東京多摩地区初のクラフトジン蒸溜所〈東京八王子蒸溜所〉を訪ねる。

「トーキョーハチオウジン」。商品名を見たとき、即座に東京八王子で生まれたジンだと思った。調べてみると、オープンして間もない蒸溜所のよう。おしゃれなレストランを思わせるモダンな外観、蒸溜所が生まれたストーリーなどをホームページで見て、気になってたまらなくなった。実際に訪れて、新しいクラフトジンに会いに行こう。


宿場町として栄えたこの地で新たなジンを発信


東京駅や新横浜駅から約1時間ほどの位置にある狭間駅。高尾山のほど近くにあるこの地域は自然に恵まれたのどかなエリアで、古くから宿場町、そして織物の町として栄え、工業地帯として発展してきた。今では閑静な住宅街が広がるこの地域に、東京多摩地区初のスピリッツ蒸溜所が誕生した。
東京八王子蒸溜所。ガラス張りの建物の1階部分には蒸溜器やタンクなどが見える。
東京八王子蒸溜所。ガラス張りの建物の1階部分には蒸溜器やタンクなどが見える。
〈東京八王子蒸溜所〉は、サッシなどの樹脂製品をつくる大信工業株式会社の3代目・中澤眞太郎さんが立ち上げた蒸溜所だ。大信工業の敷地の一画を活用して2021年12月から本格始動し、新たなクラフトジンの創造に挑んでいる。
大信工業株式会社3代目および、株式会社大信 東京八王子蒸溜所 代表の中澤眞太郎さん。
大信工業株式会社3代目および、株式会社大信 東京八王子蒸溜所 代表の中澤眞太郎さん。
「海外の場合、ジンの蒸溜所はシカゴやパリなど都市部にあることが多いんです。札幌と盛岡を含め3つの候補地がありましたが、都市型蒸溜所を作りたいという想いで、八王子での設立を決めました。さらにこのあたりは昔、宿場町として栄え、新しい物や情報が集まった場所。情報の発信の面でもこのエリアが最適だと考えました」

1階部分をガラス張りにし、あえて“つくる工程を見せる蒸溜所”にしたのも、発信力を高めたいという考えから。多くの人にクラフトジンの成り立ちに興味を持ってもらうことで、日本のジン業界を盛り上げたいという想いが込められている。
今回は、そんな〈東京八王子蒸溜所〉で月2回ほど不定期開催されている蒸溜所ツアーを体験させてもらうことに。クラフトジンづくりの現場を見せていただく前に代表の中澤さんにいろいろとお話を伺った。
 

さまざまな経験をクラフトジンづくりに活かして

樹脂製品からクラフトジンの製造へ。まったくの異業種への挑戦と思われるが、中澤さん曰く似ている部分が多くあるという。

「大信工業では化学製品である樹脂製品をつくっています。一方でお酒づくりも化学の分野。主原料に添加物を加え、機械を用いて製品化する工程は非常に似ていると感じます。樹脂製品は樹脂を熱して液体にしたものを個体にして加工、クラフトジンづくりでは液体を気体にして液体に戻す蒸留が行われます。最終的な製品が固体か液体か、それくらいの差だと思っています」

モノづくりに携わってきた中澤さんならではの視点だ。同じ加工業と捉えていたからこそ、クラフトジンづくりに挑戦することに抵抗がなかったという。そう話す中澤さんとクラフトジンの出会いは、2019年頃。北海道のバーで「飲める香水」と呼ばれる「DISTILLERIE DE PARIS GIN BEL AIR」と出会い、ジンのイメージが覆った。ジンのつくり方に興味を持ち、調べたことがきっかけで、クラフトジンの無限の可能性に気づく。
中央・右は東京八王子蒸溜所のクラフトジン「トーキョーハチオウジン CLASSIC」、「トーキョーハチオウジン ELDER FLOWER」。左は同蒸溜所の原点でもある「DISTILLERIE DE PARIS GIN BEL AIR」。
中央・右は東京八王子蒸溜所のクラフトジン「トーキョーハチオウジン CLASSIC」、「トーキョーハチオウジン ELDER FLOWER」。左は同蒸溜所の原点でもある「DISTILLERIE DE PARIS GIN BEL AIR」。
そこからシカゴのKOVAL社へ修行に行き、わずか2年ほどで蒸溜所の立ち上げに至った。2022年1月には「トーキョーハチオウジン」シリーズとして2種類のクラフトジンをリリース。すぐさま「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2022」洋酒部門でそれぞれ金賞と銀賞を受賞する。そのスピード感には驚かされるものがある。

