ある少女との運命的な出会いから生まれた、子どもの本専門店
東に伊勢湾、西に鈴鹿山脈を望む、三重県の最大都市、四日市市。中心市街地から少し離れた松本街道沿いに〈メリーゴーランド〉はある。1976年の開店から45年以上続く、子どもの本専門店だ。代表の増田喜昭さんは、書店だけでなく、入居する〈ときわ文化センター〉の運営を手がける。ご自身も童話塾や絵本塾、遊美術(あそびじゅつ。遊びと美術を掛け合わせたワークショップ)の運営、少林寺拳法の指導などを担当している。
なぜ子どもの本専門店なのか。もともと絵本が好きだったことに加えて、ある少女との運命的な出会いが増田さんを動かした。「名古屋の〈メルヘンハウス(※)〉が新聞記事になっていて『子どもの本だけで商売として成立するのか』と興味を持ったんです。それで文化センターを計画していた父と姉とぼくの3人で、店主に会いに行って。お店に入ると、小さな女の子が小さなイスに座って本を読んでいた。その後ろ姿を見て『これをやりたい!』と。雷に打たれたような感覚でしたね。帰りの車中で父に『子どもの本専門店をやる』と言って、数日後には会社も辞めました」。
※ 1973年、日本で初めての「子どもの本専門店」として誕生した名古屋の書店。〈メリーゴーランド〉という店名は、増田さんの原体験からきているそうだ。「5歳のころ、父に連れていったもらった名古屋の東山動植物園。そこで乗ったメリーゴーランドですね。父が見えているときは楽しいけれど、父が見えなくなったら泣いてしまった。おもしろい乗り物ですよね。さっきまで笑っていたのに、親が見えなくなると急に不安な顔で乗っているんですから(笑)。それで、『どんなときも子どもを笑顔に』という初心を忘れないよう、店名にしました」。
子どもたちに伝えたいのは「自分で本の扉を開く」おもしろさ
同じ本でも、人によって感じる「おもしろさ」は違うものだ。それは、読書が「作者と読者がいっしょに世界をつくる作業」だからだと増田さんは言う。「たまに子どものときに好きだった本を読み返すと、好きな場面が見つからないんですよ。その人なりの経験を重ねたうえで読むものだから、人によって、タイミングによって、見えてくる世界が違ってくるし、おもしろさも違ってくる。作者だけでなく、読者がいて成立するというか、共同で本の世界をつくっているんです。子どもたちにも『自分で本の扉を開こう』と伝えています。自分で本の中の主人公に会いに行く、その先にある作者に世界に会いに行くのって、まさに旅と近いですよね」。
増田さんが選んだ「旅に出る前に読みたい本」は、大竹英洋さんの「そして、ぼくは旅に出た。はじまりの森 ノースウッズ」。担当編集者が増田さんの知り合いで、ゲラを読ませてもらって、ほれ込んだという。「主人公の作者は大学卒業後、何を撮るカメラマンになるのかを決めかねていた。そんなときに夢の中で、薄暗い木の小屋から立派なオオカミを目にする。そして『これを撮る人になる』と決心。図書館でオオカミの写真集を見て、世界的な写真家の存在を知り、弟子入り志願をするために会いに行く。そうして出た旅の道中と、旅先でのことが書かれた本です。作者初の文章作品ということもあり、上手な文章とは言えませんが、淡々と書かれている心情や体験したことなど、書かれている内容が、ものすごくいい。『なんだか朝日を見に行きたい!』と思うような読後感でした」。
京都にも店舗を構える〈メリーゴーランド〉。出店のきっかけは、増田さんが師と仰ぐ心理学者の河合隼雄さんが夢に出てきて「京都に店を出せ」と言ったことだった。「会いたい写真家がいるのは、アメリカとカナダの国境付近から北極圏にかけて森と湖が広がるノースウッズですよ。約5,000年前から何も変わらず、何かを持ち込むことも、持ち去ることも許されていない場所ですよ。アテもないのに『夢を見たから』と行ったところにも共感しました」。増田さんは作者の大竹さんに連絡を取り、拠点を置く神戸まで会いに行ったという。二人が意気投合して、一緒にノースウッズを旅した話は、機会があればまた今度。
子どもの本専門店や教室を運営しながら、松本山のてっぺんで行う『ちんじゅの森コンサート』や、こどもがつくる子どものまちをコンセプトにした『こども四日市』など、地域に目を向けたイベントの立ち上げなども行ってきた増田さん。真ん中にあるのは「地域のために、子どもたちのために」という思いだ。「ぼくは生まれも育ちも四日市。いろいろな活動ができているのも、知り合いやそのまた知り合いが助けてくれるから。地域の人がいてこそです。先日「私の好きなまち、四日市」という絵の展示会があって、ある子どもが『四日市に〈メリーゴーランド〉があってよかった』と描いてくれました。何か報われたようで、うれしかったです。これからも子どもたちがこのまちを好きになれるようなことを、いろいろ仕掛けていきたいですね。最近のテーマにしているのは、中高生。塾とクラブ活動をがんばるのもいいですが、このまちにはもっと楽しいことがあることを知ってほしいですから」。
増田さんは以前、たばこ屋のおばちゃんに「駅から降りてくる人が〈メリーゴーランド〉どこですか?って聞いてくるから、看板でも出してよ」と言われたことがあったという。そのときの答えが好きだ。「おばちゃんがニコニコ笑って『こっちですよ』って言ってくれたほうが、ぼくもうれしいし、そういうまちが好きだから、看板なんて言わないでお願いしますよ」。自分が旅をして訪れるまちも、そうだとうれしい。
Text:Atsushi Tanaka
Photo:Shinya Tsukiokaいつもと違う三重県観光には、四日市市の〈メリーゴーランド 四日市本店〉がおすすめ。
メリーゴーランド 四日市本店
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。