のない美味しさ。「余った蜜ときな粉を合わせて練り練りして召し上がる方もいらっしゃいますよ(笑)」
「学校から帰ってきたら山ほど魚がいて、みんなその処理をずっとしている。これが終わらんとご飯食べられんと、手伝うようになって。最初はウロコ取り、力がついてきたらエラ取りみたいな感じで少しずつですね」。下処理が終わった鮒は、一気に気温が上がる7月の土用に漬け込まれる。
「ちょうど夏休みになるんで、おうちのお手伝いを1日1回しましょうって宿題が出る。漬け込みのあとは「守り」という作業が必要になるのですが、父親が僕に「鮒寿しを漬け込んでいる桶の水を毎朝変えてくれ」と言うんで、やってたんです。
あとから思ったのは、それは作り手として非常に気を遣う時期なはずなんですよ。発酵には人の常在菌が大きく影響するので、蔵に入るのはは父1人というのがルール。でも自分だけは大事な時期に蔵に入れてくれて、守りの手伝いをさせてもらっていた。物事を感覚として受け止めることが多い年頃にそれをさせることで、“正解”をずっと教えてくれてたんやなって思いました」。
入店したときは曇り空だったのが、いつのまにか真夏のような強い陽射しに。湖面の表情がみるみる変わっていくのに魅せられて、気づけばぼんやり琵琶湖を眺めてしまう。「私たちも毎日ここに立ってるんですけど、本当に“飽きもせず”、っていう感じです」(奈緒子さん)
先代が57歳の若さで亡くなられたとき、左嵜さんはまだ27歳。予定より早く後を継ぐことになった。「子供の頃からちゃんと“正解”を教えてもらえていたお陰で、助かりました」。
京都の料亭での修行時代に知り合ったという謙祐さんと奈緒子さん。上のお子さんは現在、大学で発酵について学んでいるそう。「(店を)継いでくれとか、そういうことは望んでないんです。思ったように生きてほしい。でも将来の選択肢に入れてくれているのかな、と思うとやっぱり嬉しいですね」。
「琵琶湖は広いとはいえ湖ですので、そのお魚が生きている範囲が“水”でくくれるんですよね。調味料の仕込み水、地酒の仕込み水、そしてお魚もそれと同じ水で育っている。そういうなじみの良さも、あるんです。もちろんその範囲を絞れば絞るほど旬の期間が短くなるから大変なのですが…そういう形の考えで料理している、ということです。できるだけ地のもの、同じ水でくくれるもの同士で料理する。
手を込んで、“僕が美味しさをつくったよー!”とするよりも、食材同士の相性の良さで美味しさをつくれるといいのかなと。ここまで足を伸ばしていただくからこそ、そういう楽しみをお出しできるといいなと思うんです」。
昼は12時・夜は17時からで、1人15,000円(料理のみ、サービス料・税別)。琵琶湖を愛でつつ舌鼓を打つ2時間はあっという間だが、不思議と慌ただしさはない。賑やかに食事を楽しんでも静かで気持ちのいい空気が漂うのは、琵琶湖とお店の力でしかない。
Text:Kei Yoshida
Photo:Hako Hosokawa
いつもと違う滋賀県観光には、高島市の〈メタセコイヤ並木〉〈湖里庵〉〈鮒寿し 魚治〉がおすすめ。
湖里庵(こりあん)
所在地 | 滋賀県高島市マキノ町海津2307 |
アクセス | JR湖西線「マキノ駅」から徒歩約19分、国境線バス「海津3区」下車 |
電話番号 | 0740-28-1010 電話受付時間 9:00〜20:00 ※月初めの営業日に電話にて予約受付(2ヶ月先まで) |
URL | https://korian.jp/ |
休業日 | 火曜、第1・3水曜 |
鮒寿し 魚治
所在地 | 滋賀県高島市マキノ町海津2304 |
アクセス | JR湖西線「マキノ駅」から徒歩約19分、国境線バス「海津3区」下車 |
電話番号 | 0740-28-1011 電話受付時間 9:00〜20:00 |
URL | https://uoji.co.jp |
休業日 | 火曜、第1・3水曜 |
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