「長良川鉄道」で1,300年の美濃和紙の歴史を守る
“うだつの上がる町並み”を訪れる。


“ながてつ”に揺られ、美濃のまちへ


旅の出発地は、岐阜県美濃加茂市に位置する「美濃太田駅」。JR名古屋駅からは電車でおよそ1時間、特急列車なら40分ほどで到着すると、JR線のホームに隣接して長良川鉄道のホームがある。
長良川鉄道は、ここ美濃太田駅から郡上市にある北濃駅までの38駅を、清流長良川に沿うように南北に結ぶローカル鉄道で、地元では“ながてつ”の愛称で親しまれている。
ホームで待っていると、一両編成のロイヤルレッドの列車が現れた。観光列車「ながら」の川風号だ。
2016年にデビューした観光列車「ながら」は、JR九州の寝台列車「ななつ星」の設計を手掛けたことで知られる鉄道デザインの第一人者、水戸岡鋭治氏による設計。レトロな雰囲気が残されていながら、ロングシートやソファ席でゆったりと過ごせるのが嬉しい。
実は長良川鉄道が所有する11車両のうち3車両の「ながら」は、通常運行で走行する時刻は決まっていないため、この車両と出逢えるかどうかは運任せ。今回の旅では幸運なことに観光列車「ながら」の川風号にしばし揺られて、「美濃市駅」を目指す。平日、車両に乗り込むのは通勤客や制服を着た地元の高校生がほとんどで、地元からの声に応えて、学校前に設けられた駅もあるという。
また、長良川鉄道の沿線には、今回の旅の目的である「うだつの上がる町並み」をはじめ、温泉や史跡など、多くの観光地が点在しており、休日には観光客の足としても利用されている。
車窓からのどかな田園風景を眺めること30分で、美濃市駅に到着。駅には自動改札はなく、車内で精算を済ませてホームに降り立つ。ローカル鉄道ならではの風情溢れる駅舎が出迎えてくれ、名古屋からそう離れてはいないはずなのに、実際の距離以上に、随分と遠くまで来た気分になる。

伝統を未来へ繋ぐ「Washi-nary」で、和紙ソムリエと触れる、美しき美濃和紙の世界


1300年以上の歴史を誇る「美濃和紙」が、今もメーカーや職人の手によって作り続けられている、岐阜県美濃市。
美濃市駅から歩いて10分ほどの「うだつの上がる町並み」があるエリアは、江戸時代から美濃和紙の問屋街として栄え、今も歴史的建造物が残る地域として、国の伝統的建造物群保存地区に選定されている。
「うだつ」とは、軒を連ねる商家の屋根の両端に施されている防火壁のこと。“うだつを上げる”ことができたのは、裕福な家に限られていたことから、当時の商人たちは、豪華なうだつを施すことで、その富を競い合ったという。往時の隆盛に思いを馳せ、家門や装飾が施されたうだつを一つ一つ見比べながら歩くのも楽しい。
2014年には「本美濃紙」の手漉き技術がユネスコ無形文化遺産に登録され、美濃市が誇る美濃和紙の伝統文化を、新しいかたちで未来に繋いでいるのが、旅の最初の目的地。宿泊施設「NIPPONIA 美濃商家町」に併設する和紙専門店として2019年7月にオープンした「Washi-nary」だ。
特注の大きな引き出しに多種多様な和紙が収められている。希望すれば、書き心地を試したり、破らせてもらうこともできる。
特注の大きな引き出しに多種多様な和紙が収められている。希望すれば、書き心地を試したり、破らせてもらうこともできる。
美濃市内に4社残る機械すき美濃和紙メーカーのうちの1社「丸重製紙企業組合」の直営店であり、美濃和紙が文具や雑貨などの製品に加工される前の「原紙」の状態で扱っている、美濃市でも数少ない店舗の一つ。
機械すきと手すき和紙、合わせて200種類近くもの和紙を実際に見て、触って、購入することができる。この地域で最大規模の広さを誇る、明治時代に建てられた和紙の原料蔵をリノベーションした空間は、趣がありながらも、すっきりとモダンな印象。壁面には14人の手すき和紙職人がにこりと笑う写真が飾られている。
「農家さんの顔が見えると、野菜が美味しく感じられたり、信頼できたりするのと同じように、作り手さんの顔が見えることで、まずは和紙に関心を持っていただけたら嬉しいです」と、店長の瀬下加緒里(せしもかおり)さん。
瀬下さんは、伝統工芸としての美濃和紙の魅力に惹かれて美濃市へ移り住んだ一人だ。“和紙ソムリエ”の見習いとして、和紙の原料やすき方、インテリアへの取り入れ方などを、じっくりと案内してくれた。
2階に上がると、和紙を使った文具や雑貨が並んでいる。こうした小物は気軽に使いやすく、お土産にも最適。中でも懐紙は、上品な透かしのデザインを施したものや、原紙の味わいをそのまま活かしたもの、季節感溢れるものなど、あらゆる種類が揃う。普段の生活で、大きな原紙をそのまま活用するハードルが高ければ、懐紙から取り入れてみるのがいい。
水に強い美濃和紙は、濡らして窓ガラスに貼れば透かし模様が美しいインテリアに。
水に強い美濃和紙は、濡らして窓ガラスに貼れば透かし模様が美しいインテリアに。
メーカー直営店ならではの深い知識と品揃えで、美濃和紙の文化を現代のライフスタイルに合わせて提案しているWashi-nary。
レターセットや酒のラベル、梱包材。よく見渡してみれば、わたしたちの日常生活のなかで、今も和紙が使われるシーンは意外と多いことに気づく。こうして産地に足を運ぶことで、これまで見えていなかった暮らしのなかの和紙の存在により目を向けることができるだろう。

