絵本の世界に出てくるような場所で、好きな絵本に出会ってもらいたい
三重県の最北端に位置するいなべ市。滋賀県と岐阜県に隣接する山あいのまちは、北に養老山地、西に鈴鹿山脈を擁し、市のほぼ中央を員弁川(いなべがわ)が流れている山紫水明の地。豊かな自然に囲まれた森の入り口に、田端佳織さんが営む〈絵本とこども道具 kiwi(キーウィ)〉はある。絵本や暮らしの本、雑貨、有機野菜、自然食品などを扱うお店だ。以前は三重県亀山市にお店を構えていたが、ある友人との出会いをきっかけにいなべ市へ移転。2021年7月からこの地で営業している。
「夫が友人から、森の利用について相談されたことがきっかけでした。その森に家を建ててもよいと言ってもらったので、移住を決めました」。森の一部だった場所を開拓し、家とお店が完成するまで7年ほどかかったそう。「絵本の世界に出てくるような場所で、好きな絵本に出会える。そんなテーマでお店を建てました。私たちはパーマカルチャーの考え方を取り入れて暮らしているので、それをお店でも実践して体感してもらえたらと思っています」。基礎にコンクリートを使わない石場建て、板を重ねていくシダーシェイクのとんがり屋根や外壁、土壁、草屋根、バイオトイレなど、人と自然の共生を意識したパーマカルチャーの考え方が随所に見られる。どこか懐かしいような、それでいて非日常なような、まさに絵本の世界に触れられるような佇まい。店内に入ると、木材やハーブの香りも感じられ、心が落ち着く空間となっている。
※パーマカルチャーは、パーマネント(永続性)と農業(アグリカルチャー)、文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、永続可能な農業をもとに永続可能な文化、即ち、人と自然が共に豊かになるような関係を築いていくためのデザイン手法(パーマカルチャー・センター・ジャパンより)
https://pccj.jp/about-permaculture/ 体験を通して人と人とがつながっていく場所に
絵本から雑貨、食品まで扱う〈絵本とこども道具 kiwi〉。幅広いジャンルの商品には、田端さんのこだわりが反映されている。「絵本は、自分が読んでよかったものや、何度も読みたいものを選んでいます。食品は地元でつながりのある人たちから仕入れているものが多いですが、自分たちが食べたいもの、子どもたちに食べさせたいもの、という観点から、できるだけ体や環境に負荷がかかりにくいものを選んでいます」。〈kiwi〉には、地元のお客さんをはじめ、田端さんと同じようなライフスタイルを嗜好するお客さんや、小さな子どもを連れたお客さんが多く訪れるそう。
話題は変わって、旅に出る前に読みたい本。田端さんが選んでくれたのは、絵本作家・荒井良二さんの「はっぴぃさん」。「のんびり屋の男の子と、あわてん坊の女の子が、山にいるはっぴぃさんに会いに行くお話です。はっぴぃさんは、人なのか神様なのか、困ったことや願いごとを聞いてくれる存在。それぞれ別々に出発して山に辿り着くんですが、待てどもはっぴぃさんは現れない。やがて2人は、はっぴぃさんに聞いてほしかったことを話すんです。男の子は『どうしたらのろのろじゃなくなるのか』、女の子は『どうしたらあわてなくなるのか』といった具合に。すると女の子は男の子に『のろのろなのは何でも丁寧だからだと思うわ』と答え、男の子は女の子に『あわてるのは何でも一生懸命だからだと思うよ』と答える。旅は目的地に行くこと自体の楽しさもありますが、醍醐味は人との出会いだと思うんです。この絵本には、旅先のすてきな出会いが描かれています」。
4人の子を持つ田端さん。子どもが生まれてからは、あまり旅に出ていないそう。「私は旅する人を迎えるほうが向いているかも(笑)」と話してくれたが、〈kiwi〉にやってきた人との出会いも、広くとらえたら「旅にまつわる出会い」なのだ。
いなべ市は近年、仲間が仲間を呼び、同世代の家族や若い夫婦、創作活動をする作家などの移住者も増えてきたと田端さんはいう。このまちで描く〈kiwi〉の未来について聞いてみた。
「草木染めや野草を食べる会など、ちょこちょこワークショップもやるようにしています。商品を買いに来てもらうだけでなく、体験をしに来てもらいたいんです。体験を通して、私たちとお客さん、お客さんとお客さんがつながっていく。そういうつながりが生まれる場所にしていきたいなあと思っています」。
〈kiwi〉の一角には「たねの交換所」があり、各家庭で自家採種した固定種の種をシェアしている。もらった種をまいて、収穫して、採種できたら種を持ってきてもらうのだ。田端さんがお客さんに向けてまいている「体験をとおしてつながる」という種は、いなべの自然の中でどのような実をつけていくのだろう。あなたも、その輪の中に入ってみてはどうだろうか。
Text:Atsushi Tanaka
Photo:Shinya Tsukiokaいつもと違う三重県観光には、いなべ市の〈絵本とこども道具 kiwi〉がおすすめ。
絵本とこども道具 kiwi
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