みんなの可能性の扉をひらいていく本屋
1300年以上の歴史をもつ美濃焼の産地として発展してきた多治見市。JR多治見駅の南口から約8分、「ながせ」と書かれたレトロなアーチをくぐった先に〈ひらく本屋 東文堂本店〉はある。以前は〈東文堂本店〉という屋号で、駅前の商業ビルにお店を構えていた。駅南口エリアの再開発で商業ビルが建て替えられるのを機に、2019年〈ながせ通り商店街〉へ移転。「まちと関わり合いながら、みんなの可能性の扉をひらく本屋」をコンセプトに、新たなスタートを切った。本屋のある〈ヒラクビル〉には、レンタルルームやシェアオフィスのほか、カフェバーも入居。購入前の本をカフェバーに持ち込んで読みながら飲食をしたり、テイクアウトしたドリンクを本屋に持ち込んで立ち読み(またはソファで座り読み)したり、思い思いの過ごし方を楽しむことができる。
店長の木野村直美さんは、移転当時を振り返る。「商店街は空き家が多く、このビルもしばらく止まっていた時間がありました。今でこそ認めてくれていますが、当時は『近くにお店もほとんどないのに』、『雑誌やコミックも置かないなんて』と周囲は猛反対。賭けでしたね」。ところが〈ひらく本屋 東文堂本店〉がオープンすると、商店街の雰囲気も徐々に変化。喫茶店、雑貨屋、サンドイッチ屋、居酒屋など、たくさんの若手起業家が、このまちで可能性をひらかせていった。
いい出会いを生み、育んでいける場所にしていきたい
お店に並べる本を選んでいるときが、一番楽しいと木野村さんは言う。「読んだ本もたくさんありますが、読みたい本、気になる本もたくさんあります。仕事として選んではいるものの、私が読みたい本ばかりなので、お店全体が私の積読なんですよね(笑)。あまり偏らないように、と気をつけていますが」。先に触れたように〈ひらく本屋 東文堂本店〉には、書店の稼ぎ頭である雑誌やコミックは、ほとんどない。選書の傾向は、ファンタジーよりリアル。人間の影を描いた小説や、専門的な図鑑なども多いそうだ。
木野村さんが選んでくれた、旅に出る前に読みたい本は、吉田真紀さんの「日本全国タイル遊覧」。多治見市は、釉薬(うわぐすり)をかけた施釉磁器モザイクタイル発祥の地で、生産量は全国トップ。さすがは「やきもののまち」である。さらに2022年(取材時)は、化粧レンガや装飾レンガなど、さまざまな呼び方を「タイル」に統一してちょうど100年目だという。「この本は、作者が全国を旅してグッときたタイルを、愛情あふれる文章と写真で紹介している本です。博物館や美術館、温泉施設など、建物になじみすぎていて『タイルを見るぞ!』と意識しないと、天井や床のタイルは見落としてしまうと思うんです。何かテーマを決めておくと、より旅が楽しくなる。そんな気づきがあった本です」。ドアでも、マンホールでも、顔出しパネルでも、対象はいくらでもある。あなただったら、どんなテーマを選ぶだろうか。
多治見というまちで〈ひらく本屋 東文堂本店〉は、どんな未来をひらいていこうとしているのか。「私『地域に根ざしたお店って、どんなお店だろう』と、いつも考えていたんです。去年、あるカップルが結婚写真を撮らせてほしいとやってきたんです。話を聞くと、学生時代に2人でここに通って、一緒に勉強していたと。思い出のデートスポット、青春の1ページですよね。ここで良ければと写真撮影をしてもらったとき、なんとなく『ああ、こういうことなのかな』と思いました。だから、いい出会いが生まれる場所、出会いを育んでいける場所にしていきたいんです」。
その場所は、お店の中だけにとどまらない。〈ひらく本屋 東文堂本店〉が仕掛ける「YONDAY」は、青空の下でピクニックを楽しむイベント。駅前広場に机とテントを並べ、本を持っていき、キッチンカーを呼んで、読書会やワークショップを楽しむ。「おもしろい本と出会ってもらうには、お店で待っているだけでは足りないですから。イベントに来た人同士が友だちになったら、出会いも広がりますしね」。狙いを教えてくれた。そして、木野村さんはもっと先を見ている。「ウチだけではなく、〈ヒラクビル〉だけでもなく、まち全体として、さらには日本全国の本屋さんからまるで「現象」のように、いい出会いが生まれる何かを仕掛けられたら、おもしろいですよね」。
Text:Atsushi Tanaka
Photo:Shinya Tsukiokaいつもと違う岐阜県観光には、多治見市の〈ひらく本屋 東文堂本店〉がおすすめ。
ひらく本屋 東文堂本店
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