滋賀県甲賀を、ぐるりと巡る。「NOTA_SHOP」から始まる旅。


“組み合わせ”を楽しく学ぶ、ハイブリッドな「NOTA_SHOP」の世界。

看板は出ていない。合ってるかな? とちょっぴり不安に思いながらも、車がすれ違えないほどの細道をマップを頼りに進んで行く。するといきなり目の前が開け、大きな平家が現れる。これが一軒目にして今回の旅の目的地、今年でオープン6年目を迎える「NOTA_SHOP(ノタショップ)」。ライフスタイル全般のデザインと陶器の制作販売を行う「NOTA&design」が展開するギャラリーショップだ。
「もともとは親戚がやっていた焼きものの工場だったんですよ。本当にボロッボロのゴミ屋敷状態だったのを購入して、改装して使ってます」。15トンものゴミを処分したというからすごい。
「もともとは親戚がやっていた焼きものの工場だったんですよ。本当にボロッボロのゴミ屋敷状態だったのを購入して、改装して使ってます」。15トンものゴミを処分したというからすごい。
主宰の加藤駿介さんはこの町の出身。大学は京都へ、その後ロンドンに留学し、東京で就職と若いうちに外の世界を回ってきた。
「東京では広告業界にお世話になっていました。ダイナミックに動いていく面白さはあったんですけど、作ったものが少しずつ薄まっていくような感じが僕にはあまり合わなくて。焼きものだったら、ものを作って相手に届けるところまで一貫してできるんじゃないかと思って、2008年に信楽に戻ってきたんです」
情報の中心はまだほとんど都市部にあって、SNSも今のような盛り上がりは見せていなかったころ。
「当時は僕らが行きたいと思うようなお店も、ほとんどなかった。今は新しいお店も増えてきて、若い子がレンタカー借りて来てくれたりする。温泉とか以外に「地方に遊びにいく」っていう感覚って、昔はあんまりなかったと思うんですけど、それがかなり変わりましたね」
取材日の少し前まで展示されていたアーティスト・野田幸江さんの作品(現在は終了)。野田さんはオープン当初から店内の生け込みを毎月担当している。「彼女は、ちょっと本当に天才なんです」
取材日の少し前まで展示されていたアーティスト・野田幸江さんの作品(現在は終了)。野田さんはオープン当初から店内の生け込みを毎月担当している。「彼女は、ちょっと本当に天才なんです」
NOTA_SHOPの方針はいたってシンプル。扱っている商品に関してはホームページでもインスタグラムでも必要以上の情報を出していないし、今のところオンラインショップも未開設。
 「人間て生き物で唯一、色や形に興味があってそういう感覚でものを選べる。だから、情報だけじゃなくてそっちも大事にしてほしいんです。丁寧にしすぎると、考えなくなるでしょ。できれば実際にものを見て選んでほしいし、いろいろ迷うくらいのほうが、ちょうどいいんちゃうかって」信楽だから、といって焼きものだけの店にしようと考えたことは一度もなく、広い広い店内には焼きものも木工も、ガラスも衣服も、オブジェも日用品もある。
「僕らが扱っているものは機能的なものではないので、合わせるものや空間っていう他の要素が重要になってくる。現代美術にしろ工芸にしろ余程のコレクターでもない限り、みんなそれを生活の中に置くじゃないですか。だから、買って帰ったあとのイメージを膨らませられるような見せ方を意識しています」
よそからきた方に地元のものを知ってほしいので、焼きものに関しては近隣の作家さんものと自社商品を少し。そのほかのものは逆に、地元の人や若い人に見てもらいたいものをセレクトしている。
よそからきた方に地元のものを知ってほしいので、焼きものに関しては近隣の作家さんものと自社商品を少し。そのほかのものは逆に、地元の人や若い人に見てもらいたいものをセレクトしている。
「例えばこれで店の床を木にしたら、ノスタルジーが強すぎちゃう。だからバキッとさせることでバランスを取る。そういう「組み合わせ」を追求して提案していく場所ですね」
 ここ2年くらいでお客さんに若い人がすごく増えた。
「“ここに来たらものを作りたくなった”とか言ってもらえたり。すごく嬉しいです」
店内には小さなカフェも。左に見える円柱は「泥漿」という陶芸用の泥をつくるスペースだったものをそのまま生かしている。
店内には小さなカフェも。左に見える円柱は「泥漿」という陶芸用の泥をつくるスペースだったものをそのまま生かしている。
かつては加藤さんも“みんなで町づくりをしよう”という、地域の活動に参加したこともある。
 「なんとかしたい気持ちはあるから、会議上では順調に進んでいくんですよ。でも実際に動き出してみると、こっちが思う“いいもの”と、他の人が想定しているものとがぜんぜん違っていたりする。描いているものが違うんです。じゃあ仕方ない、自分でやるしかないなと」

