七夕の日を境に暑気がだんだんと強まるこの時期を二十四節気で「小暑」といいます。この時期は蒸し暑く、とかく体調を崩しがちです。日本人は古来より、鰻や鱧を食べて滋養をつけたり、水辺で涼みながら食事を楽しんだりと自然の恵みを上手に取り入れてきました。七夕の行事食でもあるそうめん、水まんじゅうのように涼味満点の食べ物も恋しくなる時期です。
食にこだわったこの季節。本格的な夏を迎えるまえに、各地の旬の食べ物をめぐる旅へでかけてみませんか。
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静岡 × 食
香りから味わう夏の滋味。
立秋までの約18日間、小暑の終わりごろに鰻を食べることで有名な夏の「土用の入り」を迎えます。これは、江戸時代に発明家の平賀源内が、「丑の日に『う』の字がつく物を食べると夏負けしない」という風習を利用して、「本日土用丑の日」と鰻屋さんの店先に貼りだしたところ、繁盛したことから広まったという説があります。また、万葉集には、歌人の大伴家持が「夏やせには鰻を食べると良い」と友人にあてた歌が登場しており、夏に鰻を食べる習慣は古くからあったようです。
実際に栄養価も高い鰻ですが、養殖の歴史は明治時代に静岡県の浜松から始まりました。日本で唯一の湖上ロープウェイであるかんざんじロープウェイで有名な浜名湖周辺でシラスウナギの稚魚が採れたこと、水や気温など鰻の養殖に適した条件が揃っていたことから養殖鰻の産地として発展したのです。その香ばしい蒲焼きの香りが「かおり風景100選」に認定されています。浜松以外にも、南アルプスを源流とする大井川水系の伏流水と高い養殖技術で皮が柔らかく身が引き締まった吉田町の鰻、産地から運ばれた鰻を富士山の湧水を水源とする名水にさらすことで泥臭さが消えて余分な脂肪も落ちた鰻に生まれ変わる三島市の鰻も有名です。
愛知県や岐阜県の鰻も負けていません。養殖鰻の生産量全国2位の愛知県では、その8割を西尾市一色町で生産しています。なんでも1959年の伊勢湾台風で大洪水につかった田畑を鰻の養殖池に転換したところ、全国トップの生産量になったそう。また、天然鰻の産地の岐阜県は鰻の消費量も全国2位で、岐阜市や関市、各務原市の中濃地方に鰻料理の名店が多く集まります。土地によって味わいが異なるので、ぜひ「ご当地鰻食べ比べ」を楽しんでみませんか。
京都 × 風物
蒸し暑さも涼味の名脇役。
古都の歴史が色濃く残る京都は、梅雨に降り続く雨さえもどこか風情が漂います。盆地という土地柄、夏の暑さは厳しくなりますが、納涼床や鱧料理は京都の夏に欠かせません。
納涼床とは、水辺で涼しい風を感じながら料理に舌鼓を打つという京都の夏の風物詩です。4か所あるうち、桃山時代に起源を持つとされる「鴨川の納涼床」が有名です。鴨川西岸の二条から五条にかけて料亭・旅館・レストラン・カフェ・バー・中華料理店など83店舗が河原に床を組んで営業します。
ほかに、貴船川のせせらぎを間近に清々しい空気と渓谷美を味わう「貴船の川床」、豊かな緑とおいしい料理に心身が満たされる「高雄の川床」、清流・紙屋川にせり出した床が涼を誘う「しょうざん渓涼床」があり、それぞれが個性的で趣があります。
また、小暑のこの時期は祇園祭の真っただ中にありますが、祇園祭は別名を「鱧祭り」と呼びます。鱧は「梅雨の水を飲んでおいしくなる」といわれ、祭りの時期に旬を迎えます。祭りのご馳走として鱧料理がふるまわれたことが鱧祭りの由来とされています。鱧は生命力が強いことから、滋養がつく食べ物と考えられていました。ただ、細長い姿で小骨が多い鱧をさばくことは容易ではありません。そのため、京都では細かく骨を切るという「骨切り」と呼ばれる高度な技術が発達しました。湯引きされた鱧の姿は花を思わせる美しさです。伝統が息づく京都の食体験は、旅の経験値を押し上げてくれることでしょう。
愛知・岐阜 × 涼
夜空を見上げ星に願いを。
七月七日の七夕は、小暑に迎える五節句のひとつです。天の川を挟んだ織姫と彦星が七夕の夜に再会を果たす伝説は中国で生まれ、日本でも星に祈るお祭りとして七夕行事が広まりました。まだ雨が降りやすい時期だけに、織姫と彦星の再会を願う気持ちが高まります。
そんな七夕気分を盛り上げる食、涼味あふれる食といえばそうめんがあります。
これは、天の川や織姫の織り糸に見立てたもので、芸事の上達や恋愛成就の願いを込めていただきます。数あるそうめんの中でも珍しいのが愛知県安城市の「和泉そうめん」で、一般的な冬場に作る乾麺に対して夏場に作る太めの半生麺の長そうめんです。一度乾燥させてから、梅雨から夏にかけて三河湾の方から吹く「そうめん風」で水分を含ませることで、喉越しが良くもちもちとしたコシのある食感になります。
また、蒸し暑いこの時期には、岐阜県大垣市の銘菓「水まんじゅう」も外せません。自噴水がいたるところで湧き出す大垣は、舟運が盛んだった江戸時代には水都として栄え、今も豊かな水を生かした美しい街なみは「水の郷」と言われています。大垣で生まれた水まんじゅうは、葛粉とわらび粉を使った生地にこしあんを包み、お猪口で蒸して水温14度前後の地下水で冷やしたものです。こしあんが透けるような見た目も涼しく、つるんとしたのど越しもこの時期にぴったり。地下水に冷やされながら店頭に並ぶ様子も涼を誘います。
風土を生かしたその味は、訪ねてこそ伝わってくるものです。