天竜浜名湖線に乗って、ここにしかないモノを探しに。
レトロな文房具カフェを目指して。
「天浜線(てんはません)」の名称で親しまれ、静岡県の西部を走る天竜浜名湖鉄道。天竜川や浜名湖、茶畑や里山など自然豊かな日本の原風景を楽しむことができるローカル線だ。今回は天竜浜名湖鉄道を利用しながら、この地域の今を感じにいく。旅の出発地点は掛川駅。静岡の伝統工芸品や地域に根づいたお店などをめぐって、この地域ならではの魅力を見て、触って、食べて、感じてみよう。
1日フリーきっぷを購入したら、まずはいこいの広場駅を目指す。いこいの広場駅は掛川駅から約10分ほど。列車に揺られていると、田んぼが広がるのどかな風景が見えてきた。最初の目的地は〈ステーショナリーカフェkonohi〉。2010年にオープンしたカフェで、国内外の厳選した文房具の販売も行っている。市民だけでなく、県外の文房具ファンからも愛されるお店だ。
立派な庭のなかに白を基調とした建物が見えた。中に入ると、どこか懐かしさを感じる素敵な空間が広がっていて、思わず「わぁ」と感嘆の声が漏れる。「レトロっぽい雰囲気をイメージして、家具や建具にもこだわったんです」と話してくれたのはオーナーの吉川暢子さん。
〈ステーショナリーカフェkonohi〉は、カフェ好きの吉川さんが姉妹ではじめたお店。2014年に移転して、いこいの広場駅から徒歩4分の位置にある現在の場所に店を落ち着けた。もともとこの場所は吉川さんのご実家が営む茶畑だったそう。引き戸など日本の古い建具を取り寄せ、いちから建物を建て、フランスの家具などを配置した。和の雰囲気が醸し出された空間はなんだか親しみやすく、ほっとひと息つけるような心地よさがある。
そんな落ち着いた空間で、便箋やボールペン、ノート、シーリングスタンプなどさまざまな文房具が販売されている。「昔から文房具が好きだったのもありますが、文房具なら大人から子どもまでいろいろな人が手に取るので、自分で販売してみたいなと思ったんです」と吉川さん。国内だけでなく、海外からも直接製品を取り寄せているそう。
選定基準はデザイン性や使い勝手のよさ、そして何より自分がワクワクするかどうか。海外の古いシャープペンシルや、昭和時代につくられたガラスペン。見ているだけであれもこれも欲しくなってしまいそうだ。
カフェでは妹さんがつくる自家製スープやパン、スイーツが楽しめる。実家が農家だったことから、「できるだけ地元の食材を使いたい」という気持ちが強かったという。その時期の旬の野菜や果物を使い、季節ごとにメニューを変えている。
藤枝市にある「コーヒーの苑」のコーヒー豆を使うなど、地元のお店と連携したメニューも豊富。夏には地元の農家が農薬を使わずにつくった木苺をたっぷり使った木苺ソーダがおすすめだ。
二階にはカフェスペースとともに吉川さんのセレクトの古本が置かれた棚も。古本を読みながら、カフェメニューを楽しむのもよさそう。しんとした静けさのなか、自分の時間に没頭していると、それだけで贅沢なひとときが過ごせそうだ。
郷土工芸品・森山焼の魅力に触れる。
〈ステーショナリーカフェkonohi〉で素敵な時間を過ごした後は、遠州森町エリアの歴史を深掘りしていく。遠州森町は小高い山々に囲まれ、豊かな自然と古い町並みが残った風情ある町。遠州の小京都とも呼ばれている。この地では明治時代から、地域の土を使った森山焼がつくられてきた。現在も4つの陶房で森山焼が創作されている。そのうちのひとつが今回訪ねる〈静邨陶房(せいそんとうぼう)〉だ。
「森山焼は島田市の志戸呂焼がもとで、先代が森町森山の土を求めてこの地で開窯したのがはじまりです」と説明してくれたのは、4代目の鈴木進さんだ。森山の土は鉄分が多く、成形しやすい点が特徴だという。〈静邨陶房〉ではこして滑らかな状態にした粘土を使っているため、ツルツルとした肌触りの焼き物になる。土の粗さを残したまま使う陶房もあるそうで、同じ森山焼ながらも個性がまったく異なる。土が粗いと耐火性に優れ、細かいと防水性が高まるなど、性能の違いも出るそう。
