静岡初のクラフトジン蒸留所〈沼津蒸留所〉を訪ねる。

アジア最大級の蒸留酒品評会「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2022」で金賞を獲得したクラフトジンがあるらしい。名前は「LAZY MASTER ~Heavenly Rose~(レイジーマスター ヘブンリーローズ)」。SNSで検索したら、天女のような美しいイラストのパッケージにすっかり心を奪われた。素材として静岡県河津町のバラを使用しているんだとか。一体、どんな味わいなんだろう? 俄然、興味が湧いてきた。

製造販売元である〈沼津蒸留所〉は、静岡初のクラフトジン蒸留所なのだそう。カフェバーが併設してあって、そこでクラフトジンが味わえるらしい。狩野川近くにあり、テラス席からの眺めも素晴らしいこの場所でおいしいクラフトジンを飲めたら、いい旅の思い出になるに違いない。


自然豊かな沼津市で生まれた蒸留所


静岡県東部に位置し、伊豆半島の玄関口でもある沼津市。富士山と駿河湾に囲まれた立地のよさで、1年を通して温暖な気候が続く穏やかな地域だ。海の幸が楽しめる沼津港があるほか、ミカン畑や茶畑など農作物の栽培も盛ん。まさに、自然に恵まれたエリアである。

〈沼津蒸留所〉はそんな沼津の美しい景観を堪能できる狩野川沿いに位置している。JR沼津駅からは徒歩8分ほど。駅南口を出て南下していくと、賑やかな駅周辺とはまた異なり、落ち着いた雰囲気の町並みが広がっている。
右手に狩野川を見ながら少し進むと、今回の目的地である〈沼津蒸留所〉が見えてきた。
テラス席の奥に黒を基調としたおしゃれな建物が見えたが、蒸留所らしくない雰囲気に驚く。本当にここでクラフトジンがつくられているのだろうか? 思い切って入り口から中を覗き込んでみた。
株式会社FLAVOUR 取締役 永田暢彦さん。
株式会社FLAVOUR 取締役 永田暢彦さん。
迎えてくれたのは〈沼津蒸留所〉の立ち上げメンバーのひとりである永田暢彦さん。神奈川県出身の永田さんは沼津市の建設会社に就職後、家具職人として独立したことをきっかけにこの地に移住した。沼津でバーを営んでいた小笹智靖さんと出会い、2020年から一緒にクラフトジンの製造販売をスタートすることになる。「海や山が近く自然に恵まれたこのエリアは、草花や果実、富士山の湧き水などクラフトジンをつくるための材料がそろっていました。とくに柑橘類やハーブが多く、季節ごとにさまざまな種類が採れるのも魅力。この素材を使えば、多くのバリエーションのクラフトジンが製造できると思ったんです」と永田さん。
沼津蒸留所のクラフトジン「LAZY MASTER」シリーズ。
沼津蒸留所のクラフトジン「LAZY MASTER」シリーズ。
“フタを開けると沼津の香りがするお酒”をコンセプトにして、できあがったのがオリジナルのクラフトジン「LAZY MASTER」シリーズだ。どれも香り付けのメインに、静岡県東部や伊豆半島で採れるボタニカルを使用している。

シリーズ名の由来は、西浦みかんの生産地である沼津市西浦に伝わる昔話“仙人みかん”。登場人物である“怠け者の仙人”にちなんで「LAZY MASTER」と名づけられた。西浦みかんは、シリーズ第一弾の「LAZY MASTER ~Silky Citrus~(レイジーマスター シルキーシトラス)」に使われているメイン素材でもある。ボトルのイラストは、沼津市出身のアーティストNino Japan(Ninomiya Yasunori)が手がけた。沼津のエッセンスをふんだんに盛り込まれた「LAZY MASTER」シリーズ、そのこだわりが十分に感じられる。

 

小さな蒸留所から始まった挑戦


さっそく蒸留所を見せてもらうことに。蒸留器やタンクなどが設置された蒸留所は、意外にもとてもコンパクトなスペースだった。
使用しているのは、特注でつくった300Lの単式蒸留器。沼津駅前にあるブリュ―パブ「Repubrew」のクラフトジン専用の原酒をベースに、10種類のボタニカルを組み合わせてつくっている。さらにタンクで2週間ほど寝かせることで、まろやかな味わいへと仕上げている。