「昔から興味があるものには飛び込んでいくタイプの人間だった」と笑って話してくれた中澤さん。

そのお話の通り、これまで中澤さんはさまざまなことを経験してきた。高校卒業後はアメリカの大学に進学し、帰国後には音楽家としての活動をスタート。飲食業界でも経験を積んだ後、最終的に家業を継ぐ決断を下す。
「飲食業界で酒の流通や酒を楽しむ場そのものを、家業ではモノづくりの知識を得ました。クラフトジンづくりは音楽にも似通ったところがあり、素材のバランスを考えながら製造する過程はさながら一曲の曲をつくり上げるようなもの。〈東京八王子蒸溜所〉は、僕のこれまでの経験を集約させた場だと思っています」
 

あえて正統派のロンドンドライジンから

ジンは薬酒として始まった歴史があることから、薬瓶のようなボトルを採用。
ジンは薬酒として始まった歴史があることから、薬瓶のようなボトルを採用。
「トーキョーハチオウジン」シリーズは、「CLASSIC」と「ELDER FLOWER」の2種類。このうち「CLASSIC」は、伝統的なロンドンドライジンの製法でつくられている。近年、個性的な味わいが多く生み出されている日本のクラフトジンにおいて、あえてオーソドックスな製法を採用したのは中澤さんならではのこだわりがある。

「ずっと音楽に携わってきたので、まずは基本を押さえたいという気持ちが強いのだと思います。基礎練習をしっかり行うからこそ、どんな曲でも応用がきくようになります。それにロンドンドライジンも都市部で生まれたジンです。東京でクラフトジンづくりをするなら、あえてスタンダードを意識したロンドンドライジンから始めたいと思いました」
一方で「ELDER FLOWER」はライト層に向け飲みやすさを重視し、アルコール度数を40%に抑えた。エルダーフラワーと甘夏の華やかな香りが特徴的で、ビギナーでもチャレンジしやすい。

「クラフトジンだからロックで飲まなければいけないと思う方もいるようなのですが、僕としてはいろいろな飲み方を試してほしいと思っています。ソーダ割りやジントニックでもいいし、オレンジジュースで割ってもらっても。どんな組み合わせが合うか楽しみながら試せるところも、ジンの醍醐味です」
Barスペースには、東京八王子蒸溜所のモチーフにもなっているトロンボーンの原型「サックバット」が。
Barスペースには、東京八王子蒸溜所のモチーフにもなっているトロンボーンの原型「サックバット」が。
トロンボーン奏者でもある中澤さん。蒸溜所のロゴマークにもなっているトロンボーンと、ジンの共通点も話してくれた。
 
「トロンボーンはメロディーを担当しないけど、土台のハーモニーをつくる楽器。同じく、ジンもカクテルの土台をつくる存在だと思っています。現在、このシリーズは業務用酒販店との取引が多く、バーなどの飲食店でも取り扱われているようなので、バーテンダーさんが曲を演奏するようにさまざまな飲み方で自由に表現してくれたら嬉しいです」

中澤さんは「クラフトジンはつくり手の人間性が出る」とも話してくれた。ただ味わうだけでなく、クラフトジンの背景に想いを馳せながら飲むのも、ひとつの楽しみ方なのだと感じる。
 