いろいろと考え話し合いを重ねた結果、奥様とふたりでゼロから始めようという結論に。
 「もちろんみんなで盛り上がっていくのも、すごく大事なこと。とはいえ方向性が違うものを無理やり一緒くたにしたら、それこそやりたいことが薄まってしまうし、責任も曖昧になりますよね」
窓が多い建物なので、居ながらにして変わっていく景色を楽しめる。「なんだか飽きないですねえ。この周りの環境が、この店にとって大きいんちゃうかなって気がしますけどね」
窓が多い建物なので、居ながらにして変わっていく景色を楽しめる。「なんだか飽きないですねえ。この周りの環境が、この店にとって大きいんちゃうかなって気がしますけどね」
夫婦で同じ方向を見て「やりたいこと」をやっていけるのは、心強い。
「僕も映像とかグラフィックとか出身で、奥さんもグラフィックやってて、陶器だけ作ってたわけじゃないというところもこういう形につながっているのかなと思います」

「最初に道を切り拓いていく人がいて、そのフォロワーが出てくることで大きな動きになると思うんですけど、切り拓いた人と同じことをやることに僕は興味がなくて。リスペクトは大いにあるけど、それを踏まえて違うことをしていきたい。やってることは、昔からあんまり変わってないですね」

とすると、すでに売れっ子で知名度の高い人の展示はしないというのも頷ける。
「ここでやる意味がないかなと思って。まだ知られていなくても力があって、50年後も100年後も残るような人、ものを紹介していきたいんです」
ものも人も“自分がいま何に興味があるのか?” というのを常に見極めること。その本気度がたくさんの人を惹きつける。
田んぼの間を走る信楽高原鐵道。「田舎で都会みたいなことをしても意味ないな、と思う。こういう景色だったり、ゆったりした感じとか自然っていう田舎の良さ…… そういうのを大事にしたい」
田んぼの間を走る信楽高原鐵道。「田舎で都会みたいなことをしても意味ないな、と思う。こういう景色だったり、ゆったりした感じとか自然っていう田舎の良さ…… そういうのを大事にしたい」
帰りがけに加藤さんがおすすめスポットを教えてくれた。
「信楽って聖武天皇の時代に都があったんですよ。その跡地が紫香楽宮跡っていうんですけど。そこ、すごくいいです」。
誇りを持って限りなく地元を愛する人が作ったお店、なのである。
ちょっと日本ではないような佇まいの工房、気持ちよさに驚き。土日以外は稼働していて、お店は土日も開いている。よって加藤さんはほぼ休みなし。「社員はお店が2人、工房に奥さん含め4人。僕を入れて全部で7人で、必死で回してます(笑)」
ちょっと日本ではないような佇まいの工房、気持ちよさに驚き。土日以外は稼働していて、お店は土日も開いている。よって加藤さんはほぼ休みなし。「社員はお店が2人、工房に奥さん含め4人。僕を入れて全部で7人で、必死で回してます(笑)」

創意工夫と自由を味わう、「ちょっと中華な食堂 alo」。

お昼を食べに向かったのは、NOTA SHOPから車で10分ほど行ったところにある中華料理店「alo(アロ)」。白い暖簾をくぐり中に入ると、印象的な高い天井と白い壁。2022年の4月にオープンしたこちらを営むのは谷川さんご夫妻。二階建ての荒れた古民家を解体するところから自分たちで行ったというから、驚きだ。
「もっと言うと、敷地内に流れていた川を堰き止めることからですね(笑)。電気と水道以外、コンクリートを流すところも全部やりました」