4つの陶房の違いは、表面の加工に使う“釉(うわぐすり)”にもある。〈静邨陶房〉では赤色の釉を使った、鮮烈な赤い焼き物を昔からつくっている。この森山焼を「赤焼き」と呼ぶ。
「赤い釉は柔らかくて、扱いが難しいんです。流れてしまったり、ムラになってしまったりすると売り物にならないので、その加減に技術がいります」と鈴木さん。釉を垂らしたような表現も可能だが、さらに技術が必要だという。
釉の厚みや色味の違いなどで焼き物の表情も変わってくる。同じ赤の釉でも色味が異なるのは、焼くときの酸素濃度の違いだそう。窯のなかは場所によって火力や酸素濃度に違いが出る。まずは窯のクセを知ることが大事だと鈴木さんは話してくれた。
同じ敷地内には、鈴木さんがご夫婦で創作されている「seison plus+」の窯もある。ここでは赤焼きと異なり、自由な発想でさまざまな食器や花器が制作されている。鈴木さんは名古屋で修業を積み、30代の頃家を継ぐためこの町に戻ってきた。最近では近くの学校で、講師として陶芸の授業を行うこともあるという。
「この辺りはお茶も有名なので、東京や大阪などから茶葉を買いに来た方がついでに寄ってくださることも増えています」と鈴木さんが言うように、遠くから足を運ぶ方も。
4つの陶房は歩いていける距離にあるので、時間に余裕があるときは陶房めぐりもおすすめだ。直接職人に話を聞いて、焼き物を触ってみれば、それぞれの違いだけでなく、手から森山の町そのものを感じられるはずだ。
地元の魅力を詰め込んだ駅舎ホテル。
ホテルのチェックインを済ませるため、二俣本町駅へと向かう。遠州森駅に着くと、次の列車は30分後のよう。ホームで待っているとゆったりとした時間が流れて、落ち着いた気持ちになる。ノスタルジックな雰囲気のなか、列車を待つ時間はそれだけで旅のシーンを思い出深く彩ってくれるようだ。
列車に揺られながら30分ほど過ぎると、二俣本町駅に着いた。今回泊まる〈INN MY LIFE〉は駅舎を利用したホテル。正面から見ても、とてもホテルとは思えないユニークな見た目をしている。
扉を開けて中に入ると、洗練された空間が広がっていた。〈INN MY LIFE〉は2019年5月オープン。ここ天竜エリアでカフェを営んでいた中谷明史さんが「地元で旅の拠点となるような場所をつくりたい」と思い、立ち上げた。
以前は東京で不動産屋に勤めていたという中谷さんは、一度故郷を離れたことで、地元には秋野不矩美術館をはじめとした素敵なスポットがたくさんあることに気づいたという。さらには遠州織物や、職人がつくる家具など地元産の名品が多いことを知り、これらを内装やアメニティとして積極的に使っている。
天竜区水窪町の名物「とち餅」を使った生クリーム大福や、しっかりとした味わいが特徴の天竜茶なども、今後はウェルカムサービスとして提供したいと考えている。より天竜エリアの魅力を感じられる場所になりそうだ。
さらに地元のお店と連携した朝食と夕食のプランも。ジビエ料理を提供する〈天然物料理 竹染〉の特別プランや、〈吉野屋精肉店〉の天竜ハムなど、ここでしか食べられないものを提供している。
「お客様がチェックインされるときに、おすすめのお店を紹介することもあります。たとえば名物おばあちゃんがいる酒屋の角打ちなど。こういったコミュニケーションから、旅のおもしろさが生まれることもありますからね」
二俣本町駅のまわりでは、近年新しいお店が増えてきているという。なかには〈INN MY LIFE〉をきっかけに天竜のよさに気づき、お店をはじめた方もいるのだとか。
「天竜を“何度でも訪れたい場所”にしていきたいですね。このエリアが盛り上がることで、若い人たちにも地元の魅力に気づいてもらえたら」と中谷さんは話す。