永田さんに聞くと、クラフトジンのレシピは「香り、余韻、アクセント」を意識して組み立てているそう。素材の配合量によって味わいも大きく変わるため、毎回試行錯誤の連続だ。販売開始後にユーザーの反応を見て、レシピの微調整を行うこともあるという。少量生産だからこそできる、クラフトジンならではのおもしろさだ。蒸留所内には「LAZY MASTER」シリーズの香りを試せるスペースも。実際に嗅いでみると、それぞれの個性を感じることができる。

一番気になっていた「LAZY MASTER ~Heavenly Rose~」はバラの華やかな香りがアクセントに。煙で香りをつけた「LAZY MASTER ~Smoky Gold~(レイジーマスター スモーキーゴールド)」も、ウイスキーを思わせるスモーキーな香りが癖になる。どれも香り高く、実際に飲んでみたい気持ちがふつふつと湧き上がってきた。せっかくなので、併設のカフェバーでクラフトジンを飲んでみることにした。

併設のカフェバー〈THE CHAMBER〉で楽しむクラフトジン


蒸留所に併設されたテイスティングルーム&カフェバー〈THE CHAMBER〉では、「LAZY MASTER」を使ったカクテルを楽しむことができる。定番のジントニックや、ジンリッキーなどさまざまなメニューが用意されているが、永田さんのおすすめは「シースカウト」。バー文化が根づく沼津市で生まれたオリジナルのカクテルで、ジンにブルーキュラソー、グレープフルーツジュースを加えてつくる。
使うクラフトジンは好きなものを選ぶことができるが、今回は柑橘類をメインに使っている「LAZY MASTER ~Silky Citrus~」をチョイス。より爽やかですっきりした味わいになり、ジン初心者にも飲みやすい一杯になった。

もっと「LAZY MASTER」の個性を強く感じたいなら、ジンソーダもおすすめだそう。ジントニックに比べてシンプルなカクテルなので、その風味をダイレクトに感じることができる。「LAZY MASTER ~Heavenly Rose~」でつくってもらったら、その華やかな香りと優しい甘みが感じられて、より贅沢な気分が味わえた。沼津の美しい景色のなか、そのおいしさを味わう時間は格別だ。

これからも自由な発想でクラフトジンづくりを


今冬には「LAZY MASTER」の第6弾「LAZY MASTER~Lushly Green~(レイジーマスター ラシュリーグリーン)」が販売される。メインで使用する素材は静岡県松崎町でつくられる桜葉の塩漬け。松崎町は国内シェア70%を誇る桜葉の名産地。桜葉をそのままではなく、塩漬けにして使うことで、上品な香りをより引き出すことができるそう。塩分はほとんど湯気にならないので、蒸留の際にジンに塩味が移ることはないという。

伊豆のピオーネなど注目している素材がまだたくさんあると話してくれた永田さん。第7弾、第8弾の商品も構想中で、〈沼津蒸留所〉の挑戦はこれからも続いていく。

「異業種から参入したので、“こうしなければならない”という固定概念がないことが〈沼津蒸留所〉のよいところ。これからも枠にとらわれずに味を追求していきたいですね」

ほろ酔い気分の帰り道。自分へのお土産に買った「LAZY MASTER ~Heavenly Rose~」を片手に、次はどんなクラフトジンがつくられるのだろうと思いを馳せる。つくり手の想いやその香りから、沼津の町そのものを、そして地域に根づくストーリーを感じることができた。その味わいを堪能しに、またこの町に訪れたい。
 


Text: Ayumi Otaki
Photo: Hako Hosokawa




 
 

いつもと違う静岡県観光には、沼津市の〈沼津蒸留所〉がおすすめ。


沼津蒸留所


所在地静岡県沼津市上土町8
アクセスJR沼津駅から徒歩8分
電話番号055-955-6222
URLhttps://flavour.jp/
営業時間月~金 9:00~21:00、土 17:00~21:00
休業日日曜

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。