 15年ほど前に大阪から移住したお二人は建築業界出身。飲食業はこれが初めてという。
「子どもがここ(信楽)で育つことを考えたときに、“子どもの近くで働いて、地域にも密着したい”と思ったんです。それを実現するために自分たちに出来ることは何かと考えた結果、この形に辿り着きました」
お子さんが小さいこともあり現在営業は昼間のみ。基本は定食スタイルで、5種から選ぶメインにごはんとスープ、4皿の副菜が付いてくる(¥1,540)。メニューには「麻婆豆腐 / 酢豚 / 油淋鶏 / 回鍋肉 / 海老マヨ」といわゆる定番中華が並ぶ。しかし運ばれてきたのは、見た目も味もスタンダードなそれとはちょっと違ったaloスタイルのフュージョン中華。白い餡に驚かされる麻婆豆腐、歯応えが堪らない海老マヨ、アンチョビに蕗味噌、炭オイルが香る回鍋肉…… やさしい味わいの中に複雑さを忍ばせた、美しく丁寧な料理。旬の食材を使った副菜やスープも含め、信楽にきたついでに中華を食べるというより「aloのご飯を食べに信楽に行く」という楽しみ方がぴったりだ。「alo」とはラテン語で「育てる・成長させる」という意味を持つそう。「子どもが育つ街を自分たちと一緒に育てていきたいという想いがあって。信楽って尖ったことをしている人たちが実はたくさんいて、独特のカルチャーがある。この先、“信楽に来たら面白いものがある!”ってなったらいいなと。そうなれば子どもたちが将来、信楽の外に出ても出なくても、自信を持って成長していける土台になるんじゃないかと。おこがましいかもしれませんが、うちもその一端を担えたらなと思っているんです」。
駐車場はお店から少し離れているので、車で行かれる方はご注意を。
コーヒー(¥550)もとても美味しい。「豆は滋賀県の高島市にある『漕人』さんにお願いしてます」。この日は信楽在住の陶芸作家・山田洋次さんのスリップウェアカップで。
コーヒー(¥550)もとても美味しい。「豆は滋賀県の高島市にある『漕人』さんにお願いしてます」。この日は信楽在住の陶芸作家・山田洋次さんのスリップウェアカップで。

ここ以外、どこにもない「ハナノエン」という空間。

aloから国道307号線を走らせること25分。「まあこんなところまで、よう来てくださいました」と笑顔で迎えてくれたのが「ハナノエン」店主・野田幸江さん。NOTA_SHOPなどのギャラリー、ショップ、そして神社などさまざまな場所の生け込みをするフローリストであり、植物を使った創作活動を続けるアーティストでもある。
お店に立ち入るより先に、なんとも言えない庭の光景に見惚れてしまう。
「ここ(店舗)は農機具を入れたりアトリエとして使っていて、軽トラとかで入れるところだったんです。けどお店にするんやったら庭があるほうがいいなと思って、アスファルトを崩して庭にしました」
町中で50年ほど営業していた家業の生花店を現在の場所に移したのは2021年のこと。画家をしながら手伝っていた野田さんは、いつか理想の庭や空間を追及できたらいいなと、心のどこかで思っていたと言う。
庭にも店内にもりっぱな石がいくつも使われている。「うちはもともと、造園土木の会社やったんです。だから資材置き場にこんな石が眠っているのがもったいないなと思って。簡単に動かせないからなかなか難しいんですけどね。あ、ちょっと違った元戻して~! って、うへえーってなる(笑)」
庭にも店内にもりっぱな石がいくつも使われている。「うちはもともと、造園土木の会社やったんです。だから資材置き場にこんな石が眠っているのがもったいないなと思って。簡単に動かせないからなかなか難しいんですけどね。あ、ちょっと違った元戻して~! って、うへえーってなる(笑)」
「まあ、わざわざこんなところまで花を買いに来るお客さんもいないよなあって諦めようとしてたら、コロナの時にイベントごとの需要が減って。時間のある間にここの片付けを始めたんですよね。そしたら段々「先なんてどうなるか分からへんし、動いたついでにやってしまおうかな」って思うようになって。友達もやるなら今しかないんちゃう?って言ってくれたし、 もうエイッ やってしまえって」。
お店を訪ねたのは12月。生垣代わりのサザンカは花絨毯も見事だった。「これがもっとうわーっと咲くとちょっと狂気じみた感じになって、ますますいいなあって思って」
お店を訪ねたのは12月。生垣代わりのサザンカは花絨毯も見事だった。「これがもっとうわーっと咲くとちょっと狂気じみた感じになって、ますますいいなあって思って」
お店づくりには地元の大工さんや近所の方々、友人たちがたくさん手を貸してくれた。
「そしたらもう、お客さんが来るとか来ないとかどうでも良くなったというか(笑)。前に進むしかないなってなりました」。
気が向いたらお茶でも飲めるようにと椅子とテーブルを置く。取ってきた草を植えたり、風で飛んできたものをそのまま育てたり、種をばら撒いたり…… 試行錯誤しながら庭を育てるのは作品づくりと連動している。
「雑草を入れたらいま50種くらいかな。これからどうするか迷ってますけど、ちょっとずつ気に入ったものを植えて増やしていけるといいなと思っています。近所の方もみんな畑仕事をしているからたまに手伝いに来てくれて。草ボーボーやないか!って雑草を抜いてくれたりするんですけど、「いや、それ残してんねん!」って(笑)」。
「スティパのエンジェルヘアーって呼ばれてるイネ科の仲間なんですけど、日本の土壌にあんまり合わなくてすごく枯れちゃって、今は4分の1くらいだけ残ってる。貴重なんでもうこれは『大切なスティパ』っていう作品になりました(笑)」
「スティパのエンジェルヘアーって呼ばれてるイネ科の仲間なんですけど、日本の土壌にあんまり合わなくてすごく枯れちゃって、今は4分の1くらいだけ残ってる。貴重なんでもうこれは『大切なスティパ』っていう作品になりました(笑)」
お店では切り花と枝物を半々くらいで扱う。枝物は野田さん自ら山に入って採ってくることもあるとか。「あとは花屋らしく、お仏花とか墓花とかですね。“人の生き死に”に寄り添う、そういう切実な用途のお花も続けていきたいです」無粋を承知で、自分で花を飾るときに素敵に生けられるコツがないか訊いてみた。
「自然で生えてる感じをよく観察して、それを真似するということもいいかもしれないですね。(花束の状態で)ぎゅっと詰まった揃った感じもそれはそれでかわいいですけど、生けるときにはちょっと隙間を開けて、花と花を当たらへんようにするというのもいいと思いますね。茎がね、きれいなんですよ。お花が生えている茎が、きれいやなあと思って」
壁際に並んでいるのは日野町在住の陶芸作家・田中敬史さんと、aloでも使われていた山田洋次さんの花器たち。こちらはすべて購入可能。「棚を作って置いてみたら、しっくりきすぎて展示だと思われちゃって(笑)」。手前の巨大な藁の束は作品かと思いきや「椅子です、どうぞ座ってください」。
壁際に並んでいるのは日野町在住の陶芸作家・田中敬史さんと、aloでも使われていた山田洋次さんの花器たち。こちらはすべて購入可能。「棚を作って置いてみたら、しっくりきすぎて展示だと思われちゃって(笑)」。手前の巨大な藁の束は作品かと思いきや「椅子です、どうぞ座ってください」。
アレンジメントのオーダーもできる(要問い合わせ)。
「例えばカゴに苔を敷いて地表みたいな感じにして、そこに花を刺して…… 生えてるところからそのまま来た、みたいな感じをイメージしたり。覗き込んだらいろいろ見えてくるようなね。けっこう作り込まへんとできひんけど(笑)」
もともと、草系のものが好き。
「ずっと田舎で育って、“風景で見てる”っていうのがあるのかもしれない。例えばここもね、秋はあっちにススキ、こっちにセイタカアワダチソウが同じくらいの量感でワーーッ!て咲いてすごいんです、もう真っ黄色で。ああ、美しいなあ……と」
春は桜並木と鯉のぼり、夏は青く茂った畑と山々、そして真冬には雪景色。自然を直球で愛でられる場所にありながら、街中からのアクセスも悪くない。心地よい空気に満たされた、ハナノエンという名の異空間。この魅力にたっぷりと触れてほしい。