揺るがぬ信念でアップデートし続けるパティスリー「Abeille et Une」へ


Washi-naryのほど近く、うだつの上がる町並みのなかに、ひと際洗練された空気が漂うパティスリーがある。 Abeille et Une(アベイユ・エット・アン)は、店主の島田郁子さんが、祖父母が営んでいた食料品店を改装して2006年にオープンしたカフェがはじまり。昔ながらの町家の面影を残し、白を基調とした明るい雰囲気のカフェは、遠方からもわざわざ訪れる人が絶えないほど人気に。
しかし、一つ一つのお菓子をもっと丁寧にお客様に届けたいと、2022年に店舗デザイン、営業スタイルともに大幅にリニューアル。少しでも安心して食べられるお菓子を作るという、揺るがぬ信念を持ちながら、常にアップデートをし続け、現在はパティスリーと予約制のプライベートカフェとして営業している。
バーカウンターで楽しむプライベートカフェ。午前、午後1枠ずつの1日2組限定で、ゆったりとこだわりのお菓子が堪能できる。
バーカウンターで楽しむプライベートカフェ。午前、午後1枠ずつの1日2組限定で、ゆったりとこだわりのお菓子が堪能できる。
クッキーやマカロン、スコーンといった焼き菓子のほか、ショーケースには季節の素材を纏ったケーキやタルトが10数種類。決して派手ではないけれど、一つ一つの存在感が際立っているが個性的で存在感を放っている。
すべてのお菓子は白砂糖を使わず、甜菜(てんさい)糖を中心とした多糖類を使用、フルーツは国内の信頼できる農家さんから直接仕入れ、たまごは下呂市の平飼い自然たまごを使うなど、島田さんの“なるべく身体に負担のない”素材への徹底ぶりには思わず感嘆。
季節の素材を生かしているため定番メニューはないが、「平飼い自然たまごSOYプリン」はソースを変えながら通年ショーケースに並ぶ。
季節の素材を生かしているため定番メニューはないが、「平飼い自然たまごSOYプリン」はソースを変えながら通年ショーケースに並ぶ。
「自分がお菓子の作り手になって、使う材料のことを勉強していくうちに、より安心安全なものを届けたいと思ったんです。食べることへの意識がおざなりになっている人があまりにも多いなと」。
1日2組限定、予約制のプライベートカフェでは、生産者の思いや産地のことなど、客にお菓子の背景も伝えている。
今、島田さんは全ての素材をオーガニックにしたお菓子づくりに挑戦中。オーガニック素材は、天候や自然環境に大きく左右されるため、安定的な供給が難しく、100%オーガニックでお菓子を提供することは非常にハードルが高い。それでも突き詰めるのは、おいしくて、心にも身体にも優しいお菓子を届けたいという純粋な思いがあるからだ。
「ストイックになりすぎて、お菓子づくりが楽しくなくなってしまったら、その作り手の思いは食べる人に伝わってしまう。自分が楽しめる範囲でチャレンジしたいですね。お菓子って、夢があるものだから」。

自分と大切な人へのお土産に、鞄に美濃和紙の懐紙と香ばしいクッキーを詰めて、駅へと急ぐ。家路につく地元の高校生たちに紛れて、“ながてつ”の窓から茜色に染まる空を眺めつつ、旅の余韻に浸る。
歴史ある文化や、揺るがない信念、変わらない伝統や思いを守りつつも、常にアップデートし続ける“モダン”に出会った旅。
次は、行き先を決めず、直感に身を任せて見知らぬ駅に降り立ってみるのもいいかもしれない。日常から少し離れて、自分なりのローカル鉄道の旅へ出かけてみよう。


Text:Eriko Sugita
Photo:Makoto Kazakoshi




 


いつもと違う岐阜県観光には〈長良川鉄道〉、美濃市の〈Washi-nary〉〈Abeille et Une (アベイユ・エット・アン)〉がおすすめ。

Washi-nary


所在地岐阜県美濃市本住町1912-1 NIPPONIA美濃商家町内
アクセス長良川鉄道「美濃市駅」より徒歩13分
電話番号0575-29-6655
URLhttps://washinary.jp/
営業時間平日 13:00〜17:00、土日祝 10:00〜17:00
休業日月曜、火曜


 

Abeille et Une (アベイユ・エット・アン)


所在地岐阜県美濃市相生町2248
アクセス長良川鉄道「美濃市駅」より徒歩約10分、大垣共立銀行より東へ徒歩約1分
電話番号0575-31-0220
URLhttps://abeille-et-une.shop/
営業時間10:00〜17:00(日曜 11:00〜16:00)
休業日月曜
※火曜日は仕込み日のため焼き菓子、テイクアウトメニュー、ご予約のお渡しの営業です。生ケーキの販売はありません。
※臨時休業あり。


 
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