ホテル名「インマイライフ」の意味は「愛しき人生」。地元の方々と対話した記憶や体験したモノ・コトが、愛しき人生の断片になるという中谷さんの考えが込められている。今回の旅も、愛しい思い出として自分の記憶にしっかり刻まれたような気がする。
有名ハンターが提供するジビエ料理に舌鼓。
この日の最後は、〈INN MY LIFE〉特別プランをいただきに〈天然物料理 竹染〉を目指す。1日の締めに、こちらでおいしいジビエ料理を堪能する。
〈天然物料理 竹染〉は、山・川・海で獲れた天然食材を提供するお店。猪や鹿だけでなく、季節によっては鮎やうなぎ、鴨なども取り扱っている。猟師、そして漁師でもある店主の片桐邦雄さんはメディアにも多数出演する有名なマルチハンターで、自ら獲物をとり、解体・調理まで行っている。
片桐さんは30代でこちらのお店をスタート。最初は3畳ほどの桟敷(さじき)がついた寿司割烹だったという。当時、天竜エリアは好景気でお店も大繁盛。その5年後に今の場所に移転して店を拡大した。
この天竜エリアで生まれ育ち、小さな頃から川で魚とりをしていたという片桐さん。狩猟は複数人で行う共同猟からはじめたが、あらゆる部位の肉を確保するため、途中から単独猟へシフトする。
「単独猟をはじめた頃は鉄砲も使っていましたけど、なかなか数がとれなくて…。年間で3頭程度しかとることができなかったんです。そこでくくり罠を使った罠猟を始めることにしました」
片桐さんの狩猟の特徴は生け捕りにある。生きたまま解体場に連れ帰り、獲物にストレスを与えないよう静かに屠殺(とさつ)する。生体反応があるうちに血抜きなどの処理を行うので、くさみのない新鮮なお肉を提供できる。
「この辺りの人でも、ジビエは『硬い・くさい・汚い』というイメージが先行して、食べない人が多かったんです。良質なお肉をぜひ食べてもらいたいという気持ちから、処理方法を試行錯誤しました」と片桐さん。
肉の味に自信があるからこそ、味付けはシンプルに。多くの猪鍋は味噌を使うが、あえて塩で味を付けて肉の旨味をそのまま味わうことができるようになっている。ごぼうなどの香菜も使用していないそう。ひと口食べると、やわらかくてクセのない味わいに感動した。ジビエに対するイメージが大きく変わった瞬間だった。
「彼ら(猪や鹿)にも家族がいるから、尊い命であることを理解し、ありがたくいただくことが大事」と最後に話してくれた片桐さん。おいしい料理に舌鼓をうちながらも、自然環境に目を向け、「いただきます」の本当の意味を考える、貴重な体験ができた。
ガタンゴトンと心地よく揺れる天竜浜名湖鉄道に乗りながら、思い出を振り返る帰り道。静岡の名産品に触れ、地元に根づいたおいしい料理を食べて、この土地が醸し出す空気を感じ、静岡の魅力を五感で思い切り感じることができた。何より旅先で出会った人々がみんな優しく、この地域がすっかり気に入ってしまった。また訪れて、旅のおもしろさを存分に味わいたい。
Text:Ayumi Otaki
Photo:Misa Nakagakiいつもと違う静岡県観光には〈天竜浜名湖鉄道〉、掛川市の〈ステーショナリーカフェkonohi〉、周智郡の〈静邨陶房〉、浜松市の〈INN MY LIFE(インマイライフ)〉〈天然物料理 竹染〉がおすすめ。
ステーショナリーカフェkonohi
所在地 | 静岡県掛川市細谷535-1 |
アクセス | 天竜浜名湖鉄道「いこいの広場駅」より徒歩約4分 |
電話番号 | 0537-26-1036 |
URL | http://konohi.jp/ |
営業時間 | 12:00〜18:00 |
休業日 | 月曜、火曜 |
静邨陶房(せいそんとうぼう)
INN MY LIFE(インマイライフ)
天然物料理 竹染
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