畑と田圃、山々に包まれた美しい風景の中に魅惑のスポットが点在する甲賀。現実と非現実の世界が合わさった不思議な場所のように感じたけれど、自然と人が調和するってそういうことなのかもしれない。そうだ、次回はローカル線だ。温かくなったらすぐ来よう。



 
Text: Kei Yoshida
Photo: Hako Hosokawa




 


いつもと違う滋賀県観光には、〈NOTA_SHOP〉〈ちょっと中華な食堂 alo〉〈ハナノエン〉がおすすめ。

NOTA_SHOP(ノタ ショップ)


所在地滋賀県甲賀市信楽町勅旨2317
アクセスJR「京都駅」から車で約60分・JR「名古屋駅」から約80分/信楽高原鐵道「勅旨駅」から徒歩12分
電話番号0748-60-4714
URLwww.nota-and.com
営業時間11:30〜18:00
休業日火曜・不定休


 

ちょっと中華な食堂 alo(アロ)


所在地滋賀県甲賀市信楽町黄瀬1613
アクセスJR「京都駅」から車で約50分(国道307号線「牧」信号付近)/信楽高原鐵道「雲井駅」から徒歩12分
問い合わせインスタグラムのメッセージより受付
URLhttps://www.instagram.com/alo_shigaraki/
営業時間11:00〜15:00入店まで
休業日日曜、月曜、祝日、不定休 ※月2回火曜


 

ハナノエン


所在地滋賀県甲賀市水口町春日947
アクセスJR「京都駅」から車で約60分/JR草津線「貴生川駅」から車で約17分/名神高速道路「竜王インターチェンジ」から車で約30分
電話番号0784-62-3107
URLhttps://www.hana-no-en.com/

https://www.instagram.com/hana_no_en_flowers/
営業時間11:00~18:00 ※火曜日は予約制
休業日水曜、木曜、第1・第3日曜


 
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。