蒸溜所見学でクラフトジンの成り立ちを知る


蒸溜所ツアーは、実際に蒸溜所の中を案内してもらった後、2階のBarで「トーキョーハチオウジン」シリーズを楽しむまでがセットとなっている。蒸溜所見学では、ハーブ庫や蒸溜器などを間近で見ながら、クラフトジンの製造工程について学ぶことができる。まずはハーブ庫から。扉を開けた瞬間、ハーブのいい香りが鼻腔をくすぐる。種類の多さに驚きながら、改めてジンには多くのハーブが使用されているのだと実感する。特別に、ジンづくりには欠かせないジュニパーベリーを試食させてもらった。小さな実にジンの中核となる味わいが凝縮されていて、かつ生の実らしいフレッシュな風味を感じることができる。
ベーススピリッツが入ったタンク。東京八王子蒸溜所では、クセの少ないコーンスピリッツを輸入している。
ベーススピリッツが入ったタンク。東京八王子蒸溜所では、クセの少ないコーンスピリッツを輸入している。
蒸溜器はドイツKothe社のハイブリット式蒸溜器を使用。単式と連続式、どちらの方法でも蒸溜でき、幅広いクラフトジンづくりを可能にする。

「漬け込む手法以外に、蒸気で香り付けしてより華やかな香りのジンをつくることもできます。基本のつくり方を押さえたので、今後はさらに勉強してさまざまなジンを開発していきたい」と中澤さん。
最後はお楽しみの実飲タイム。使用されているハーブ類を説明してもらいながら味わう。「CLASSIC」はアルコールをしっかり感じられる力強い味わい、「ELDER FLOWER」は甘くも爽やかな香りが鼻に抜け、さっぱりと飲める。こんなに風味が異なるのに、ほとんど同じハーブが使われているというから驚きだ。

中澤さん曰く、クラフトジンづくりは“何を使うかより、どう使うか”が大事なのだそう。どんなハーモニーを生み出したいかを考え、味の骨格をつくる。音楽も構成する音の違いでまったく違う曲ができる。音楽に精通している中澤さんならではのクラフトジンづくりだと感じた。
最後にソーダ水とトニックウォーターを入れた、おすすめのジンソニックを体験。
最後にソーダ水とトニックウォーターを入れた、おすすめのジンソニックを体験。

目指すは八王子から世界へ


来月には第3弾目のクラフトジンの発売を計画している〈東京八王子蒸溜所〉。今後はスタッフを増員し、蒸溜所ツアーの開催回数を増やしたいと考えている。

「このエリアは牧場や農園など頑張っている企業が増えていて、盛り上がりつつあります。〈東京八王子蒸溜所〉も観光スポットのひとつとして、地域の活性化に貢献できたらと思っています。さらにこれから生産量を増やしていって、日本全国にクラフトジンを届けられるようになりたいですね。ゆくゆくは海外展開も目指しています」
「つくり手の想いやフィロソフィー、生まれた経緯などを感じられる点がお酒のロマン」と語ってくれた中澤さん。実際にクラフトジンがつくられる現場や工程を知ることで、その味わいをより深く感じることができるはずだ。
気に入って購入した「ELDER FLOWER」を片手に、今日の旅を振り返る。「場所や一緒にいる人などお酒を飲む環境によって、その味わいは変わる」と中澤さんが話してくれたように、自宅ではまた違った味わいを感じることができるだろう。じっくり味わって、「トーキョーハチオウジン」のロマンを改めて感じたい。



Text: Ayumi Otaki
Photo: Hako Hosokawa



 

いつもと違う東京都観光には、八王子市の〈東京八王子蒸溜所〉がおすすめ。


東京八王子蒸溜所


所在地東京都八王子市椚田町1213-5
アクセス京王高尾線「狭間駅」から徒歩8分
電話番号042-664-0578
URLhttps://hachioji-distillery.jp/
※蒸溜所ツアーは予約制です(不定期開催)

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。