鮮やかだった新緑が徐々に深く濃く落ち着く頃、空は薄墨色の雲に覆われて、重たい雨が降りだすといよいよ梅雨入り。
この一見物憂げな季節を二十四節気では「芒種」と呼びます。雨の季節にキリッと映える花や苔、宵を灯す蛍など、さまざまな景色が色鮮やかになるこの季節ならではの旅を見つけにでかけましょう。
※観光施設などの営業状況、およびイベントなどの開催状況については、お客様自身で事前にお問い合わせをお願いします。
伊豆・箱根 × 花
雨にこそ映える紫陽花。
梅雨の時期は雨が多くて蒸し暑く、何だか気持ちも沈みがち…。そんな季節に気分を明るくしてくれるのが紫陽花(あじさい)です。5月〜7月にかけてピンク・青・紫・白などの花を咲かせ、しっとりと雨に濡れる姿は華やかさと上品さがあります。紫陽花は日本の固有植物でしたが、その美しさからヨーロッパで人気が出て「西洋アジサイ」が生まれました。やがて「西洋アジサイ」は大正時代日本に逆輸入され、今では世界中に2,000種類もの品種があるそうです。
雨模様の日が増える芒種だからこそ、その美しさが引き立つ紫陽花。雨の旅路をゆったりとたのしみたい伊豆・箱根エリアから、紫陽花スポットをご紹介します。紫陽花の名所が多い箱根で外せないのが箱根登山電車です。花が見頃となる時期には”あじさい電車”の愛称で親しまれ、路線沿いに色とりどりの紫陽花を見ることができます。特に小田原駅と強羅駅を結ぶ鉄道線沿いはたくさんの紫陽花が植えられ、車窓から触れられそうなほど近くまで、たわわに咲き誇ります。
一方、伊豆の紫陽花スポットといえば下田公園です。下田市街と下田港を一望できる園内に15万株もの紫陽花が植えられ、東京ドーム5個分の広大な敷地を大輪の花が埋め尽くします。また、下田公園から歩いてすぐの場所にあるペリーロードは開国当時の面影を残す街並みと、柳並木の川沿いに咲く紫陽花が見事に調和した美しい景色が楽しめます。
紫陽花を見て楽しんだあとは、見所がいっぱいの伊豆・箱根のお散歩へ。隠れ家のようなカフェで、季節限定の“あじさい”スイーツが見つかるかもしれません。
全国 × 蛍狩り
小さな光に思いをのせて。
梅雨入りの知らせが届きだす6月の夕暮れ時。ぽつりぽつりと灯りだす蛍の光。明滅しながら飛び交う様は、いにしえから私たちの心を捉えてきました。古くは日本書紀に登場し、幻想的なモチーフとして和歌に詠まれることも。後の江戸時代にはお花見、お月見、紅葉狩りと同様に、ホタル観賞を「蛍狩り」と呼んで愛でる風習も生まれ、まさに花鳥風月の文化を育んできた存在です。日本にいる蛍の種類は約50種類。そのうち光るのは10種類で、ゲンジボタルとヘイケボタルが有名です。
ゲンジボタルは田んぼなどに流れ込む小川のまわりで見られます。ヘイケボタルよりも大きな体をしており、集団で光る様が迫力を感じさせます。片やヘイケボタルは水の留まる湿地や田んぼなど人の暮らしに近い場所で成長します。成虫になる時期が個体によってばらつくので、観賞期間が少し長いと言えます。ちょっと珍しいのは陸地で成長するヒメボタル。ヘイケボタルよりも小さな体で強く発光します。ゲンジボタル、ヘイケボタルそしてヒメボタルは雌雄いずれも光ります。雌は雄よりも長めにぼうっと灯りながら、葉などの上に留まります。雄はそんな雌の小さな光を探して宙を飛び交い、明滅するのです。
静かな環境を好む蛍を見に行くためには、自然が豊かなところを目指しましょう。愛知県設楽町「つぐの里ほたる」、同じく愛知県小牧市の「ホタルの里」は地域に自然発生する蛍を守っています。岐阜県西郷の板屋川周辺でも、例年5月下旬から6月上旬に蛍が飛び交います。一方、定番の観光地でも、蛍が見られる場所があります。東京の「ホテル椿山荘東京」の庭園や、京都「哲学の道」などがその一例です。
蛍狩りの前に観賞のマナーとポイントの確認もお忘れなく。自らの光で仲間と交流する蛍は、光に敏感。強い光は苦手なので懐中電灯やカメラの光を蛍に向けないように注意し、夜道を照らすなら足元だけにしましょう。観賞におすすめなのは、風の強くない日。月の光が明るい満月の夜も避けたほうが良いでしょう。幼虫として約10ヶ月を過ごす蛍ですが、成虫として生きられるのは、ほんの10日程度。儚くも健気ないのちの輝きを慈しむ心を持って、夕暮れの散歩にでかけましょう。
奈良 × 庭園
苔の絨毯と天女の待つ寺。
梅の実が黄色に熟す頃、大地を生き生きと覆う緑の苔。岩も土もやわらかな輪郭に変える苔の風景は、しっとりと雨に濡れる姿も美しく神秘的です。苔の美しさで名高い庭園や寺院は数多くありますが、奈良県の秋篠寺は不思議な魅力を放つ苔庭そして仏像に出会うことができます。
秋篠寺は、奈良時代の宝亀7年(776年)に光仁天皇の勅願により創建された伝えられていますが、平安時代の戦火によって伽藍のほとんどが焼失してしまい、資料があまり残っていないことから、謎の多いお寺として神秘的な雰囲気があります。賑やかな奈良市内から離れ、ひっそりと隠れるように佇む寺院ですが、美しい苔庭と日本で唯一の作例とされる伎芸天(ぎげいてん)立像の姿が多くの人に愛されています。頭部は奈良時代、胴体などは鎌倉時代に作られたと言われる伎芸天は、継ぎ目を感じさせない流れるような出で立ちに、驚くほどのリアルな佇まい、その場に釘付けになるような美しさがあります。芸能を司る天女と言われており、音楽や絵画、ヘアメイクなどアーティストを志す若い参拝者が熱心にお参りする姿を見ることも。
お参りを済ませたら、本堂の南側に広がる苔の森を眺めましょう。かつて金堂が建てられていたというその場所は、今では厚い苔にすっかり覆われて奥へ奥へと続いています。ふわふわと敷き詰められた絨毯のような苔たちは、雨に濡れ水分を含んでつややかになると、どこか嬉しげに見えるかもしれません。
最寄り駅から少し距離はありますが歩いていくこともできる秋篠寺。訪れたひとは、いつかまた訪れたくなる場所とも言われます。雨の日だからこそ、こころに残る。そんなひとときが待っています。